第15話 ビームとか出ないのが不思議
「俺やっちゃった? やってない?」
ニルギリアの使者ドンキー・モンモンが、廊下を冷凍マグロみたいにすべっていく。誰かがぶん殴ったせいでそうなったのだ。誰だよニルギリアの使者ドンキー・モンモンくんをグーで殴って冷凍マグロみたいに滑らせたのはよ。俺だよ。
タニモトは一応フォローしてくれる。
「いや、一応、僕の方が先にやっちゃったわけで」
「え? じゃあ俺はやってない?」
「いや……やってますね」
「ダメか」
俺の足元にドンキー・モンモンの歯が一本転がっている。
「やってるなあ。やっちゃた。ほれタニモトも言え。やっちゃったぁ」
「やっちゃいました」
「やっちゃったよなあ」
「やっちゃったで済むかボケェ! 誰に手ぇ出したか分かってんだろうな! 頭が悪いんですかぁ?! バカなのか?!」
「うるせえよ」
ヤケクソになって爆笑しているところへ、ドンキー・モンモンがムカつく事を言ってくるので、俺はもう一発殴ってしまう。
「うんッ」
また可愛い声で滑っていくので、それがまたイラッとくる。何だこいつ。綺麗に滑るな。こうなったらもうしょうがない。我慢するだけ損だ。
「おい。ファンキー・ガッツマン」
「ドンキー・モンモンですぅ……」
「俺、なんかやっちゃったか? やってねえよなあ?」
「ええ……やったよぉ? 自分、ニルギリアの使者だし。ほら。書状、あっない」
俺は地面に落ちてた書状を丸めて飲みこんでしまう。
「お前がニルギリアに報告しなきゃなんも問題ねえだろバカ。お前の心がけ次第だよな? じゃあ今からパンチで説得していくからなバカ」
「んんん~ッ!」
とまた可愛く唸ってドンキー・モンモンはぐるぐるパンチで抵抗してくる。何だこいつはって俺が困惑しているあいだに、ゴーレムの後ろへ逃げこんでしまった。
安全地帯に入ると、強気になって、
「貴様、敵なんだな要するに! もういい。てめーがドコのバカかとかもうどうでもいい。勝手にこの建物ぶっ壊して警告のメッセージってことにするぜ。当然お前らもぶっ潰す。お前らの知り合いもブッ殺す」
などとめちゃくちゃ怒っている。
俺はまた「やっちゃた~」とかへらへらしている。
「あんたたち何がしたいのよ」
とミニスカ。
「わかんねえ。もう一緒に笑おうよ」
「笑えないわよ。何が起こってんの。この不細工ウチの先生の敵って事でいいの?」
「不細工っつったかオイ」
ドンキー・モンモンが激怒するが、ミニスカの女も譲らない。
「不細工でしょうが」
「ブッ殺す。女といえどもブッ殺す。俺はフェミニストだったのによぉ! お前の罪だぞ!」
全方位にキレ散らかしてコイツもご苦労様だな。
「大丈夫だって。さっきのずっこけたトコとか可愛かったよ。不細工は不細工でも愛嬌のある不細工だよな」
俺は俺で煽っていく。これが引き金になったといえば、それはそう。
「俺は可愛いって言われるのが一番嫌いなんだよブッ殺す」
ドンキー・モンモンのゴーサインで、ゴーレムが一体突っ込んでくる。
「――嘘つけ! 絶対言われたことねえだろ」
打ちおろしのパンチを俺とタニモトは転がって躱す。
「ソーマさん!」
タニモトが指さす。
もう一体のゴーレムが向かってくる。
脚に氷柱をくらった方だが、機能に問題はないようだ。
これも俺たちは横っ跳びで避ける。ロビーが広くて助かる。
互いの背中を守って構えた。
「タニモト、さっきの魔術すげかったじゃん?」
「あらかじめカードの中に魔術式を仕込んでいます。ちなみにさっきの一枚作るのにどれくらい徹夜するか話しましょうか?」
「ご苦労さん。あと何枚ある?」
「三枚」
「もっと作れよな」
ゴーレムが交互に襲ってくる。
熊なみの瞬発力だが、神経系統が弱いのか、動作と動作のつなぎ目が弱い。パンチは速いが回転効率が悪いのだ。ちょっと安心。
「動け動けタニモト」
俺たちはできるだけ動いて攪乱する。
転ぶか同士討ちでもしてくれれば最高なんだが、そこまで上手くいかない。が、動いているだけで生存率は上がる。タニモトが意外に動けるのは嬉しい計算違いだ。
「下がってて」
警備スタッフやミニスカの女まで参戦しかけるのを、タニモトが止める。この状況でも甘い野郎だが、判断は正しい。
クソでかゴーレムには生半可な攻撃は通じない。数で仕掛けても足の引っ張り合いになるだけだ。そんなレベルのクソでか野郎なのだ。ファッキンクソでかミステリアス・ボーイズ。
「すみーません」
つって言う声も天井近くから降ってくる。
ゴーレムがあまりにでかいので、パンチなどは、ほとんど垂直に真上から落ちてくるのだ。
かといってずっと見上げてるわけにもいかない。脚の動きにも注意しないと、体当たりを一発食らったら即行動不能だ。
「誠意のねえ謝罪しやがってバカッ」
俺は振り下ろされた腕へ攻撃する。相手がでかすぎて、腹も頭も届かないのだ。
が、手打ちのパンチなんて弾かれてしまう。
単純な質量差の問題だ。
「じゃあコイツはどうだ……」
