第52話 ハーレム勇者とモブ⑥

「よし、脱出成功。ちょろいな」

「本当に誰にもバレずに出れてしまった。そして城から離れると彼女達の意識もはっきりしてきた。本当に君はどこまで分かって……」

「俺もそこまで分かっちゃいねーよ。さてイケメン君、こっから先はお前が鍵だぜ? 王族のあの態度、俺たち亜人は国民にすら嫌われてる節がある。案の定、俺たちは身を隠すのには長けている。が、お前らのお守りまでは出来ねぇ」

「しかし僕たちはこの世界のお金を持ち合わせては……」


そう来ると思ったぜ。

仲間が無事で、ネットも生きてる。

バッテリーだってまだ生きてる。

それでもこいつは俺たちを心のどこかで頼るんだよ。

本当に異世界で生きていく気概があるのかねぇ?


「俺だって持ってねーよ。そこはジョブやチート能力でなんとかしちゃうのが醍醐味っしょ。それぐらいの知識ぐらいはあるだろ? あとは手探りだ。俺達なんかお前よりハードモードなんだぜ?」


嘘だ。超絶イージーモードである。

家に帰れば衣食住が揃ってるからな。

かーちゃんに頼るって手もあるが、ここを乗り越えられないんじゃ先に進めねぇ。いつまで経っても誰かに頼り切る男の出来上がりだ。幼馴染の方はそれで良いが、他の二人に弱みを吐く様になった時、繋ぎ止められるか分かっちゃもんじゃねぇ。


「それはそうだが。でも……僕たちだけでなんとかなるだろうか?」

「そこをなんとかしてやるのが男の役目だ。お前を信じてついてきた女をお前が守らないでどうすんだ、勇者様?」

「……、ああ。そうだな」


迷いのこもった目。

しかし目を閉じ、開いた時は迷いは断ち切れていた。

なんだよ、そういう顔も出来んじゃねーか。


「ここから先は別行動だ。連絡はメールで取る。アドレスの交換をしておこう」

「そうだな、メールの規格は合うか?」

「合わなきゃ合わせる。こっちの技術を信じろ。地球を離れても、魔導技術に心血を注いで作り上げた結晶がここにある」

「なんか出鱈目だな、アキラ達の世界は」

「ああ、俺もそう思うよ。日本人はどんな場所でも日本人らしく生き抜いてる。並行世界のお前も負けちゃいらんねーぞ? 生きて会おう」

「ああ!」


ゴッと拳を合わせる。

視線を切り結び、俺たちは表通りと裏通りに分かれた。


まあ美玲さんはこの遊びに付き合わせるつもりもないんだけどさ。


「つーわけで美玲さん。バイトのお時間だ」

「それはいいんだけど、あたし無しでもあっくんは平気?」

「ばっかお前、俺一人でも余裕だよ、この世界。なんなら俺TUEEE無双してやりますって」

「何時までに帰ってきますか?」

「19:00。いや、21:00くらいまでかかるかも?」

「20:00まで玄関開けときますね?」

「わかった。それまでに終わらせる!」


これは結婚してからのルール。

夜は同じベッドで過ごすという決まりだ。

まぁ、俺の能力だからこそ出来る約束だけどな。

美玲さん、俺を好き過ぎんでしょ。

それともいつになっても妊娠しない事を気にしてるのかな?


