第14話 GO! GO! ドンキー・モンモン
「異星人の存在についての対応はどうなってんのって訊いてるの」
「えぇ……」
今、俺の目の前に、【ニルギリア・BB】の部下を名乗るドンキー・モンモンがいる。イカれた魔術製生物を従え、ガキがつけるような香水の匂いをプンプンさせていた。奇妙な事だが、ニルギリアの部下は例外なくこの臭いをまとっている。この臭いがしたら身を隠すという習慣が、街の人間に出来上がっているほどだ。
それはともかく、俺は続けて、
「これから異星人の脅威について説明します。宇宙。それは空の彼方。これから僕と一緒に異星への旅へ出よう」
「おい、なに勝手に話し始めてんだよ。求めてねえから」
断っておくが、俺もさすがにニルギリアの使者相手にオカルト談義をしたいわけじゃない。考えがあってのことなのだ。
俺に、このドンキー・モンモンとやり合う気は毛頭ない。
ニルギリアの部下をシバくということは、ニルギリアと敵対するという事である。そうなると、編集部の仲間にも危害がおよぶだろう。俺はあの職場を気に入っている。
そして、恥を忍んで言うと、俺は二体のゴーレムに、そしてこんなもんを造ったニルギリアに対してビビっていた。
ニルギリアは、縄張りを侵す者、侵す危険のある者へ、使者を送りつけてくる。
そこで逆らえば、争いになる。
中央都市の権力者達のようにおぞましい呪いを受けるかもしれないし、その場でゴーレムに叩き潰されるかも知れない。
あるいは「こいつら」のように、ゴーレムの材料にされるかもしれない。
人体製のゴーレムは二体。それぞれ人間が材料に使われている。一体あたり十人ではきかないはずだ。
五体揃ったままの状態で、人間が編み上げられている。例えば腕の三頭筋とか二頭筋みたいな一つ一つのパーツを、一人の人体が受け持っているのだった。
しかも、おぞましい事に、そいつらはまだ生かされている。
体を粘土みたいに、ねじり、伸ばされた状態で、それぞれのパーツが眼をぎょろつかせたり、魚みたいに口をパクパクさせている。
そして、パーツにされたヤツらに見覚えがある。
緑がかった顔色。
兄弟みたいな似通った顔立ち。
メイツェン・ミステリアス・ボーイズだ。
あのあと、ニルギリアにつかまってしまったらしい。
昨日、出会ったばっかりの相手と、ゴーレムの生体部品にされて再会する。この街ではこんなこともあるのだ。
「……すみー……ません……」
どいつもこいつも、まだ生きている。
人間らしい意識を保ったままなのかは、考えない事にした。
昨日、俺がシメといてやるべきだったな。
街からたたき出していれば、こんな事にもならなかったろう。一応、俺の読者だったんだけどな。
「これがニルギリアのやり口」
タニモトがコートへ手を差し込む。戦おうとしているのだ。
「止めとけタニモト。目えつけられるぞ」
ニルギリアは新参者をチェックしている。正式な手続きを踏んで入国してきたタニモトの事なんて、すでに把握しているはずだ。
「しかし……」
「ニル……なに?」
ミニスカの女が言う。この土地のことを何も知らずに開業してたらしい。
ゴーレム相手にそれほど恐れている様子はない。
他のスタッフもそうだった。どういう教育をされているのか、騒ぎもしない。下がって行って動物を避難させたりしている。
そのうちの何人かがこちらへ向かって来た。多少体格のいい男たちだが、ゴーレム相手に戦うつもりなのか。勝てるかどうかはともかく、戦った時点でニルギリアとの敵対関係が、決定する。
どうするべきか俺は迷う。
こいつらに任せてしまうべきだろうか?
そもそも、ドンキー・モンモンは俺に用はない。
では「俺は関係ないです、お邪魔しましたにゃん」つって帰って良いだろうか? 尻尾を巻いて逃げていいのか?
