第12話:【熱烈歓迎と警戒と】

 駐車スペースに車を停め荷物を手に玄関に向かう。


 俺の手には生活用品、彼女は両手で衣類の入った袋を持っている。


 玄関の鍵を開け中に入ると玄関マットの上で鎮座していた我が家の愛猫が小さく『にゃぁ』と鳴く。


 いつもの様に俺の帰りを出迎えてくれるキジトラ柄の雄猫『れを』


 俺の膝に伸びあがり爪研ぎを始める。此処までが帰宅時の彼の挨拶。頭を撫でてやると気持ち良さそうな蕩けた表情になる。そうしてトレッキングシューズを脱ぐ為に腰を下ろすと肩の上に飛び乗り襟を巻く様に身体を預けゴロゴロと喉を鳴らす。


 いつもならこのままリビングまで移動するのだが、少し間を空けて玄関の前に立つイシェリカに気づき彼女を凝視する。イシェリカが玄関に入ってきた途端に『れを』は俺の肩から飛び降りてリビングの入り口まで駆けて行き、こちらの様子を窺う。


『あっ』


 その様子に彼女から寂しげな声が溢れる。


「『れを』は室内飼いで他所よその人と触れ合う機会が少なくて人見知りなんだ。まぁ、慣れて行くとは思うから気にしなくていいよ」


 扉を閉め、彼女にも履き物を脱ぐ様に促す。


「玄関から家の中に上がる時には履き物を脱ぐのが此方の風習なんだ。例外的に室内でも脱がない所も有るけれどうちでは脱ぐように、脱いだ履き物は揃えて俺の靴の隣にでも置いといてくれればいいよ」


 靴を揃え室内へ、リビングに日用品を置き、彼女にソファーで待っていてくれる様に告げ二階に上がる。寝室に入りクローゼットの中の衣類と机の上に置いてある本を隣の部屋に移動する。寝室は六畳間にベットと机を置いてある以外に二畳分のウオークインクローゼットがある。彼女にはこの部屋を使って貰う事にする。


 俺は隣の趣味部屋、元は父親が暮らしている時に使っていた部屋だが父親は就職を機に県外に出て暮らす様になりそちらに家を持っている。今では俺の私物が所狭しと置かれている。


 八畳間だったものをハンガーラック二つに釣り用とサイクルウエアを分けて掛け、壁側のサイクルラックにロードバイクを一台、ランドナーのフレームが一台。ロッドスタンド二つにルアーロッドが淡水、海水合わせて十二本、キャリーバッグに入った竿が三本。二つのメタルラックには釣具やバッグ等の道具が所狭しと並べられている。


 他にもメンテナンス用の工具ラックや整備台まである為、有効床面積は三畳ほどしかない。今晩から俺の寝床はこの部屋の予定。


◇ ◇ ◇


 その頃リビングではイシェリカがソファーに腰を下ろし目をつむり、自身の記憶を呼び起こそうとしていた。


(角鼠の討伐に向かっていた事は憶えている。路銀を稼ぐ為に受けた調査依頼だったが角鼠の発見により思いの外規模が大きくなり、私の他にもこの街の冒険者、領地の騎士団が参加していた。発見者である私は案内役として参加。ソロの私は今回は洞窟内の探索を彼等に引き継ぎ、十名程の人員で野営地の設営、討ち漏らしが出てきた際には討伐を行う事になっていた。しかし、その洞窟に着いた記憶が無い。そして転移魔法に巻き込まれた覚えも無い。どうしてこんな事になってしまったのだろう…幸いな事に瀧口さんは親切な方の様ですし…)


 そこまで考えたところで階段の軋む音が聞こえた。亮司が階下へ降りてくる様だ。


 イシェリカの記憶から自身の髪、瞳の色が変わっている事、臨時パーティを組んでいた事が抜け落ちているのだが彼女が気付く事は無かった。


 扉の脇から『れを』がイシェリカを見つめていた。


◇ ◇ ◇


 リビングへ行き彼女に大まかなこの家の間取りを説明する。この家は一階部分が店舗を兼ねており、玄関から入り廊下を突き当たった先に店舗へと通じる扉がある。営業後は住居側から鍵をかけている。


 一階住居部は玄関を入ってすぐ廊下の左側に二階へ上がる階段と階段下に収納、広めの風呂と脱衣所が隣接して続く、脱衣所には洗濯乾燥機、洗面台がある。廊下の右側にアイランドキッチンを備えたリビングと客間が引戸に仕切られて続いている。現在客間は床板を張り替えている為使用できない。トイレは店舗へ続く扉の手前左側になっている。


 二階部分は俺の寝室と趣味部屋に一畳ほどの収納。この他にバルコニーを改装したサンルームがあり、ここには『れを』のキャットタワーが設置されている。サンルームと言っても断熱材を壁と屋根に入れ、屋根をスライドさせガラスを露出させない限りはその役を果たさない様に改装されている。二階にもトイレと洗面台が設置されている。


 彼女を寝室に案内し照明、空調の操作方法を説明する。


 クローゼットに買ってきた衣類を片付けたらリビングへ降りてくるように告げ俺は夕食の準備に取り掛かる為部屋を出る。


『色々と覚えなければならないことがありますね…』


 一人になりこれからの事を思い溜息と呟きが溢れる。


 ウォッシュレット、照明、空調のリモコン今までになかった物の操作方法を思い返す。当面はこちらの言葉や習慣を学び早く瀧口さんの仕事を手伝える様にならなければと思う。


 亮司としては一人でも事が足りる為イシェリカを雇用する必要は無かったのだが、あのまま置き去りにしてしまう事に後味の悪さを覚えた。その気持ちを隠す為の方便であり、彼女の手伝いをあてにしている訳ではない。


『考えていても仕方がありません、先ずはできる事からやっていきましょうか』


 そう一人呟き衣類の整理を始める。


 そんな彼女の後ろ姿をベットの下から眺める瞳があった。

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