第17話 GO! GO! ドンキー・モンモンⅡ




「ゴーレムくぅうん!? 嫌ぁッ。待って待って、整理させて?」

 頼りのゴーレムを失い、ドンキー・モンモンが慌てふためいている。

 ゴーレムはデロデロの塊になっているが、個々の人間はまだ生きているので、デロデロといってもスープ状じゃなく、メロンの種のとこみたいな感じだ。しばらくメロン食えねえ。

 しかしどうする?

 治るのか? これは。俺はメイツェン・ミステリアス・ボーイズにトドメを刺してやるべきだろうか?

「まあこの段階で考えてもしょうがないか」

 俺は深く考えない事にしてゴーレムから離れようとする。フラつくが、生まれたての子鹿程度には立てている。

「やりましたね」タニモトが手を貸してくれる。「ちなみに、あれは何て技ですか?」

「――L・D・D。六歌仙・ドメスティック・ダイナマイ」

「えっ」

「ドゥメスティック……ダイナマァイ……ッ」

「えっ。すごくダサい」

「だよなぁ?!」

 なんて二人でゲラゲラ笑っていたのだが、これは俺とタニモトの油断。どっちが悪いとかでもなく俺たち二人の失敗。敗北。

 最初のゴーレムの時に一発仕損じていたのを失念していた。魔術神経を完全に断っていなかったのだ。

 おまけにゴーレムの魔術神経自体にも再生能力が備わっていたのに気づかなかった。つまり魔術神経の急所を一つ破壊し損ねた、一体。そいつの方が復活しやがったのだ。

 再起動した魔術神経は、再びでろでろの人体を取りこみ結合させる。

 ゴーレムは節足動物の様な姿になって復活した。

 気づいたときには遅かった。

 俺だけが被害に遭ったのは不幸中の幸いだ。いや、やっぱ不公平だとは思う。でもまあ俺の方が頑丈だしな。

 とにかく俺はその節足タイプに変形したゴーレムから体当たりを喰らった。というかねられた。


 人間の骨って全部で何本くらいあるんだろう?

 知るかバカ。

 ともかく体中の骨が全部吹っ飛んだんじゃないかってほどの衝撃だった。

「ソーマさん?!」

 突然の出来事だったからだろう、そう叫んだタニモトの顔は爆笑していた途中だったので、なんともいえない表情になっている。吹っ飛んでく俺もたぶん半笑いだったろう。

「だいじょう――待ってて下さいね……だい……だい」

 タニモトも、さっきのダメージでボロボロだ。まともに歩けもしない。魔術のカードも使い切っているはずだし、手立てがない。


「ゴーレムくぅん!」

 ドンキー・モンモンだけがはしゃいでいる。

「ガハハッ計算通り! このドンキー・モンモン様に逆らったらこうですよ。ね? こんな感じで今からお前ら全員に罰を与えていくぅ。ただし女子は態度次第で助けるッ俺様は優しいしチンコもでかいからよお!」

 嘘つけ、と俺は思い、

「うわ無理」

 とミニスカが言う。

 気の強い女だ。しかしクソでか人肉ゴキブリ相手ではどうしようもないだろう。

 タニモトも立てないし、ここはいっちょ俺が責任感発揮しますかってファイティングポーズをとるも、なんか地面が近い、と思ったら、立ち上がったつもりが、俺は地面とキスしてる。うまく立てない。腕を噛んでみるも、血の味ですら闘争心がチャージされない。

