第8話:【言葉の通じない女性を拾う】⑤

 夜明け前の気温が最も下がる頃にイシェリカは目を覚ました。


(いつの間にか眠ってしまっていた様ですね)


 辺りを確認するも特に変わった様には感じられない。隣の男性が寒さに震えている以外には…


 私の着衣には耐候性の付与魔法が施されている。この付与魔法は着用者の全身を包む様に効果がある為、露出部分を気にする事もない。ただ、昨夜の時点では効果があるのかどうかが分からなかったので男性の好意を受ける事にした。結果としては付与魔法の効果は発現し、イシェリカは寒さに震える事なく夜を過ごし亮司りょうじは寒さに震える事となった。


 イシェリカはブランケットを男性に掛け、不自然な体勢で寝ていた事で固まっていた身体を解す様に柔軟を行う。


 火打ち石も無く朝露で湿った薪に火をつけるすべはない。


(生活魔法が使えれば、微風で薪を乾かす事も小火で火を着ける事も出来たのですがままならないですね…)


 夜明けが近づき薄明るくなって来た頃に手頃な長さの枝を拾い習慣となっている剣の型をなぞる。剣舞の中に織り交ぜた属性付与魔法を念じた際に効果が発現し枝が風をまとう。


(ん、魔力が回復している?)


 剣舞を中断して風を纏った枝を釜戸の脇に集めてある薪に向けて解き放つ。込められた魔力量が少なかったのだが薪の表皮が削られる程度には魔法が発現した。


「えっ」


 剣舞により枝が風を切る音で目を覚ましていた男性が不意に声を上げる。驚いた表情の男性と目が合う。


(今なら異言語翻訳魔法を唱えられるかも…)


 実際には詠唱を行なっているわけでは無く念じる事で魔法効果は発現する。男性との間に魔力が繋がったことを感じ、声を発する。


『おはようございます。昨日は大変お世話になりました…』


 言葉が通じているかを確認する為にゆっくりと言葉を発すると男性は頷きながら挨拶を返して来た。


「えぇと、おはようございます、言葉がわかる様になったんだね?」


 疑問に思うところがある様で不思議そうな表情を浮かべている。


『私はエルファーリスのイシェリカと申します』


「俺の名は瀧口亮司たきぐちりょうじ、瀧口が苗字で亮司が名前ね、ところで頭に直接声が響いてくる様に聞こえるのは何か理由があるのかな?」


 亮司は耳にする異国の言葉と頭に直接響くイシェリカの日本語に困惑する。


『瀧口さんには異言語翻訳魔法により魔力経路パスを繋がせて頂きました。この魔法はお互いの魔力を繋ぐことで言葉の持つ意味を相手に伝えるものになります。この時発せられる言葉は聴覚から認識されます。但し、全ての言葉が通じるわけでは無く相手側に当てはまる言葉が無ければ通じません。名称等は問題無く伝わる筈ですが正しく伝わっていますか?』


 亮司は魔法という言葉に(あぁ、やっぱりお約束かぁ…)と思いつつも、伝えられた言葉の意味を考える。


「つまり、耳から聞こえてくる声は魔法を介さないもので頭に送りこまれて来る言葉は魔法により翻訳された言葉になるんだよな」


『はい、その解釈で間違いありません』


「それで、エルファーリスが苗字でイシェリカが名前になるのかな?」


『いいえ、エルファーリスは私の暮らしていた街の名前になります。私の名前はイシェリカです。私たちの暮らしていた所では家名は一部の者以外名乗ってはいません。』


 一息にそう告げた後少し明るい口調でイシェリカは聞いておくべきことを訪ねる事にした。


『瀧口さんにお尋ねしたいのですが、此処は何処なのでしょうか?』


「やっぱり、イシェリカさんは此処が何処かわからないんだ…」


 俺は彼女の問いにどう答えたものか暫し考えを巡らせるが良い答えを導く事が出来ず、ありのままを伝える事にした。


「此処は日本という国の四国と言われている地域の高知県と言う地方。そこの南東部に位置している山間部の山中で」


 理解できているかを確認する為に一呼吸入れながら彼女の表情をうかがう。


 彼女は、日本…四国…高知県と呟きやや困惑した表情で確認の言葉を向けてくる。


『原因は分かりませんが世界を渡ってしまった様ですね』


「あぁ、イシェリカさんと俺の服装の違いや魔法を使っていることから間違いないと思う、多分、驚くと思うけど此処では誰も魔法は使えない、想像上の能力でしかないんだ。物語の中では魔法使いや、魔法、魔術といった言葉も出てくるが実際に使える者はいない」


 彼の言葉により魔力の回復が遅い理由を推測する。


 周囲に漂う魔力量はとても少ない、もし此処以外の場所でも同じ様に魔力が少ないのであれば、日常的に生活魔法を使うことさえ出来ないだろうという事は容易に推測できた。同時に自力での帰還が困難である事を理解する。


 今の魔力保有量では私の暮らしていた世界の位置さえ分からない。今朝までに回復した魔力では魔力消費の少ない魔法を使える程度しか残ってはいない。これでは元の世界の位置を割り出し、異空間転移魔法を唱える事が出来る迄にはどれ程の時間を必要とするのか分からない。


 蒼白になりつつある彼女の表情を見つめ亮司はある事を問いかける。


「原因が分からないとの事だけど、元の世界に帰る事は出来そうなの?」


 無理だろうと思いつつも確認をとる。


 小さく首を振りながら彼女は俺の考えが間違っていない事を告げる。


『現時点では戻る事は出来そうにありません。周囲の魔力量から考えても先程の魔法は私が此方に来た際の残留魔力を取り込む事で発現したものだと思います。魔力を回復する方法が見つからない限りは戻る事は出来ないと思います…』


 そう告げた彼女ははかなげな微笑ほほえみを浮かべる。この後、彼女の発する言葉を遮る様に咄嗟にある提案を告げる。


「そういう事なら暫く俺の所で働かないか?」


 頼る者もいないこの世界でこれ以上の迷惑をかける事を良しとしない、助けを求める事も出来ずに離れていこうとする彼女の決意をさえぎる。


 帰る手段があるのならこんな事は言わない。けれど、此処まで関わったのに、見放す事に罪悪感を覚えたのも事実。正直、面倒ではあるが見放す事による後味の悪さが俺の心に不快感をもたらす。


 この後、一人で帰る手立てを探すと言う彼女の言葉を全て却下し、荷物を片付け帰り支度を済ませて帰路に着いた。


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キリの良いところまでと思っていると長くなってしまいました。

文字数的にはどのくらいが良いのでしょうか?

他の方を見てるともっと短かったりするのもあって丁度いい長さがイマイチ掴めていません。

1000〜2000の間くらいが良いのかな?


読んでくださり有難うございます。

頂いたフォローや♡を励みに頑張りたいと思います


これからもよろしくお願いいたします。

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