エルフになってからというものの、人間だった時より性欲が抑制されてる気がするんだよね。

正直お姫様を見ても一切食指が動かなかった。

エイジのやつは動きかけたが、木村ですら微動だにしなかったのだ。

これはもはやエルフの特性ととってもいいかもしれない。


エルフは他種族に欲情しない。

したとしても同族のみにだ。

元人間としての意識すら薄くなってきてる……

元地球の高校生。

これ以上ないくらいの共通項だというのに、エイジに対してはどこか他人の様な感覚を抱いているのもなんだろうな。


さて、フードを目深に被って……人間のフリでもしますか。

まずはエイジのよらなそうなところ……酒場にでも寄りますか。

女を侍らせてると高確率でイチャモンつけられっからな。

意識がはっきりした今ならまず選ばんだろ。

俺は慣れてるが、離れしてない場所をエイジは選ばないと踏んで侵入する。


「おう坊主、ここはガキの来るところじゃねーぞ?」

「ガキ、ミルクならママのところに帰っておっぱいでもせがんできな?」


酒場でも昼間っから酒浸しの下衆が湧いている。

この時点でこの世界の冒険者も碌なもんじゃねぇな。


「誰がガキだクソ親父! 生まれながらにして背が低くて童顔なだけでこれでも俺は大人だバーカ。酒の味だって知ってるぜ! 親父! この店で一番度数の高い酒をもってこい! 俺が飲み倒しちゃる!」

「ほう、だが坊主、肝心の金はあるのかい? 威勢だけよくたって金がなきゃあ酒は出せねぇな」

「当然だ。俺は大人だからな! こいつを拝みなぁ!」


さっきかーちゃん呼んでこの世界の金をお小遣いでもらったからな。

この世界の金貨だ。目ん玉おっぴろげてよーくみやがれ!


「こいつは金貨だ! 噛んでもメッキが剥がれねぇ、本物だ!」

「そいつがわかったら親父は酒を持ってきな! 今日は俺の奢りだ。パーっとやろうぜ!」

「「「「ウォオオオオオ!!」」」」


酒場が割れんほどの歓声。

そうさ、荒くれ者はそう来なくちゃね。

さて、あとはこいつを飲み込めば、欲しい情報を手に入れられる。

大丈夫だ、さっき胃腸薬をしこたま飲んで来たからな!


そして最上級の酒を流し込んだが、全然物足りなかった。

ハァ、これがこの世界の酒かぁ?

逆さまにして飲み干してもピクリとも酔いはしなかった。

下戸の俺が、これは一体なんの冗談だ?


まさか酒精の作り方にも至ってないのか?

醸造すらない? いやいや流石にそれは。

俺はジョッキを投げ捨てて、残念そうに呟く。


「親父、こいつが本気で一等級の酒か。俺がガキだからって誤魔化してねぇだろうな?」

「いや、坊主。こいつがここいらじゃ一等級の酒で間違いないぜ?」

「あん? あんた誰だ」

「この街で俺を知らないとはガキ、お前の方が潜りだぞ?」

「質問に答えてねーじゃんかよ?」

「俺か? 俺はグレイス・ボラー。この町で一番の冒険者。灰銀のグレイスとは俺のことだ!」


何やら格好つけてるが、安い酒で満足してる冒険者になんで俺が敬わなきゃならないんだよ?


「だが、この程度の酒じゃ、俺の男を見せらんねーなぁ。どうだ親父、ここいらで一発勝負と行かねーか?」

「勝負だぁ? お前が酒を持ってるとでも?」

「おうよ、とびっきりのやつがあるぜ?」


下野お手製、マジックバッグから取り出したりは改造エールのサーバーだった。


「そいつは……一体どこから出しやがった!? いや、聞いたことがあるぞ、そいつはダンジョンから稀にドロップされるっていうマジックバッグだな?」


へー、こっちの世界のダンジョンはそんなお優しい設計なのか。

だが、誤魔化す口実ができたな。俺はただ頷いて口角を上げておけばあとは周りが勘違いしてくれる。


さぁ、恐れ慄け! キンッキンに冷えた魔改造ビールの喉越し、キレ。微発泡の爽やかさ!


誰もがその味に虜になり、空になったジョッキに目を落とす。

おかわりはないのかと俺を見た。


「勝負は見えたな、親父。情報をもらうぜぇ!」


俺は見事酒場の一員となり、そして門限をぶっちぎって家に入れてもらえなかった。なんもかんもアルコールが悪い。


酒は飲んでも飲まれるなってな!

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