いいよ。
ぜんぜんいい。
当たり前だろ。
でも、ここにはあの時の犬がいるのだ。
ムーンと変な鳴き方をするモップみたいな犬。
俺ら人間に脚をへし折られ、それでも俺を庇い、連れ回され、かと思ったら得体の知れないものにふわふわ誘拐されていった知らないモップ犬。
俺の犬じゃない。
でも、もしかしたら誰かの犬だったかもしれない。
その犬をなくした誰かはどんな気持ちでいるのだろう?
やっぱやるか?
借金デブから習ったデウゴン流でカンフーバトルするか。
やらねーよ。ニルギリアみたいなヤツと。
で、俺は考えた。
ここはひとつ、一般通過のアホを装って追っ払うとしましょう、と。
こうした考えがあってのオカルトトークなのだった。
俺は作戦を続ける。
「俺って特殊っていうか、人と違うところあるじゃないですか? 囁くんですよ。宇宙からのメッセージがね」
「……何? え? 何?」
ドンキー・モンモンのアホを見る目。
駆け寄ってきた警備スタッフたちも立ち止まって俺を見る。
「囁くんだよ。すげえ囁く。アルミホイル持ってない? アルミホイルがあればなあ。もう煩くて。あなた地球侵略のスパイじゃないですよね? 正直に言って下さい」
「なんだコイツ。お前はいいからここの魔術師を出せ」
ドンキー・モンモンは、イラついて矢継ぎ早に質問を投げつけてくる。
「魔術師だよ。いるだろ。どんなヤツだ? 一人か? それとチームなのか? やってやんよ。そんなもん。ブッ殺してやんよクソッタレ」
俺の予想通り気がたっている。戦闘態勢バリバリって感じだ。
そりゃそうだ。ニルギリアの部下といっても、コイツはニルギリアを慕って部下やってるわけじゃない。そんなヤツは存在しない。みんな支配されているのだ。理不尽な命令にムカついている様子が口調から透けて見える。
つまり、こいつは忠誠心も責任感もないただのチンピラ。
チンピラをやり過ごす方法は簡単だ。
こいつら難しいことは考えたがらない。物事を都合の良いようにねじ曲げて考える。
俺はそこを攻める。
「シッ! 黙って。聞こえる……宇宙の声。外なる神の囁き。聞こえる。うるせえ」
「ホント何言ってんだ。マジなのかコイツ。おい言葉分かるか? 責任者出せって」
「俺が人類防衛少年隊の責任者だが? なあタニモト隊員」
「いえ。僕は関係ないですね」
合わせろバカ。
「何だよコイツら」
ドンキー・モンモンが溜息をつく。
その声にアホの相手をするとき特有の徒労感、脱力が現れるのを俺は聞き逃さない。それもっとちょうだい。もっとうんざりしてくれ。
俺の作戦がおわかりだろうか?
理解するには、ドンキー・モンモンの立場に立って考えてみるといい。
はっきり言ってドンキー・モンモンは鉄砲玉。
ゴーレムがいるとはいえ、謎の敵の拠点に突っこむよう命令されたのだ。「ブッ殺してこい」が五〇%。「戦争の口実に死んでこい」が五〇%みたいな指示なのだ。
まあ、怖いよ。
決死の覚悟ってヤツでここに来たはずだ。
つうかできたら戦いたくない。
そこへきてもし、相手がアホだったらどうだろう?
言伝を頼んでも「宇宙の啓示が」とか言って聞かない。脅しつけても「脳内から水の音が」などと自分の話しかしない。
こんなアホを相手に、鉄砲玉のテンションを保てるだろうか?
無理。
仕事をやる気になるだろうか?
無理。
命を懸けられるだろうか?
