第13話 わんにゃん病院
【宇宙服の男】は【Q】なのか?
だって宇宙服だぜ?
浮かぶんだぜ?
宇宙人の目撃情報を追っていたところに、初対面のエルフがやって来て「それは古代の大魔術師だにゃん」とか言われても信じられないのが普通だろう。まともな人間なら宇宙人説を推すに決まってる。メイツェン・ミステリアス・ボーイズだってそう言う。
だいたい伝説の大魔術師サマがなんのために犬を攫うんだ?
という訳で、俺は地下への階段を降りている時点でも宇宙人説を支持していた。Qとかどうでもいいわ。
一方では、こんな拠点を構えてるヤツが魔術師だったとして、ニルギリアが放っておかないだろうな、とも考えた。少なくとも、この地下の存在には気づいているはずだった。なんせ俺でも見つけられたのだから。さっさと用件を済ませた方が良さそうだ。
「ソーマさん?」タニモトが俺を呼ぶ。「行きますか?」
階段を降りていった俺たちの前に、ガラスの二重ドアが待ち構えている。ガラスの向こうから薄青い光の漏れていた。
額をひっつけて覗くと、何だかロビーって感じの広い空間が透けて見える。秘密基地っぽくないが、油断は禁物だ。それにこの臭い。
「お前が先に入れよモヒカン」俺はモヒカン野郎を前へ押す。「様子をうかがって何かあったら声上げろ。お前サイレンな」
俺の作戦にタニモトが難色を示しはじめる。
「モヒにゃん、嫌な事は嫌と言っていいんだよ」
コイツは渾名なんてつけてやがる。情が移ってるのだ。ちょっとばかし可愛いからって惑わされやがって。自分をぶん殴ったヤツだぞ。
モヒカンはふるふると首を振って、
「OKだにゃん」
と自分からドアに手を掛ける。
なんだよ素直で良い奴じゃねえか。
モヒにゃんがゆっくりドアを開く。
俺の敏感な鼻に、消毒液、治療器具の金気、動物たちの気配が濃く臭った。
病院かここは。動物の。いや、そんなわきゃない。
宇宙動物病院? なんだそりゃ。
それにしても、すべてが整っていて清潔だった。
陰気にならない程度の照明も心地良い。
レコードだろうか。かすかにピアノの音色が聞こえてくる。これは西方の調べだな。
空調も整っている。
中央都市にだってこれほどの施設はないだろう。
「動力はどっから来てるんだ? やはり宇宙の科学――」
「魔術式でしょう」とタニモト。「しかし地下にこれだけの施設をどうやって……」
「宇宙人の四次元空間技術なんだって。受け入れろタニモト」
「だにゃん」
モヒにゃんが合図をよこす。相づちじゃない。廊下の奥を指さしている。
「人だ」
どこまで続くとも知れない廊下を、青白い肌をした白衣のスタッフが、足音もなく横切っていく。
距離はあっても声くらい届いたろうに、コイツらは俺たちに一切注意を払わない。幽霊みたいで不気味。
代わりに近くの受付みたいな所から、血色のいい女が出てくる。
見覚えのある長い足。
昨日、死にかけの俺をまたいで「先生、こいつまだ生きてますよ。しぶとい~」と言ったあのミニスカ女だ。先生?
相手はこっちのことを憶えてないようだった。まあ半分瓦礫に埋もれてハンサム顔も見えない状態だったからな。
「どなた? まだ開業してないのよ。勝手に入ってこないで」
開業?
