第4話:【言葉の通じない女性を拾う】①

 虹色のまばゆい光が眼前に立ち昇っている。


 いつもの俺ならそんな奇妙な光景を目にしたならば関わり合いにならずに立ち去っていたと思う。ただ、この時は何故かそこに向かわなければいけないような強迫観念に迫られ獣道を分け入っていた。


 今、俺がいるのは高知県東部にある河川のとある小さな支流、久しぶりに時間のとれた休暇にアマゴ釣りを楽しむ為に支流に分入り二時間ほど釣り登り、休憩を取る為に木陰に入り鞄の中から水筒を取り出した時の事である。対岸にきじが飛び出し、続け様に小さな狐が出て来た。


「あぁ、餌を取り損ねたなぁ」


 つい目の前の状況に声が溢れた。声が聞こえたのか狐はこちらに視線を向け、俺に気がつくと出て来た茂みに戻っていった。


 その直後、茂みの奥に冒頭の光が立ち昇ったのである。反射的に光の元へと足を進める。


 浅い支流を対岸へ渡り、茂みをかき分けるとおおよそ光の方に続く獣道を見つけた。腰に吊るした剣鉈を抜き邪魔な枝を打ち払う。暫く進むと一番高い所で一メートル弱、幅は三メートル程の岩がある二十メートル程の開けた場所に出た。


 周囲を見回すが光はかき消えており、光の元へ辿り着くことは出来なかったようだ。


「今の光は何だったのか…、周りを確認して戻るか…」


 何故、光を追いかけたのかこの時になって初めて疑問を抱いた。


 ざっと見渡すと俺の出て来た獣道の他にも同じような獣道がもう一つあった。近くの枝に目印となる様に糸を結ぶ、物覚えが悪い方ではないがこうしておけば帰り道が分からなくなることは避けられる。時計回りに確認をして行き岩の裏側で革のサンダルを履いた女性の脚が視界に映る。警戒しつつ女性の全身が確認できる所まで移動する。


 女性は袖や裾に淡く輝く金糸模様の入った白い着物の様な着衣をまとい、こちらに背を向け横たわっていた。


 こんなところに来る服装ではない。(コスプレにしては他の荷物も見当たらないなぁ)


 阿呆な事を思い浮かべてしまった。


「何処か具合が悪いのですか?」


 声をかけつつ女性の元へ近づいていくが、女性からの反応はない。


仰向あおむけにしますよ」


 返事のない女性に声をかけつつ、仰向けになるように女性の体位を変える。目につく範囲には外傷はない。


 身長は俺より少し低く百七十センチ弱位か、整った綺麗な顔立ちに膝丈ひざたけぐらいは有りそうなプラチナブロンドの髪が目に映る、スレンダーだが整った体型だと思う。年齢は十代後半くらいか。


 俺の好みとしてはどことは言わないがもう少し肉付きの良い方が好みだ、関係ないか。馬鹿な事を考えながら呼吸を確認しようと胸の隆起りゅうきに目を向ける。着衣のせいで全くわからない。(流石に、耳を当てて鼓動の確認をする訳にはなぁ、脈は取ったことがないからわからんしなぁ)


「怪我はしていないようだが目を覚さないということは頭をぶつけたか…、気がついたら大分陽が傾いて来ているなぁ」


 一人呟き、スマホを確認すると夕方、五時を過ぎていた。


「うわっ、この辺り電波来てない…、今日は遅くなるつもりも無かったからライトも持って来てないんだよなぁ、かと言ってこのまま置いて帰る訳にもいかんしなぁ」


 沢を降り車まで辿り着く前に夜を迎える事は確実、助けを呼ぼうにも圏外…


「荷物だけ回収して来て野宿するしかないかぁ」


 半ば諦めた気持ちで学生時代以来の野宿をする事を決める。荷物を取りに獣道を引き返すことにした。


 荷物を回収して女性を見つけた場所に戻って来たが彼女は目を覚ましておらず、荷物を岩の所に下ろして薪になりそうな枝を集めに向かう。周囲の石を集め釜戸かまどを作る。


 適当な枝でアマゴに串を打ちヒレに大目に飾り塩をし釜戸かまどの周囲に立てる。三、四十分が過ぎよく焼けたアマゴから美味そうな匂いが辺りに漂う。ぐぅっとお腹が鳴る。


「良い焼き加減だ。いただきます」


『ぐぅ』っと女性のいた方から小さな音が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る