俺は来客用のベンチをひっ掴む。こいつでぶん殴ってやろうと思ったのだが、地面に固定してやがる。
「――固定してじゃねえ……よ!」
絶叫しながら引っぺがした。そのままゴリラのポーズで振りかぶって叩きつける。
ベンチが粉々に砕けるが、ゴーレムは微動だにしない。
「ダメぇ?」
一応確認してみるが、即座にパンチが返って来る。元気。
かすった。あとミリ深かったら粉砕骨折だ。
「ダメだこりゃッ」
と逃げながら、俺はデブゴンとの会話を脳内検索する。
駄目人間とはいえ武術の達人。普段の会話にも達人のエッセンスが詰まっていたにちがいない。なんかあった気がするのだ。この事態を打開するようなひと言が。
確か「お金貸して」でもなく「絶対返すから」でもない。「立て替えといて」「何でもしますから一月だけ待って」「スープ残すんなら俺にくれ」「焼酎飲んですぐダッシュすると安く酔えるぜ」「セミの幼虫うめえ」
ロクなこと言ってねぇな、あの野郎。しかもリプレイされる顔が全部ムカつく。「ポイントだよ。街にはな、シケモクの拾える地点があって、そこ回れば煙草買わなくていいんだぜ」これでもない。だが近い。
そうだ「デウゴン流は点の攻撃」だ。「点の攻撃で急所を突く」だ。
立て続けの攻撃を、ステップワークで躱しながら、俺はタニモトと合流する。
「タニモト、こいつら生きた人間をつなげて作ってるんだよな」
「そうだと思います」
「てことはパーツを動かすための神経みたいなもんがあるはずだよな? 魔術でつくった神経かなんかが」
「そのはずです――ええ。そこが弱点ではあるはずです。しかしそれだってかなりの力で攻撃しないと……人体のヨロイで守られてるわけですから」
「それは俺がやる。が、どこを突いたらいいもんか分からねえ。お前、できるか?」
「……やってみます。魔術の方式は推測できる。あとはゴーレムの身体構造をもう少し理解できれば……」
「じゃあしろ」
と言い置いて、俺は手近なゴーレムの膝部分にドロップキックする。流石にちょっと怯んでくれたが、動きに支障はないようで、すぐに接近してくる。
「今ので膝の構造が少し分かりました。ソーマさん、その調子で反応を見て下さい」
タニモトは早速カードを一枚使う。
感覚を強化する術でも封じてあるのだろう。
どういう素材なのか知らんが、カードが顔に貼りついてグニョッと変形する。
タニモトの目と耳にかけてを覆う、ゴーグル状に変化したのだ。その未来的フォルム。半透明で虹色の光沢を放つその感じ。えっダセえ。
「……頼むぜタニ――やっぱだっせえ」
もう一度確認してみたがやっぱダセえ。目からビームとか出ないのが不思議なくらいダセえ。
「いや、カッコ良いですね。ソーマさんはセンスが古いので分からなかったかな?」
「嘘つけお前。顔真っ赤じゃねえか」
でもまあ格好は問題じゃない。今はタニモトと自慢のゴーグルに期待するしかない。
俺は再びゴーレムへ突進する。
小細工しても仕方ないので正面から仕掛ける。
ステップ。ウィービング。パリィ。パンチ。パンチ。
とにかく的を絞らせないように動きながら、手当たり次第シバいていく。
「触診だぜ。音の違いとか反応とか見とけよタニモト」
タニモトの分析力に期待だ。えっメガネダセえ。
しかし、いくら叩いても効いてねえな。
メイツェン・ミステリアス・ボーイズの表情はうつろなままで、パンチを受けながらも眼がぎょろぎょろ動いて、俺を見てくる。見るな。
俺の動きが止まる。
ゴーレムを構成する人体の一つが、腕を伸ばして服を捕まえてきたのだ。
「パーツ単位でも動くのかよ」
すかさず、もう一体のゴーレムがパンチしてくる。
服を破って逃れるが、その分、回避が遅れた。
俺は自分の背丈ほどもある拳を受け止めるハメになる。
壁まで吹っ飛んだ。
「ソーマさん!」
「死んだわアレ」
タニモトとミニスカの女が同時に声を上げる。
「死んでねえわ」
俺はなんとか起き上がる。
自分で後ろに跳んだぶん、衝撃を受け流す事ができたのだ。にもかかわらず視界がぐにゃぐにゃする。
「んん……元気ッ」
つって頭をブルブル振ると意識が晴れる。いや、そうでもないが、まあマシになる。
「こっからこっから」
俺は走って、ゴーレムどもへ蹴りをぶちこむ。
さっきよりは効いたかな?
タニモトみたいに分析はできないが、感覚でゴーレムの作りを学習しつつあるのだ。
人型をしてるが、どうやらゴーレムの急所は人体とはまったく違うようだ。そこんところを考慮してシバく必要がある。
蹴りを入れてやったのとは別のゴーレムが仕掛けてくる。
俺はクソでか拳をくらってしまう。
が、体を回転させて受け流す。
さっきよりは上手くいく。
しばかれた勢いを回転力に転化して、すぐさま反撃。デウゴン流、なんだけ。蹴りのヤツだ。
はい効いた。
かくいう俺の方もメチャクチャ効いてるけどね。
しかしシバき合いにおいて、ダメージというのは甘美な麻薬でもあるのだ。
楽しくなってきた。
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