それは、無理。
もう、このまま帰って「アホすぎて話にならんかったですわ」で済ませたい。いや実際、そうじゃん。ってこいつらは考える。
少なくとも「いったん帰ってニルギリアにお伺いをたてて……」みたいな欲望が起こるはず。アホに出くわしたのは予定外なのだ。アホの相手は仕事に入ってない。
いや、そんなんで帰るって、子供の使いですか、と笑う人もあるかもしれない。
仰るとおり。
こいつら、ドンキー・モンモンみたいなチンピラにとって仕事なんて、子供の使いと代わらないのだ。興味のないことに対して命を賭けるという概念が存在しない。
俺にはよく分かる。なぜなら俺もそうだからだ。
だから、俺はドンキー・モンモンに「あいつアホですわ」と言う理由を与えてやる。
事実、見て欲しい。ドンキーモンモンの緩んだ顔を。
気分は「こいつらただのアホですわ」に傾いている。
ついでに、俺を見るミニスカ女やタニモトの顔にも「こいつアホですわ」の表情がありありと浮かんでいるのは気に食わないが。
ふざけんなよ察しろ。お前らためでもあるんだぞ。
しかも、ゴーレムのパーツにされたメイツェン・ミステリアス・ボーイズが、穴ぼこみたいな目でじろじろ見てきて憂鬱。見るな。
気を取り直し、俺はアホの演技を続ける。
「それにしてもシャイニー・パンパン君とおっしゃいましたね?」
「ドンキー・モンモンだ。ふざけてんのか」
「こうして僕らが会えたのも、それは宇宙の、宇宙の、宇宙の、宇宙の、宇宙の、宇宙のと六回言うけれどもいいかな? 聖なる数、スィックス」
「知らねえよ。もう怖いよお前」
ドンキー・モンモンの肩から力が抜ける。戦闘態勢を解いたのだ。効いてる効いてる。ゴーレムもコイツの命令がないと動かないはず。じっとしている。
「すみー……ません」
喋るな。俺を見るな。
アホの演技が破綻しかけるが、俺は耐える。
俺は、いかにも鬱陶しいやりかたで、ドンキー・モンモンの肩をさわりつつたたみかける。
「祈らせて下さいよ」
「あ?」
「祈らせてよモンモン」
「馴れ馴れしいわ。さわんな」
「ソーマって呼んでほしい」
「呼ばんわ」
「もしくはお父さんと呼んでほしいですよ。いっそ」
「いや、なんで? 嫌だわ」
「ホントにもうハッピーを祈らせてほしい。それはキミのために。神殿を建てたいですよ。キミの」
「ああっもう」
ドンキー・モンモンはが俺の腕を振り払う。でも怒った感じではない。
「もうさぁ~。いいから、お前は帰って寝ろ。そんでダメなら大きい病院へ行け。ココ診てもらえ。ココ。そんで強い薬出してもらえ。マジで」
頭の所で指を回している。
腹立つ顔するな、この野郎。でも俺はガマン。
それほど俺の演技が真に迫ってる、芯を食ってる、がっつり入っている、ということなのだ。ドンキー・モンモンはさらに調子をこいて、
「ちょっと~コイツしか話せるやついねえの? 困るよ~マジで? 俺も手ぶらで帰れねえからさ~」
困ったと言いながら顔は弛緩している。
完全に帰れると思ってるのだ。
帰れ帰れ。
「あ~もういいわ。やってらんねえ。しゃあねぇし今日の所はもう――」
はい来た。
俺は心でガッツポーズする。落ちたわ。
いや。ほんと。マジでほんの一押しだったのだ。ドンキー・モンモンは出口へ向かって歩きだしてさえいた。
それなのにモヒカンのバカが先走った。
「ひぃいい……嫌だ……俺は関係ねえ、あいつらみたいになりたくねえ!」
ゴーレムのおぞましさに耐えかねたのだ。
そういえば、コイツはずっとゴーレムにメンチきられていた。
モヒカン野郎は、這うように走って、出口へ逃げる。
「モヒにゃん!」
「バカ野郎」
俺たちは止めるが、聞く耳持たない。
