第10話:【帰路と拾った女性】②

 暫く国道を進むと、木陰から出て走行する時間が多くなり車内の気温が上昇してくる。四ヶ所の窓を少しだけ空かせ外気を取り込む。


 外の音と風が入って来た途端、彼女の表情が驚きを含んだものになる。


『凄い、ある程度の速度は出ているだろうとは思いましたが、風を感じると予想以上の速度が出ていたことを実感します。』


 流れる景色を眺めていた彼女が好奇心に満ちた目で此方を見てくる。


「四十キロ位の速度で走っているけど、窓を閉めていると体感的にはもっとゆっくりに感じるからね」


 現在の高気密な車内では窓を閉めると外部の音の大半は遮断される。併せてサスペンションが路面からの突き上げを吸収する事で綺麗な舗装路であれば、この程度の速度では車体が揺れる事も少なく初めて乗った車では速度感覚も掴めないのだろう。


 因みに彼女は好奇心の為か車酔いを起こす事なく外を眺めている。俺なんか、ふわふわした乗り心地の車や、バス、タクシーの独特な匂いを嗅ぐと今でも車酔いを起こしてしまうと言うのに…、まぁ面倒がなくて良いんだけど。


 ひとしきり目に映るものに興味を示す彼女と会話を続け、色々な物について説明をしていく。そうして落ち着いて来た頃に彼女に告げておくべき事を告げる。


「イシェリカさん、俺の所で働いてもらうにあたり、俺との関係は遠縁で日本に興味を持ってホームステイに来た事にして欲しい。一番の理由は身分証明書を手に入れる方法が無い事。そして従業員を雇うと届け出ないわけにはいかなくなる。そうなるとイシェリカさんにとって無遠慮政治屋な者や不快マッドサイエンティストな者が出てくると思うから、ホームステイ中に合間の時間で俺の手伝いをしている事にして欲しい。当然、衣食住、賃金は出させて貰うからそこは心配しないで欲しい。細かい事は家に帰ってから話し合おう」


 今のうちに告げておかないと帰って近所の者に遭遇した際にややこしくなる。


『分かりました。詳細は後程詰めるとして私は瀧口たきぐちさんの遠縁として対応すれば良いのですね。他の方とは当面会話をする事が出来ませんので良いのですが、そうなると亮司りょうじさんと名前で読んだほうが自然ですよね』


「そうだな、言葉を覚えて会話する際にボロが出ないように今のうちからそうしてもらえると助かる」


 美しい女性に名前呼びされた事で一瞬鼓動が高鳴るが、気付かれない様に振る舞う。


 そうして田舎道を降り県の東西を結ぶ国道五十五号へと合流する頃には多くの車や見慣れぬ建物、看板、標識、信号に目を奪われ、亮司に色々な質問を投げかけ好奇心を満たして行くイシェリカとこれからの事を話し合う。


 彼女と色々な話(彼女からの質問が大半)をしつつ暫く走った所で全国チェーンの衣料品店に立ち寄る事にした。


「イシェリカさん、ここで当面の衣類を買って帰ろう。その服装だと普段使いには目立ち過ぎるから」


 彼女の衣類に付与されている耐候、耐汚魔法については教えて貰っていたので不便をかける事になるが、ここは俺の平穏な生活の為に妥協して貰う事にする。このままだと彼女の容姿と併せて目をきすぎる。


 衣料品店に入り、入り口付近にいた若い女性店員に声をかける。


「彼女に似合う洋服と肌着等を十着程見立ててくれませんか。後、動き易い洋服も何点かお願いします」


 丸な…いやお願いする。女性の服は女性に任せるのが一番だと俺は思う。

 

 女性店員にはイシェリカが日本語を学び始めたばかりで言葉が通じない旨を告げておく。


 イシェリカには事前に異言語翻訳魔法でスマホの翻訳アプリの画面に表示された文字が翻訳されるかどうかを確認してもらった。結果は当然ながら翻訳されない事が分かったのだが、それならば他人の目がある時には俺がアプリに話しかけ翻訳された文字を彼女に見て貰う様に見せかけて通訳としての役割を果たす事を伝えている。


 店員は俺たち二人を店内にある様々な衣類の元へ案内して行く。途中、他の客達がイシェリカを見て動きを止める。中には不躾な視線を向けてくる者もいたが彼女が気にしている様でも無い為、此方からは何も行動を起こさないでおく。


 二時間程の時間を掛け衣類を購入する。


 対応に当たった店員はイシェリカを着せ替え人形にするかの様に色々な洋服を彼女に着せ、一時いっときは手の空いた他の店員まで加わっての試着が繰り広げられた。満足げに頷く店員達、敢えて言うならツヤッツヤないい表情をしている。


 流石にこれだけの衣類を纏め買いすると持ち合わせが足りない為カードで支払いを済ませる。


 その後は彼女の日用品を購入し帰宅。


 辺りは夕闇に染まっていた…


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もう一話掲載しています。

楽しんで頂ければ幸いです。

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