第16話 責任感の男




「やっぱり一発食らうと吹っ切れるな。楽しくなってきた」

 血の味が酒のように俺を酔わせる。

 ブルブル頭を振っている俺に、ゴーレムどもが波状攻撃を仕掛けてくる。

「一人ずつ来いバカ」

 俺はドンキー・モンモンへ向かって腕を振るう。

 あえてドンキー・モンモンを狙った。

「うんッ――」

 ドンキー・モンモンの体が一瞬浮く。そのまま狙撃の勢いで、地面を滑っていった。

 肩口に突き刺さった物に、ドンキー・モンモンが気づくのはぶっ倒れた後の事だ。

 それは鈍い真珠色をしたナイフのごときもの。俺の爪だ。俺の爪はめっぽう鋭い。そいつを切り離して、キングゴリラのパワーで投擲してやった。

 骨まで食い込んだらしい。一瞬意識を喪失していたドンキー・モンモンがゴロゴロ転がりまわる。

「痛い、これ。え? イッタぁああい! 何か飛ばしてきやがった。なんか飛ばしてんじゃねえよ! ゴーレム! 一匹俺のガードにつけ。早く来いよちょっとォオオオ」

 案の定、ドンキー・モンモンはゴーレムを一体下がらせた。

「やっと二人きりになれたね?」

 一対一になった瞬間、俺は目の前のゴーレムへ突っ込んでいく。おまたせーって感で。ヤッホウって感じで。

 もう俺は最低限のガードしかしなかった。そういう空気じゃないもの。


 向こうが一発を打って来るあいだに、こっちは五発ぶちこむ。ぶちこんだら、もうその座標に俺はいない。

 ひたすら休まず、無呼吸で手を出し続ける。

 ゴーレムを構成する要素全てをシバいていく。

 ミンチになるほど叩きまくっても、傷口が盛り上がって元通りになる。どうやらゴーレムには再生能力もあるらしい。

 でも生命力では俺も負けていない。

「楽しいなあ! もっとスキンシップしようぜ!」

 躱しながらも殴った。

 ゴーレムの拳のかすった部分は肉が吹っ飛んだ。

 相打ちでも殴った。

 受け流したつもりでも、歯が飛び、首が軋んだ。

 時に関節技も忘れない。

 しがみついて腕部分をへし折ってやったが、俺もそのまま壁へ叩きつけられる。埋まった。

 壁から弾丸みたいに飛び出して、俺はまたがむしゃらにシバいていく。

「無茶苦茶だ……」

 タニモトの漏らすわずかな声さえ俺は聞きわける。俺の五感はもうビンビンだ。もうパンッパン。

「いいから自分の仕事しろよタニモト」

「――ハイ!」

 なんか感動してるみたいだ。単純な野郎だ。俺はオモロいからやってるだけなのに。

 オモロいので俺は更に回転を上げていく。

 もう俺は全力でぶん投げたスパーボール。部屋一杯の爆竹。ウンコしたあとの猫。

 シバき、シバかれ、飛び散った俺とゴーレムの血で地面に幾何学模様ができあがった頃、タニモトの解析も終了した。


「さがって下さい、印をつけます」

 と叫ぶタニモトは号泣していて、俺はちょっとヒく。そういうトコだぞタニモト。

 鼻水を垂らしつつタニモトは二枚目のカードを使った。

 腕の肉を噛み切り、カードへ血を注ぐ。

 カードが赤い無数の蛇に変化して、ゴーレムへ群がる。

 具体的にどういう魔術なのか俺には分からない。

 血の蛇自体に攻撃力はないようだが、ゴーレムの肉の中にまで食いこんでいけるようだ。

「蛇の頭を狙って下さい」

 とタニモト。

 蛇の食いついた場所が、ゴーレムの急所という事だろう。なるほど、蛇はマーカーか。

 急所の位置も、深さもはっきり見て取れる。

 ゴーレムの急所は、正面じゃなく背中側に集中しているようだ。

 突然湧いた蛇にゴーレムは混乱している。蛇には実体がないらしく、引き剥がす事ができない。

 俺はゴーレムの背後へ回りこむと、急所へ瞬間六発の突きを叩きこむ。

 もうマッハですよ。

 拳が空気の壁を破る音。

 血が、花火のように飛び散る。

 背骨を震わす心地よい反動。

 上手いことシバけたとき特有の快楽物質が脳内を駆け巡る。それはジューシーなチーズバーガーにかぶりついた時の感じに似てる。じゅわっと快楽がしみ出して饒舌になる。

 え? ボクにとって喧嘩とはなにか、ですか? 寿司……ですかね。とにかく新鮮な獲物を、新鮮なうちに、新鮮な方法でシバく。これに尽きますね。

 などと、架空のインタビュー記事を脳内生成している俺の前で、ゴーレムが崩れていく。

 人体パズルを繋いでいた魔術神経をぶっ壊してやったからだ。

「やりましたか?」

 タニモトが駆け寄ってくる。

「一発しくじったけどな」

 俺は、急所への一発をし損じていた。

「流石に疲労もあったしな……まああれだけ崩れてれば、もうまともに動けないだろ」

 俺はその場に膝をついてしまう。