病院の奥へ逃げればいいものを、モヒにゃんは出口を目指そうとした。
地上へ出るためにはゴーレムの側を擦り抜けて行かなければならない。恐怖のあまり思考を放棄してしまっているのだ。
おそらく、魔術で造られた統制神経に「向かってくる者を倒せ」程度の命令はプログラムされていたのだろう。
ゴーレムは巨体に似合わない素早さ道をふさぐ。
「やあああッ」
モヒカンは避けようとしてドンキー・モンモンにぶつかった。
「にゃんっ」と言ってモヒカンが倒れる。
「うんッ」
と声を上げて、ドンキー・モンモンも尻餅をつく。
なんで二人ともカワイイ感じの声なんだよ。
が、カワイイのはそこまでだった。
肉体的接触のせいで、命がけの任務を思い出したのだろう。ビビったのだ。
恐怖を反転、一瞬で激怒したドンキー・モンモンは、一声、ゴーレムへ命じた。冷たい声だった。
「踏み潰せ」
ゴーレムが脚をあげる。
「ひぃいい……」
「すみー……ません」
と「脚」が呟く。
メイツェン・ミステリアス・ボーイズ数人をより合わせた巨木のような脚。
モヒカンは地べたですくんだままだ。
死ぬわこいつ。
まあ、しかたない。コイツのミスだ。
助けに入ってイカれ野郎のニルギリアと事を構えるわけにはいかない。
「たすけて――」
命乞いを無視して、圧倒的パワーと質量がモヒカン頭めがけて、落ちていく。
それが直前で止まった。
ゴーレムの脚を無数の氷柱が貫いている。
タケノコみたいに氷柱がはえて、ゴーレムの踏みつけ攻撃を受け止めたのだ。
モヒカン野郎がやったわけはない。
氷柱はよく見ると、地面からではなく、地面に刺さったカードから発生していた。魔術だ。
「やりやがった……」
俺はタニモトを振り返る。
これから使う気でいるのだろう、タニモトは手に、カードを構えている。複雑な魔術式が刻まれているのが見て取れる。
これと同じ物を使ってモヒカンを助けたのだ。
「今のうちに逃げて」
「ありがとう~。ありがとぉおおおお」
氷柱群の下から這い出すと、モヒカン強盗野郎は逃げて行った。
それはどうでもいい。
俺はタニモトの方を見ている。
正気かコイツ。
正気かってのは、タニモト自身の危険を言っているわけではない。俺や会社の皆、例えばクガネさんのような者まで危険にさらしたって事だ。ニルギリアは、タニモトと一緒にいた俺、さらに俺の所属する会社まで敵と見なすだろう。
正義感なのか長命種特有の責任感なのかは知らないが、強盗野郎を助けるために、皆を巻きこんだのだ。
「ソーマさん……僕は……」
タニモトもそれはよく分かっているようだった。
詫びようってのか? それで済むと思ってるのか?
「なんだ、お前」
ドンキー・モンモンが割こんで言う。
その声からさっきまでの弛緩した感じは消え失せている。
「これ、明らかに敵対行為だよなあ? 星汲街の魔術師ニルギリア・BBに敵対するって事だよなあ!」
そういう事だ、と俺もそう思う。
そうなってしまうのだ。タニモトの行為は。タニモトが悪い。
ドンキー・モンモンは続ける。
「てめー頭おかしいのか? 常識で考えて行動しろカス。明らかにヤベエヤツだろこれ。もっとゴーレム君のことちゃんと見てッ。誰の教育だ。親の代からバカなのか? 全員むごたらしく死ぬ事が決定したからな。お前のせいだぞ。生まれて来てんじゃねえよバカ」
俺もそう思う。
もうマジでバカ。マジのお人好し。
そう分かっていながら、俺はドンキー・モンモンを殴ってしまう。
「だとしてもお前がバカバカ言っていいバカじゃねえだろが」
おもくそ殴ってから気づく。
俺、なんかやっちゃいました?
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