 これはダメですか、と諦めかけた時だった。

 後ろから、ちゃか、ちゃっ、ちゃっ、ちゃか、という、ほんの少しだけ不規則な足音が近づいて来る。

 そいつは俺の脚に纏わり付いて、はあはあ言い出す。

 冷たい。

 鼻の感触だ。なつかしい、犬が鼻を押しつけてくるときの冷たさ。息の熱さ。走馬灯かって思うがそうじゃない。

「お前……」

 モップ犬だった。

 【宇宙服の男】に連れて行かれたはずのモップ犬が、俺の顔を舐めている。

 犬は脚に包帯を巻いていた。

 骨が折れていたはずだが、歩けているようだ。

 そういえばここは動物病院だったと俺は思い出す。

「……それにしても回復が早すぎるな。ていうか下がれ下がれ。危ねえよバカ」

 クソでか人肉ゴキブリはまだ健在だ。

 さすがに神経に異常を来しているのか、気負った馬みたいに足踏みを繰り返している。暴走状態というやつだ。

 そこへ犬。動けない俺ら。

 どうすんだよこれ。

 どうにかしなきゃな。

 立ち上がろうとしている俺の前で、犬の体がふわりと浮く。

 俺の意識の方が沈んでいった、とかそういう錯覚的な事ではなく、実際に浮いている。

 昨日と同じだ。【宇宙服の男】の男が手を延べた時と。

 まさにそいつの事を考えていた俺の耳に、そいつの肉声が届く。

「おやおや危ないよ、わんちゃん、おいで。はいかわいいねえ」

 昨日聞いたのと同じ、異様に美しい声。

 ただし、喋っている内容はきわめてアンバランスだった。ひなたぼっこの爺さんかよ。

 ぶっ倒れた俺の上をモップ犬はふわふわ移動して、そいつの腕の中に落ち着く。これも昨日と同じだ。

「宇宙服の男」

 と俺は言い、

「Q」

 とタニモトが言う。


 あの【宇宙服の男】が立っている。

 霧でできたようなヴェールを体に纏って、姿は霞んでいる。顔は黒い面で見えない。なのに優雅で美しい。気色の悪い野郎だ。

「こまるよ」

 とだけ【宇宙服の男】は言う。

 片腕でモップ犬を抱いたまま【宇宙服の男】は一方の手を振った。


 ミニスカの女および、病院スタッフたちの体がふわりと浮いて、後方へ移動する。

 浮かぶ女たちの周囲で、光がわずかに屈折しているように見えた。

 折れた肋骨を肺へ突き刺しながら、俺は叫ぶ。

「キャトルミューティレイションだー!」

 ご存じだろう。宇宙人が家畜や何かを捕獲するときに使う技術だ。重力を操作していると考えられている。

「魔術ですよ」

 タニモトが這ってくる。

「なんで言い切れるんだよテメー」

「喋らないで。重傷ですよ」

「宇宙人より大事な事があるかお前」

「いいかげん認めて下さい。あれが復活した大魔術師【Q】ですよ」

「魔術師」

 と叫んだのはドンキー・モンモンである。

 黙ってろ、今宇宙の話してるだろうが、と俺は思うが、言ってやる余裕はない。

「キサマが、ここの主か。俺は――」

 ドンキー・モンモンが何か言おうとする。多分、最初の『ニルギリア・BBの部下云々』という口上をやろうとしたんだろう。

「こまるよ。うん。ここではこまる」

 Q――タニモトがうるせえのでQと呼んでやるが――が、また腕を振った。ドンキー・モンモンの話など全く聞いていないのが態度で分かった。

 直後、俺たち全員、ひとまとめに移動させられていた。

 俺も、タニモトも、ミニスカ達も、それどころかドンキー・モンモンとゴキブリゴーレムまで。顔もふれあうほどの距離にゴーレムとドンキー・モンモンの姿があった。

 俺が感じたのは「ビニールパックされて川を流されていく感じ」だった。

 地上への狭い通路を、俺らは「ずるり」と移動したのだ。

 気づくと病院の外へ放り出されていた。

 昼の陽射し。

「はわっ。あわわっ。何ぃ?」

 ドンキー・モンモンも混乱している。だからなんでちょっと可愛い感じ出してくるんだよ。

「――ゴーレム! ゴーレムくぅん?」

 ドンキー・モンモンが呼ぶが、ゴーレムだけは『袋詰め』にされたままだった。真空パックって感じで押しつぶされたまま、ウゴウゴしている。さっきはこの状態で運ばれたらしい。

