第53話 ハーレム勇者とモブ⑦

翌日。朝の6時に家に入れてもらい、朝食をもらってから3時間程美玲さんに拘束された。

散々絞られてからキッチンに赴くと、珍しくとーちゃんと遭遇する。


「やらかしたな、章。美玲ちゃんカンカンだったぞ?」


新聞をぺらりとめくり、折り畳んだ先に目を落とす。


「お陰でゴッツリ絞られてきたよ。かーちゃんは?」

「買い物。聞いたぞー、新しい世界を開拓したらしいじゃないか。どんな場所なんだ?」

「鋭意開拓中。でも、多分人気は出そうだぜ? アトランザより難易度低めでゲーム世界だ。ダンジョンもぬるそうで、ハック&スラッシュが期待できそう」

「へぇ、話を聞く分には楽しそうだな」


四つに折り畳んだ新聞をテーブルに置き、ドリップされたコーヒーを口につけた。


「まだ色々調査中さ。難易度は緩くても、周囲がきな臭いんだ。つっても、アトランザに比べたらベリーイージーモードでさ。ただそっちよりも朗報がある」

「朗報? お前がそんな前置きを置くなんて珍しいな」

「俺の召喚された先で、日本生まれと思われる高校生と会った」

「!」

「地球エルフじゃねぇ。多分並行世界の、異世界からの侵略のなかった地球だ。観光スポットとしては最高じゃね?」

「だが父さんたちが出向いたら珍しがられるんじゃないか? 中身は地球人のつもりだが、側はすっかりエルフだ」

「だから良いんじゃねぇか、永住は正直無理だが、日本人ソウルを持つエルフなんて向こうでも珍しがられる。その上で向こうのお偉いさんにも話すを通す。どうだろう?」

「そこまでうまくいくかな?」

「うまく行かなきゃそれでも良いさ。ただな、地球を恋しがってる地球人もいると思うんだ。全員がエルフになったわけじゃねぇ。この話がうまく広がりゃ……」

「章もすっかり商売人の顔になったなぁ。でも、ここからは父さんに任せておきなさい。大人のやり方を一番わかっているのは父さんのようなその道で頑張ってきた社畜くらいだよ」


まるで説得力ねぇけど、とーちゃんがやる気を出してる事自体珍しいのでその気にさせておく。


「じゃあ、とーちゃんに任せた」

「この話、木村君には?」

「まだだな」

「じゃあ母さんを誘って久しぶりにデートでも楽しんでこようか」

「うん、それぐらいで良いんじゃない? 今俺は木村呼んで向こうで遊んでるからさ。戻ってきたい時はメール頂戴」

「了解。お土産を期待してくれていいぞ。ただ、向こうさんの頼みで章の力を借りる時もあると思うが……」

「大丈夫、俺も仕事優先だし。とーちゃんもそのつもりでね」

「分かった」


とーちゃんと会話を終えると、そのタイミングで美玲さんが着替えて降りてきた。バイトの時間だ。

俺から搾り取ってツヤツヤしてる美玲さんをバイト先に送る。

ただそのバイト先で随分とマニアックなテクニックを覚えてくるのだけが玉に瑕なんだよな。

下野はともかく、姫路さんがマニアック過ぎんだよ。


「さて、俺も向かいますかね。惑星エスペルエムへ!」



◇◆◇◆



<sideエイジ>


あれからアキラと別れた僕達は、街の中を探索しながらどうにかしてお金を稼ぐ手段を探してみた。

しかし高校生の僕達がすぐに手に職を就けることは難しい。


「どうしようか、雪乃?」

「エイジ、あれ見て?」


雪乃が指を差す先では、建物の前で手当てをして賃金を得る少女がいた。そういう仕事があるのだろうか?


「あれなら私もできると思うの。貰ったジョブも聖女だし、どうかな?」


嬉しそうに語る彼女だが、そんな横入りしてすぐにお客さんが来てくれるだろうか? それに、こちらは先立つものすら持っていない。


「やるだけやってみよう。もちろん僕も手伝うよ、なぁ、みんな?」

「そうね、わたくしの賢者の知恵が役に立つならそれもお役に立てることでしょうし」

「エイジ、私も頑張るぞ!」

「うん、みんなで頑張ろう!」


と、思われたのだが、その子の横で真似をしていたらすぐに怒られてしまう。どうやらマナー違反をしてしまったようだ。


「ちょっとあなた、どこの教会の神官? 私はセイクリッド聖教院の者だけど!」

「えっと、この仕事って資格がいるの?」

「はー、そんなことも知らないの? どこの田舎から出てきたのよ」

「面目ない」

「まぁ、良いわ。ウチでは弱者は平等に手を差し伸べることを教義としてるから。せいぜいありがたく思って頂戴な。あんた、名前は?」

「僕はエイジ」

「アンタじゃなくて、そっちの癒し手見習いの子よ」

「私はユキノだけど」

「そう、ではユキノ。あなたは今日から私の生徒よ」

「生徒ですか?」

「そう、神官のランクを上げるのには一定数の徳を上げなければならないの。人を教え導くのもセイクリッド聖教院の教えだから。感謝なさい!」

「はい、お願いします」


雪乃が神官見習いとして強制的に連行されてしまった。

一応は神官としての立場がもらえ、報酬も出るが出来高制。

それでも僕達は雪乃の仕事に頼る他なかった。


「ごめん、エイジ。少しの間私はエリーシャ様とご一緒することにするわ。すぐにでもこっちの情報持って帰るから」

「うん、ごめんね? 君に頼りきりで」

「良いのよ。じゃあ二人とも、エイジをよろしくね? すぐ帰ってくるから。では参りましょうか、エリーシャ様」

「ええ、すぐに一人前の神官として育ててあげるわ」



少女の口が弧を描く。

ここは異世界エスペルエム。

日本とは治安も何もかも違う場所。

普通であるならばまず信用しないであろう勧誘にまんまと乗ってしまうのはエイジの生来の人の良さが招いた失敗だった。


ステータスの高さだけでうまくいくほど人の性格は真っ直ぐではなく、どちらかといえ酷くばねじ曲がっている。


「やはり待ってくれ!」

「ちょっと、エイジ? エリーシャ様に失礼よ?」


僕はなんてバカなやつなんだ。さっきの今で同じ違いをしようとしている。アキラは言っていた。雪乃を守るのは僕の仕事だと!


「その、お気持ちは嬉しいですが僕達はあなたの世話になるわけには行かないんです」

「それは残念だわ。でも良いの? 貴方達、ここら辺の地理に詳しそうにも思えないんだけど?」


エリーシャと名乗った少女はそれでもへこたれず、雪乃の手を引いたままだ。

もしこの手を離せば、雪乃は二度と帰ってこないかもしれない。それはごめんだ。


「ならそうね、私を雇わない? もちろん、しっかり報酬を貰うけどね」


人差し指と親指を円の形に丸め、怪しい笑みを浮かべる黒髪の少女。

紫色の瞳を歪め、値踏みするようにエイジ達一行を見定めていた。

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