 地面には、謎の粘液で生まれたて、みたいになったメイツェン・ミステリアス・ボーイズが転がっている。

 なんだか活き締めされた魚って感じで、口はパクパク、目つきは虚ろ。元の生活に戻れるかどうかは不明だ。

「嘘だろ……ウッソだお前」

 ゴーレムの影でドンキー・モンモンが騒ぎだす。

 そうゴーレムはもう一体いるのだ。

「嘘じゃねーよ。ちょっと遊びすぎたけどな。オラ、もう一匹よこせ。俺に寿司を握らせろ」

 これははっきり言って去勢。

 できたら逃げてほしいな、って正直そう思ってる。余裕をアピールしようとゴリラのポーズをとるも、俺は棒みたいにぶっ倒れてしまう。血が足りないのだ。タニモトの腕でも囓るか。

 ドンキー・モンモンみたいなチンピラは敵の弱みを見逃さない。

「あれ? あれあれ~? 効いてるみたいですね~うん行ける! ゴーレム君ぶっ潰して!」

「やっぱダメすか」

 ゴーレムが向かってくる。

 しかたなく、俺は立ち上がろうとする。

 しかし血管に鉛が詰まったような感じ、耳の奥がぐるぐる回ってまたぶっ倒れる。

「やっぱり『やっちゃった』じゃ済まないですよね。もともと僕の所為ですし。ここは責任を取らないと。それにさっきは嬉しかったですよ怒ってくれて」

 そのときタニモトがゴーレムへ向かって歩きだした。

「いや、お前ムリムリ」

 と俺は止めようとするが、頭がぐるぐるで発音というよりだらだらよだれを垂らしているだけの状態。

「まあビビってますけどね、やりますよ。学生時代は三年連続学級委員長をやり遂げましたからね。え? ボクにとって委員長とは何かって? 責任感、ですかね」

 聞いてねえよ。しかし実質俺は動けないし、ゴーレムは目の前に迫っている。

「五秒……」

 と俺はなんとか言い、自分の傷口から血を吸う。

 五秒で何とか立ち上がるとこまで回復させる。今が夜ならもっと回復が早いのだが。ともかく俺は昔気功師に習った呼吸法で、快復に努める。

「符術の最後の一枚、粘着性の魔術で動きを封じます。成功したら――」

「俺が、やる……やる」目ん玉ぐるぐるのまま俺は保証する。

「頼りにしてますよ。僕の力では仕留めきれませんから。ハイ来ぉい!」

 露骨な空元気。タニモトの宣言が終わるか終わらないかの所で、ゴーレムのパンチが振ってくる。

 「来ぉい」の途中あたりで、タニモトも反応して、回避体勢にはいっている。

 紙一重。

 砲弾なみの風圧にタニモトは明らかにビビる。

「せっ――」

 ゴーレムの返す左。

「せき――ごえッ」

 腕で受け流そうとしてタニモトはきりきり舞いをする。

 時速二〇〇キロですれ違っていく馬車にタッチしたようなものだ。

 体勢を崩した所に、更に振り降ろしのパンチ。

「責……任ッ――」

 これもタニモトはギリギリで躱した。

 いや、こめかみを掠めた。

 掠めただけでタニモトは地面へ叩きつけられる。

 バウンドした所へ、トドメのパンチが振ってくる。

「――責ッ任ッ感ッ!」

 タニモトは逃げずにこれへ向かっていった。

 受け止めようとしたのでもない。

 時速二〇〇キロで突進してくる馬を両手で迎え、跳び箱のように飛び越えたのだ。

 当然、勢いを完全に殺す事はできず、タニモトはコマみたいにスピンして俺の側に降ってきた。

 直撃は避けられたが、追撃を受ければお仕舞いだ。

 しかし、タニモトは血を吐きながら宣言する。

「い゙ま゙でず!」

 ゴーレムの追撃はなかった。

 大根を抜くみたいな姿勢で、しゃがんだままだ。立ち上がろうとモガいている様子だった。

 打ち下ろした両拳が、地面にぴったりと貼りついて離れないのである。

 よく見ると、拳の下にカードの端っこが見える。

 粘着性の魔術とやらを設置した上で、そこへゴーレムを誘導したのだ。

 ゴーレムの背中の急所が丸見えだ。

 頼りになるぜタニモト委員長。

「ゴーレムくぅん?! ウソォ? 頑張ってぇ?!」

 ドンキー・モンモンが叫ぶが、もう遅い。

 俺は感情と脳内麻薬でパンパンの巨大シャコエビ。

 王虚。

 玉兎。

 廻向。

 落水。

 獣果。

 金玉。

 音速の突きを正確に六発、ゴーレムの急所へ叩きこんだ。名前は適当だ。

 で、俺も酸欠、貧血、ハンガーノック諸々でぶっ倒れてしまう。

 デロデロのメイツェン・ミステリアス・ボーイズが言う。

「……すみーま、せんね……」

 ホントだよ馬鹿野郎。



 これで解決。じゃあQ、じゃなく【宇宙服の男】にちょっと会ってみてから帰って麦酒飲むよ。

 と、なれば良かったんだが、もう一悶着あった。


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