第5話:【言葉の通じない女性を拾う】②

 近くでパチパチと薪のぜる音が聞こえる。ぼんやりとした意識が現実に引き戻されていく。


 ゆっくりと目を開けると空が茜色に染まって来ており反対側は藍色に。もうすぐ夜を迎えようとしている。そう思った時不意に意識が覚醒する。


(今朝、宿を出て森の中に入ったところまでは記憶がある。確か未踏波の洞窟の調査に向かっていたはず…そこから今迄の記憶を呼び起こそうとするが思い出すことができない…)


 錯乱しそうになる気持ちをどうにか抑え辺りを確認する木々は見覚えのない葉を付けている。下草も覚えのない種類の物だ。(此処は何処なのだろうか?)


 困惑している思考とは別に状況を確認する為に視線を巡らせていく。


 此方に背を向けた見た事もない服装の者が何かを口ずさみ、手にした何かを口にしようとしていた。


 良く見ると魚を焼いた物である事に気付く、漂って来た焼き魚の香ばしい香りに空腹感を自覚する。意図せず『ぐぅ』っとお腹が鳴り、恥ずかしく思いつつも見知らぬ何者かの動向をうかがう。魚を口元に持っていったまま大きく口を開いてこちらを振り向いていた。


『今晩は、わたしは『イシェリカ』と申します。申し訳ないのですが此処は何処なのでしょうか?』


「あっ、気がついたんだ。体の具合は問題ないですか?」


 二人は同時に声を上げた。双方共に聞いたことのない言葉で…


 何とも言えない微妙な表情で視線を交わす。


 次の声を発する前に二人のお腹が再び鳴く。私は恥ずかしさで顔が熱くなる。男性は頬を掻き魚を掲げ食べる仕草をしつつ、開いた方の手でそばに来る様に手招きしている。


 注意しつつ男性の方へ移動すると彼は焼いていたもう一匹の魚を私に差し出して来た。


『頂いても宜しいのでしょうか?』


 つい、発してしまった言葉に男性は首を傾げた後、自分の食べようとしていた分を口にし、改めて私に魚を差し出して来た。私は串を手に取り男性と同じ様に焼き魚を口にする。


 パリッとした皮とホクホクとした身の旨味、程よく振られた塩がそれらの味を引き立てていた。空腹であったこともあり私は夢中で食べた。


 食べていくうちにこの魚の内臓が取り除かれていることに気づく、以前、私が食べたものは内臓が取り除かれていなかった。(野営時の食事なのに手間をかけているのですね)


 感心しつつ食べ終えると男性は追加で二匹の魚を焼き始めていた。


 焼き魚を食し、ひと心地が付き改めて状況を確認する。


 男性は逞しいという印象を抱く体型ではなく顔立ちは何処か優しげな雰囲気で年齢は二十代くらいかな、黒髪に黒い瞳はあまり見ない組み合わせだ。


 その他にも男性の持つリュックもつまみをスライドさせることで開閉が出来る見た事のない作りをしている。他にも見た事の無い物が色々と目に入る。


 調理方法にしても私たちが今まで魚を焼く時に串を立てていた位置より離した位置に立てている。そんな事を考えつつ今のうちに意思の疎通を図ろうと異言語翻訳魔法を唱える。が、発動した様子はない。


 地面に文字を書いてみたがお互いの書いた文字を読む事も出来ない。意思疎通が出来ないまま残りの焼き魚を食べていく。こんな状況だがとても美味しかったです…


 食事を済ませた後、追加の薪をくべるのを眺めていると、男性はリュックの中から銀色のシャカシャカ音のする肌触りの良くなさそうなシートと触り心地の良さそうなブランケットを取り出した。取り出された時にはどちらもとても小さく仕舞われており何を取り出したのか分からずに身構えてしまった。


 銀色のシートを地面に敷きブランケットを掛ける仕草をしてくる男性を見て就寝する事を理解した。


 (食事を分けて頂いたのですから見張りは引き受けましょう)そう考えていると男性は私の方にシートとブランケットを差し出し、岩を背に目を閉じるそぶりを見せる。


(先に就寝しなさいという事でしょうか?)


 疑問に感じながら男性にシートとブランケットを戻すと困惑した表情を浮かべ岩の前にシートを敷き右端に寄る様に腰を下ろした後シートの左側を指差し手招きをして来た。(隣に座れという意図なんでしょうか?)男性の顔をうかがいつつシートの左側に腰を下ろす。


「明け方は冷え込むだろうから掛けておくといいよ」


 何と言っているのか分からないが気遣いをされている事は感じられた。


 一人で使うことに負い目を感じブランケットを男性に掛けようとするがリュックの中から上着を取り出し固辞されてしまった。表情には強い意志が感じられこれ以上の問答を拒絶している事が読み取れた。


 ブランケットを掛け男性の方を向くと満足気に頷き岩を背に目を閉じた。(就寝を促しているのですよね?)


 空を見上げても月は見当たらず満天の星々が瞬いている。明かりと言えるものは焚き火くらいの物で、不測の事態に備え目を慣らしているものと考えた。のだが、程なくして焚き火の爆ぜる音やサワサワという葉擦れの音に混じり『スー、スー』と寝息が聞こえ始める。(眠ってしまわれた様ですね、親切にして頂いてはいるもののこの状況では流石に寝付けそうにないですね)岩に背を預け星々を眺めつつ自身に起きた事に思いを馳せる…

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