 あのゴーレムを完全に捕縛してしまっている。

「おい? おい? え? え? あっいい天気」

 ドンキー・モンモンはもはや気の抜けたようになっている。

 

 ゴーレムを失い、かと思うとゴキブリ化したゴーレムで逆転、かと思うと、雲を着たような男が登場。気づくと、外に瞬間移動していて、残りのゴーレムが真空パックされている。

 ドンキー・モンモンの精神は、この変化に対応できなくなったのだ。ともかく、ゴーレムを完全に失ったことは分かったらしい。かといって逃げ帰ればニルギリアに殺される。そこまで自覚した結果、再び精神がクラッシュしたらしい。

「もう好い加減にしてッ」

 と叫ぶと自慢のナイフを抜いてQへ斬りかかった。

「やあああああんっ」

 と振り下ろしたナイフがボヨヨン、とはね返される。

 Qが空気の膜で防いだのだ。Qは大気を操る、というタニモトの話を俺は理解した。

「えぇ……」

 ドンキー・モンモンが心底哀しい声を上げる。


 さすがのドンキー・モンモンにも、目の前の雲スーツ男が普通でないと分かってきたらしい。

 んんん~って言ってもう一回斬りつけ、もう一回ボヨンとはね返された所で心が折れた。頼りのゴーレムは真空パックされている。

「俺……俺はニルギリアの配下で……」

 ニルギリアの名にすがろうとする。

 でもQはそんな言葉など全く聞いてない。


「神に会った事があるかね?」


 例の美しい声でそう言った。

「えっ何? なにぃ?」

 と訊き返しても、やっぱりQは意にかけない。自分の話だけをする。 真っ黒な、そこだけブラックホールが渦巻いているような、面を近づけて、Qは続ける。あれドンキー・モンモンからどう見えてるんだろ?

「わんにゃんは自然の中で暮らすのが幸せ、と人は言う――」

「え? 何ぃ? 言ってよぉ、ちゃんと説明してくれたら言う事きくから~。ねえ、何て言ってるのこの人ぉ」

 ドンキー・モンモンがこっちへ助けを求めてくるが、俺だってQが何を言ってるのか分からない。マジで何言ってんだこいつ。

「日光にアレルギーの体質でね。こうしてガードしているんだよ」

 Qがとつぜん俺の方を振り返った。あの面でこっちを見る。

「……おう」

 確かに仮面のことは気にしたけど、俺口に出してないよな? そんなこと。俺も怖くなってくる。

「あいいいっ」

 ドンキー・モンモンの声。隙を見せたと思ったのか、口から針のような物を大量に噴出させた。変な隠し技もってんなこいつ。

 もちろんボヨヨンと弾かれる。

 Qは何事もなくドンキー・モンモンへ向き直って話を続けた。ナイフで突かれた事など話題にもしない。

「――確かに、人間社会に混じって暮らす事は彼らにとって不自然な事だよ。しかしね、だからといって『大自然が幸福』とは言い切れないのではないかね?」

「何の話だよぉ~だからぁああ……」

 ドンキー・モンモンはついに泣き出す。

 Qはやっぱり続けて、

「今日もこの美しい自然界では、わんにゃんたちが、お互い喰らい合っている。自然の摂理とやらのために。そんな世界に誰がした? 分かるかね?」

「……分かんないッス………分かんない~」

 ドンキー・モンモンは駄々っ子的な動きでナイフを突きまくる。もちろんボヨン、ボヨヨン、だ。

「殺し合いは絶え間なく続く。それが摂理だからね。大自然とは地獄なのだよ。神は美しい地獄とわんにゃんを造りたもうた。どうだね君たち?」

 俺らの方を向く。

 知らないよ。と俺は思うが言わない。何か神とか大自然に対して文句垂れているらしい。わんにゃんって動物の事か?

「はわっ」

 とドンキー・モンモンが鳴いたのは、Qが彼からナイフを取り上げたからだ。

 ナイフには興味がないらしいQは、涙でぐちょぐちょの顔へさらに寄って、

「言ってやりたいところだよ。何を考えているのか、と。なぜ幸福な世界を作らなかった、と。可愛いわんにゃんたちに対して言う事はないのか、とね」

 何やら語気を強めている。意味は分からんけど。

 が、次の言葉が出たとき、あ、ドンキー・モンモンやべえな、と俺は悟る。

 Qはこう言った。

「キミもだよ。キミは病院のわんにゃんに危害を加えるところだったのだよ。神にでもなったつもりかね? よりによって私のわんにゃん病院でだ。この意味が分かるね?」

「……わ……分かんないって言ったらぁ?」

 とドンキー・モンモン。もうそう答えるしかなかったのだろう。

 返事に変わって、呪文の詠唱が始まった。

 呪文の文言というものは術者によって異なるという。

 Qの詠唱は、異国の子守歌のように聞こえた。


「はうあっ」

 声を上げたのはタニモト。魔術師のコイツにはこの呪文が何か分かるらしい。

「ダメ、これ、ヤバイ、いけない」

「なんで片言なんだよ」

「超、です。高位、魔術。スゴイ。危ない。ダメ。ぜったい」

「具体的に言ってくれ。俺にも分かるように二〇文字以内で」

「無理!」

「じゃあいいよ。何だろうとどうせ俺動けねえし。諦めたわ」

「当たったら死ぬヤツです。この辺一帯」

「一帯!」

「そういうレベルのやつです」

「一帯ってお前……お前ふざけんなよ」

「僕に言わないで下さいよ。諦めたんじゃないんすか」

「あれ嘘! ウソウソ。何とかしろ何とか」

「何とかってなんすか?!」

「お前も魔術師だろ。バリヤーとかねえのかよ!」

「ムリムリ! そんな規模じゃないから、そんな規模じゃないから!」

 この会話に誰よりビビったのはドンキー・モンモンだったろう。

「えっ。えっ? やだやだやだあ」

 Qの詠唱はとまらない。

 呪文に呼応して、宇宙服めいた大気スーツがうごめく。排気するようにたなびく。

「やめてえ! ニルギリアが来るぞ! 俺を殺したら戦争だぞ! 絶対なんだから!」

「神に会ったらよろしく言っておいてくれ給え。『わんにゃんに詫び続けろ』と」

「嫌ァ!」

 それが最後の言葉。

 それが完全にコントロールされた魔術だったからだろう。タニモトが言ったような大破壊は起こらなかった。

 力はドンキー・モンモンに対してのみ行使されたのだ。

 俺の動体視力は、その瞬間を捕らえていた。


 ドンキー・モンモンの身体が、煮込みすぎた煮魚みたいにほどけていく。肉も血管も内臓も、血さえも、分解されて、骨がスポンジ状に、そして粒子になって消えてしまう。


 局所的な超暴風といえばいいのだろうか。吹っ飛ぶ前に肉が引き剥がされてしまうような風速。

 ドンキー・モンモンは細胞レベルにまで分解され、世界にばら撒かれたのだ。あとに血の一筋も残らない。

 俺はドンキー・モンモンが混じってしまったであろう、空を眺めて、あ、お空綺麗、とか思っていた。

 あまりの出来事に頭がアホになっていたのだ。


 これが大魔術師Qとの二度目の、そして決定的な遭遇だった。

 辺りに紙吹雪が舞っている。

 これも、昨日と同じだった。

「【クベロンの免罪符】……やはりこの人がQに間違いない」

 タニモトが呟いた。



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