「開いてたんだ」と俺は話を合わせる。
「そんなはずない。スタッフと一緒か動物を連れている人以外にドアはあかないはず」
「魔術で条件付けしてるんですよきっと」
タニモトが耳打ちしてくる。AIつきのセンサーかも知れねえだろが。
「でも開いたぜ? ああ猫ちゃんならいるからかな」
「OKだにゃん」
俺が促すと、モヒにゃんは猫ちゃんポーズで挨拶した。カワイイぜ。
「えっ気持ち悪い、何その生き物」
ミニスカの反応は冷たかった。
当然俺らはのモヒにゃんを庇ってやる。
「おい。俺らのモヒにゃんに酷いこと言うな。カワイイだろうがよ」
「大丈夫だよ、モヒにゃん。あのお姉さんは目が悪いんだ」
「なんだコイツら正気か?」
まあ、妙な事件が続いて、おまけに敵地に乗りこむとあって、テンションがおかしくなってた事は認める。後になって考えるとただのモヒカンのおっさんだもの。俺らは潤いが欲しかったんだ。
「あの、ここは動物病院なのですか?」
モヒにゃんを慰めつつタニモトが聞く。
なるほど、そういう解釈もあるかもね、と俺。
女はもはや俺らをアホと決めこんでいるようだった。
「は? 他に何に見えるの? あんたら行くべき病院は別」
「と見せかけて、地球侵略の前線基地だろうがよォ!」
「ソーマさん、ちょっと黙って」
「だにゃん」
モヒにゃんまでタニモトの見方をする。嘘だろモヒにゃん。
「ここのオーナー。あるいは先生かな? お名前は【Q】さんで間違いないですか? 僕はQさんと縁のある家の者です。タニモト家の者が様子をうかがいに参上したと伝えて下されば、通じるかと」
タニモトは例の石を取り出してミニスカに見せた。
タニモト家云々のところはハッタリというか、当てずっぽうだったのかもしれない。
Qの血を持ってるからといって、祖先に面識があるとは限らない。そしてそもそもQなんてここにいるのか? ただの病院じゃねえの?
が、ミニスカには効いた。
「……ちょっとお待ちを」
ミニスカは受け取った血石を眺め、いったん下がろうとする。
出入り口がふっとんだのはその時だった。
「危ない!」
タニモトがマントでミニスカを庇う。
俺も顔面に飛んできた破片を歯で噛み止める。粉塵が喉に来るんだよなこれ。
どっかで患者らしい犬猫や鳥が騒ぎはじめた。あとモヒにゃんも「うお、うお」かなんか悲鳴を上げている。にゃんって言えよ。
ドアの吹っ飛んだ穴ぼこをくぐって、一人の男と明らかにヤベエものが二体、入ってくる。二体で良いんだよな?
俺はQの話を聞いた時から「だとしたらこうなるだろうな」と思っていた。で、その予想通り「こう」なっている。魔術だろうが異星の科学だろうが、力を振るうよそ者がいれば、ニルギリアは「こう」する。
具体的に言うと、ニルギリア・BBは二体のゴーレムを送り込んできた。
ゴーレムがニルギリア製なのは見れば明らかだ。こんな悪趣味な生物を造るのはニルギリアしかいない。
巨大なゴーレムを形成するパーツは、生身の人間なのだ。本来、土や石くれを材料にするゴーレムを、ニルギリアは人体で造るのだ。
ちょうど巨大合体ロボって感じで、ドッキングされた人体で、でかい人型を成している。
「また部外者が入ってきた」
とミニスカ。こいつ肝が据わってんな。
「静まれ静まれ」
指揮官役だろうか、人間の男が人体ゴーレムの影から姿を見せる。
男は威儀をただしたつもりか、靴の踵を音高く鳴らすと、一歩前に出て、書状を読み上げはじめる。
「『所属無しの魔術師』の居城はここか。俺の名は【ドンキー・モンモン】。主人【ニルギリア・BB】様からの書状を奉る。この土地においてみだりに魔術を行いし事。動物を捕獲せし事。だんじて……だん――」
俺が歩いて向かってくるので驚いたのだろう。ドンキー・モンモンは、書状を取り落としそうになる。
「な、なんだ貴様。え。何よ、ちょっと」
「魔術師じゃねえだろ」と俺。
「え? いや。謎の魔術師がいるって話で俺はここへ来たんだけど……」
「何でおめえにそれが言い切れんの?」
「いや。だってニルギリア様からそう……」
「は? じゃあお前、人類が滅亡したら責任取れるの? ここが異星人の侵略基地だったらどうすんのって聞いてんだよ」
「えぇ……なにこいつぅ」
とドンキー・モンモン。
「何だコイツ」
とミニスカの女。
タニモトは俺の方を見ようともしないにゃん。
俺だって考えがあって言ってんだよ馬鹿野郎。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます