第14話:【団欒】②

「イシェリカさん、風呂の使い方を教えるからついて来て」


 彼女に声をかけ風呂場に向かう。


 まず、脱衣所にある物の説明を行う。


 給湯器のリモコンはお湯が出ない場合以外は触らなくて良い事、洗濯機は乾燥まで行う事、水量ランプに対応した洗剤の量を投入口に入れる事、途中で絶対に扉を開けない事を説明した。


 次にシャワー付き混合栓の使い方を説明していく。うちで使っているのはシンプルな水とお湯のノブを回して温度調節をするタイプの物だが給湯器のリモコンで温度設定はしているので熱い場合に水を増す事と、蛇口とシャワーの切り替えノブを操作するだけなのでこちらも問題なく使えるようだ。


 ボディソープ、シャンプー、コンディショナーについて説明し、購入してきた彼女用の日用品を配置する。


「分からない事はないか?」


『そうですね。色々と便利な物がある様ですが操作については問題ありません。分からない事があればお伺いします』


「そうか、ならまずは浴槽の掃除をしてお湯を貼ってもらえるか?」


 最初の仕事として浴槽を洗い、湯張をして貰う事にした。


「お湯が貯まるとピーと音が鳴るから、お湯を止めて先に風呂に入ってくれ。俺は昨日の道具の片付けがあるから」


『分かりました。それでは掃除に取り掛かりますね』


 掃除を始めた彼女を確認し浴室を後にする。


◇ ◇ ◇


 調理道具と食器を洗った後、庭の洗い場で釣具の汚れを落とす。ハリスの中程と道糸に擦れた部分があった為、目印、ガン玉(おもり)、釣り針を外し糸を適当な長さに切り捨てる。擦れがなければ次も使う予定だったんだがと考え、我ながら貧乏性だなと思う。


 道具を二階に持って上がり片付けを終えリビングに向かう。


 浴室からシャワーの水音が聞こえているので彼女はまだ入浴中の様だ。


 キッチンへ行きインスタントコーヒーを淹れソファーに腰を下ろす。コーヒーをすすっていると隣に『れを』が来て丸くなる。普段はもっと甘えてくるのだが今日はイシェリカがいるので落ち着かないようだ。


 暫く撫でているとガバッと身を起こしリビングの扉の脇に待機する。


『お風呂、先に頂きました』


 部屋着に着替え濡れた髪を拭きつつイシェリカがリビングの扉を開ける。入れ替わる様に彼女の足元を『れを』がスルリと抜けて行く。


「あっ、うちはドライヤーが無いから髪が長いと乾かすの大変そうだね。明日にでも買いに行こうか」


『ドライヤー?何でしょうかそれは』


「ちょっと音はうるさいかもだけど、温風を噴き出して髪を乾かすのに使う道具」


 そう言いながらスマホに商品のCM動画を表示させて彼女に見える様にする。


『それ程強い風が吹き出している様には見えないのですが温風を吹き付ける事で髪の水分をとっているのですね』


 俺がソファーに座っていた為、彼女が前屈みになる。彼女の言葉についそちらを向いてしまい胸元に視線が吸い寄せられる。バツが悪くなった俺は話題を変えようと普段なら言わない様な事を口走ってしまった。失言。


「それだけ髪が長いと乾かすのも大変だろ、手伝おうか?」


 言った後に自分の発言に驚く。


『それではお願いします』


 なんと了承されてしまった。


「では、失礼して」


 内心、失言に対して了承の言葉が返ってくるとは思いもしなかったのでドキドキする。そこは十台の少年では無いので理性に頑張ってもらい、給水力の高いタオルで押さえるようにして髪の毛の水分を取っていく。緊張で鼓動がとんでもなく高鳴る。


 俺は彼女がいなかった訳では無いが、余りにも浮世離れした美しい女性の髪に触れるというのはなかなか心臓に悪い。これというのも、服装のせいで最初は控えめなスタイルだと思っていた(特にある部分)。そんな彼女がこちらの洋服を着る事で体型があらわとなり、予想以上にスタイルが良い事が判明、女性として意識してしまったのである。


 健全な独身男性の反応だと言えよう。そういう事にしておく。


 イシェリカはというと不意に『髪を乾かすのを手伝おうか』と言われた際に何気無く応じてしまった。


 脱衣所で大まかには水分を取ってきてはいるものの、このままでは衣類やソファーが湿気てしまう。持ってきていたタオルの一枚を亮司に渡し、ソファーの端、背もたれを左側にして亮司に背中を向け腰を掛ける。この時、中程から毛先にかけての髪の毛は彼女の腕の中に抱えられていた。


 やはり断ろうかと思っていると亮司が距離を詰めて声をかけてきた。意外にも優しく髪を持ち上げられタオルで挟み余分な水分を取って行く。そんな彼の所作に感心する。


 最初、俺はソファーの上に正座をする形で彼女の髪の毛を拭いていたのだが、髪の中程まで水分を取ってから後は普通に腰掛け直し、時折彼女の背中が左腕に触れるのを感じながら水分を取っていった。毛先迄水分を取り終えた頃にはこれだけの髪の長さがありながら枝毛も無く丁寧に手入れをされた美しい髪に感心していた。つい興が乗ってしまい毛先の方から丁寧に櫛をかけていく。髪の毛が絡まないように櫛をかけ、徐々に頭頂部へと近づいて行く。


 不意に俺の肩にもたれ掛かるようにイシェリカの体重が掛かる。彼女からは『スースー』と寝息が聞こえてきた。


 軽く彼女の右肩を揺するが起きる様子もない。身動きの取れなくなった俺は最後まで彼女の体を左肩で受け止め妙な体勢で櫛をかけ続けた。


◇ ◇ ◇


「んぅ」


 いつの間にか眠っていたらしい。不自然な体勢で寝ていたようで体が凝り固まっている。左側を見るとイシェリカがもたれた状態でまだ眠っていた。


「イシェリカさん、起きてくれ」


 声をかけるが、起きる気配はない。彼女を起こそうと試みるが起きる事はなく眠り続けている。彼女の体をソファーに横たえ掛け布団を取りに二階へ上がる。


 彼女の長い髪をどうしたものかと考えるが良い方法が浮かばず掛け布団の上に出しておく事にした。


「おやすみ」


 眠る彼女に声をかけリビングの電灯を常夜灯にする。明日の仕込みを済ませた後、二階に上がり俺も眠りにつく事にした。


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投稿時間を変更しました。次回投稿は7/8 18:00です。

【短編】僕と彼女の別れる理由 公開しました。

よろしければ読んで見て下さい。

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