第2話:【プロローグ・side:イシェリカ】①

 私達は今深い森の中、生茂る葉を掻き分けながらこの先にある洞窟を目指していた。私達の暮らすエルファーリスの中規模都市ハスハのギルドに『森の奥にある洞窟から不気味な唸り声が聴こえてくる。森の中で食い荒らされた獣の死骸が散見した。炭焼き小屋が何者かによって破壊された』等々、数組のパーティが調査を行なった結果、洞窟内が怪しいという事にはなったのだが洞窟内の調査に慣れたパーティが他の依頼を受けており暫くは手が空かないという事で私達の元に調査依頼が回って来た。


「調査くらい残った面子でも出来るだろうに支部長は慎重すぎるんだよなぁ」そう呟くのはこのパーティのリーダーである剣士『カトラス』


「そうは思うけど『最近は依頼が捌けてない』って『リシエラ』さんも言ってたよ」と弓師『シエル』


 この場には居ないが治癒術師『トレール』そして剣士として私『イシェリカ』が一ヶ月前からパーティに参加している。


 三人は幼馴染で元々『ガラル』という壁役がもう一人いた。四人パーティだったのだが壁役のメンバーが飛び抜けて有能だったらしく騎士団に引き抜かれた。丁度この街を訪れたソロの私に『前衛の出来る仲間を募集している。あんた剣士だろう。ソロでやっているのなら腕に覚えがあるんだろう?どうだ前衛をしてくれないか』とトレールから誘われ『次の街に行くまでの僅かな間で良ければ』と路銀を稼ぐのに丁度ちょうど良いかと軽い気持ちで参加したのだが最近は少し居心地が悪くなってきている。


『イシェリカ、トレールに必要以上に近づかないでよ』シエルからこの類の言葉を掛けられる事が増えている。私の方からは事務的な事しか話していないのだがトレールの方には私に対して下心があったようだ。煩わしくなってきたので彼のいない今のうちにパーティを抜け、次の街に移動しようと考えていたのだが乗合馬車が問題の森の中を抜ける街道を通る為現在は運休していた。


 カトラスには『そろそろ次の街に向かおうと思います』と伝えてはいるのだが、運悪く今回の騒動が起き『調査依頼が終わるまでは残留して欲しい。馬車も運休している事だし』と言われてしまっては断る事が出来なかった。


 そうして辿り着いたのが噂の洞窟。それほど深い洞窟ではなかったのだが最初の調査の時点で最奥が崩落して未踏破の洞窟が発見された。発見したパーティは直ぐに支部長に報告、準備の上再突入したらしいのだが暗がりの中を素早い動きで移動する獣の群れに阻まれ撤退してきたとの事。


 まぁ、魔術師はこんな辺境には留まっていないし松明片手に前衛を務めるのもリスクは高い。正直に言うと私も洞窟・遺跡の探索は嫌いだ。それでも、今回は仕方がないトレールが戻ってくる前にパーティを抜け次の街に行く為だ。


 洞窟内を探索して数時間が経過した頃に素早い動きの獣に遭遇した。一見すると鼠の額に縦に二本の角がある獣、これまで見た事の無い獣にカトラスに確認を取るが彼も見た事が無いと言う。新種かそれとも古代種か何方にしろ情報が無い為、一体討伐し持ち帰ろうと言う事で方針を固める。なお呼称は角鼠と決めておく。


「イシェリカ、松明を角鼠の前に投げ込め。シエルは一体仕留めろ」


 カトラスから指示が飛ぶ。私が松明を投げ込み剣を構え直すのと同じ頃一頭の角鼠にシエルの矢が突き立つ。「キィィィ」と悲鳴をあげ倒れる角鼠。それを見て他の角鼠が左右に分かれた。左からの群れは私に、右からの群れはシエル目掛けて移動を開始する。


「カトラス、シエルの援護を。こちらはなんとかします」


 元々一人で旅をしていた私には窮地に陥った際に彼らと連携は取れない。カトラスにシエルを任せ角鼠に向かって行く。


 半刻程の襲撃で三十二体の角鼠を仕留め二人を振り返ると二人の周りにも同じくらいの死骸が横たわっていた。


「二人共怪我は無い」


「カトラスが足に怪我を負った。凄く腫れてきてる!」


 シエルの叫ぶ様な声と私の確認が被る。


 シエルはカトラスの傷口周りのズボンをナイフで切り裂き傷口を顕にする。青黒く腫れ上がった傷口は明らかに毒を受けた事を物語っていた。解毒薬を傷口にかけてはいるが回復に向かう兆候がない。この時点でカトラスの口からは血の混じった泡が溢れていた。致死性の毒を持った獣、こんな獣が街からさほど離れていない森の中に居る。シエルに『諦めろ』とは言えない。それでもこのまま此処にいては彼女も同じ道を辿る事になる。


「シエル、此処で見た事は誰にも言わないで下さい」


 そう彼女に告げカトラスの傷口に剣の刃を当てる。シエルが何か言っている様だが瞑想に入った私の耳には届く事はない。数舜の後、淡い光をまとった刃で腫れ上がった部分を貫く。グジュリとした感触が伝わってくるが構わず魔力を刃に流し込むと青ざめていたカトラスの顔に血の気が戻り始める。


「イシェリカ、あんた一体何を…」


 シエルは驚愕の表情を浮かべこちらを見て呟く。その瞳には恐れが含まれていた。


 その後、如何どうにか街に戻った私達は報告を私が引き受け、シエルはカトラスを連れて治療院へと向かった。


 角鼠の角には二種類の毒がある事が分かった。何方か片方の毒だけならば致死性は無いとの事だが両方の毒を受けてしまうと毒性が急激に変異し安定するまでの間は解毒薬が効果を成さない事、安定してしまえば解毒薬は効くがその毒性の高さからまず助からないだろうと言われた。変異中を除いては角鼠の唾液に毒素を分解する成分が含まれている為奴等は獲物を捕食しても問題無いって訳だ。とギルド職員から聞いた。


「この鼠についてはこの後も調査が必要だが、取り急ぎ討伐依頼を出す。お前にも参加して貰うぞ」


 支部長からの有難く無い命令が言い渡された。これは領主からの緊急依頼という扱いになり拒否をすれば評価を下方修正すると言われてしまっては断る事も出来ず渋々頷くしかない。

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