第12話 モヒカンとにゃんちゃん
【宇宙服の男】の行方は、聞きこみで意外と簡単に分かった。【宇宙服の男】自体を見た者はいなかったが、あのミニスカ看護師は複数の市民に目撃されていた。
あの格好で出歩いて買い物したりしていたらしい。
その目撃証言をたどれば、彼女の生活拠点が割り出せる。そこに【宇宙服の男】も居るのだろう。
【宇宙服の男】の代わりに、この星での仕事を引き受けているのがあの女ではないのか。と、この時の俺は考えた。異星人の手先がなんで看護服で、なんでミニスカなのかは知らんと目をつぶった。そんなにミニスカが好きなのか宇宙人。
途中寄り道して廃墟街を確認した。
なお、しつこいようだが俺は【Q】と【宇宙服の男】が同一人物なのを知らない。
メイツェン・ミステリアス・ボーイズの死体を探した。爆発でどっかにブッ刺さってるんじゃないかと離れたところも探したが、どこにもいなかった。
考えてみれば俺が割ったのは複数ある風船の、せいぜい三つ四つ。逆に言うと、風船に取り囲まれたままだったメイツェン・ミステリアス・ボーイズは、そのお陰で、爆風から守られたとも考えられる。
俺みたいに空気爆破の直撃を受けたわけではなかったのだ。爆発の後どうなったのかは知らんが。
陽射しの下、爆破の痕跡をあらためて眺める。
地面がえぐれ、爆心地を中心に瓦礫がなくなっている。俺が突っ込んで行ったビルは夜のウチに倒壊してしまったようだ。
「俺もよく生きてたもんだ。昨日が満月じゃなけりゃヤバかったな」
「月に関係が? 貴方何者です?」
振り向くとタニモトがいる。匂いで一瞬早く気づいていたから、驚かずにすんだ。
「ただのミステリーハンターさ。なんで俺がここに来ると分かった?」
後をつけられたはずはないと断言できる。となれば待ち伏せしていたと考えるしかない。だがどうして先回りできたのかが分からない。
「現場を確認しておきたいだろうなって思って」
「あ? どういう意味だ?」
ここは、俺が【宇宙服の男】に遭遇した場所だ。だがタニモトがそれを知っているはずはない。
ここでタニモトは溜息をついた。なんだそのアホを見るような目は。
「あのですね。事務所の時点から言おう言おうとしていたことですがね――」
「俺は親切心でお前を置いてきたんだぜ。ここから先は危険すぎる」
俺はタニモトを遮って言った。悠長に言い合いをしている時ではない。今から異星人のアジトへ乗りこもうってところなのだ。
「分かってます」
「いいや分かってねえ。俺は殺されかけたんだ」
「分かります。はっきり言いますが今から貴方が向かう先は――」
俺はまた遮って、
「じゃあお前、ビーム避けられんのかよ」
「ビーム!?」
「相手はビームで穴開けて内臓盗み出す連中だぞ」
「えっ何の話!?」
「だがそこまで覚悟してるんならしょうがねえ。行くか。一緒に」
「ちょっと待ってください。何と勘違いしてるのか知りませんが――」
「捕まえようぜ。
「エイリアン!?」
「俺の後に続けタニモト隊員」
人類を滅亡の危機から救うべく、捜査員達は【宇宙服の男】の隠れ家へと急行した。
「――どういうこった?」
というのが俺の第一声。
ミニスカ目撃証言をたどって隠れ家の前へ着いたのだが、明らかにおかしい。物理的におかしい。目撃証言が間違ってるとかそういうレベルじゃない。
「ここがそうなんですか?」
タニモトがのんきに聞く。
「ここに間違いない」
「変っていうのは?」
「明らかに変なんだ」
「だからどういう風に?」
「異星の科学か、それこそ魔法でもなければあり得ない事が起こってる」
「はあ……普通の空き地に見えますけど」
タニモトは頭を掻きながら周囲を見渡している。
お前危機感足りねえな? と反射的に思うが、考えてみればしかたない。タニモトはここの地理を知らないのだ。
俺は来た事があって知っている。だから、おかしいと分かる。
「指さしてくぞ」
「はい?」
「見えるもんを指さしていく。まず右のでかい倉庫みたいなの」
俺は向かって右手、天井の落ちた建物を指さす。壁にわずかにペンキの跡が残っている。『九童重工』と読むのだと教わった。かつて繁栄したクドウ重工、の工場跡。間違いない。俺の知っている場所だ。チェック。
「はい」とタニモトもチェック。「ありますね」
「で、前の空き地」
俺は次に、目の前の空間を指す。ダンスホールくらいの空き地が広がっていて、その奥にちょっとした小屋のごとき物がある。チェック。
「ありますねえ」とタニモト。チェック。
「でその左に廃ビル、チェック」
「廃ビル。はい」
右から、工場跡、空き地、廃ビルの順だ。
「おかしいんだよ」
「何がです」
「真ん中に空き地があるのがおかしい。俺はここを知ってるんだ」
確かな記憶である。
戦前にプロペラ戦闘機の開発がされた所だという噂があって、クドウの工場跡を取材に来たのだ。
「その時は確かに、工場跡と廃ビルは隣り合っていた。ピッタリな。間に空き地なんてなかったんだ。境目の所で立ちションした記憶があるから間違いねえ」
「立ち……ダメじゃないですか」
「誰も住んでなかったんだって。だから建て替えたとかもありえねえ。建て替えたって、倉庫と廃ビルを、そのままの姿で、わざわざ両サイドにズラしたりするはずないだろ。そんな方法があるなら教えてくれ」
「空間を操る魔術というのがありますが、これはとても高度で局所的な――」
「そう。あるとしたら宇宙の科学力しかない」
「話を聞いてくれない……もういいです。じゃあ、そうだとして――」
「そうとしか考えられない」
「ああ、はい。だとしたらですよ……その存在しないはずの空き地にある、あの小屋は何になるんでしょう?」
タニモトが空き地の奥を指さす。
「やっぱそこだよな。重要なのは」
【宇宙服の男】がこの空き地を創造したのだとしたら、そのなかにあるのは、ヤツのアジトに違いない。
近づいてみると、小屋は雰囲気の良いレンガ造りで、しっかりしている。宇宙の技術で作ったって感じはしない。しかしカモフラージュかもしれない。
それに、小屋というのも正しくなかった。
下へ向かう階段がある。というか、屋根の他はそれしかない。小屋ではなく入り口だったのだ。アジトは地下にあるらしい。
地下からは薄青い灯りが漏れていて、まるで深海のようだ。
「お洒落なバーかなにかですかね?」
とタニモト隊員。
俺にもそんな感じに見える。
「だがこんな所に……客なんか来ないぜ――」
小屋の前で、俺らはしばらく戸惑う。
「まあ、行ってみれば分かるよな」
「……ええ」
「でもさあ、あいつら動物の内臓とか抜いてくんだぜ。どうする? なか入ったらグロいことになってねえかな?」
「だから内臓ってなに? 恐いこと言わないで下さいよ」
「タニモトくん、先行く?」
「いえ、お先にどうぞ」
「いや、隊長命令だし」
「いえ、隊長が先陣を切るべきだと思うし」
「いやいやいや」
「いやいやいや」
押し問答のあと、俺は腹をくくった。
「よし、行くか」
って、せっかく覚悟を決めところに、タニモトが水を差してくる。
「あのですね」
「なんだよもう!」
「このまま行って騙したみたいになるの嫌なんで言っておきますけど、ここを降りた先にいるのはおそらくQです」
何言ってんだコイツ。
俺がアホを見るめで見返すと、タニモトはむっとしたらしく、
「昨日、あなたはここで大きな争いに巻きこまれましたよね? その結果、死にかけて、最後に女性を見て『ミニスカ』と言い残した」
俺は足を止めてタニモトを見返す。
昨日の俺の話だ。しかしなぜ知ってる?
あの場にいたのは俺とメイツェン・ミステリアス・ボーイズだけのはず。
「まさかお前……メイツェン・ミステリアス・ボーイズか? 大変だったなお前」
「違います」
「じゃあ知らねえわ。何だよもう。行こうぜいいから」
「面倒くさがらないで下さいよ。透明になれるんですよ、僕は。今はなれませんけど」
そう言ってタニモトは、透明化コートの切れ目をヒラヒラさせる。
「ああ?」
この期に及んで俺はまだ分かっていなかった。
タニモトは説明して、
「あの時、僕も偶然側に居たんですよ。Qを探している所に、変な集団を見つけたので、このマントを使って姿を隠したわけです。すると乱闘が始まり、貴方が何人か吹き飛ばしてところで、犬が浮かび上がり――」
昨日起こったことそのままだ。
「って事は、マジであの場所にいたのかよ。なんだよ言ってよ~」
臭いで気づかなかったのは不覚だが、メイツェン・ミステリアス・ボーイズのフェロモン臭がすごかったからな。
「言おうとしましたよ何度も。あんた全然聞かなかったじゃないですか」
「自転車ぶっ壊したの内緒にしといてね」
「それは考えますけど、とにかく、そこであの時の【宇宙服の男】は【Q】です」
「……おいおいタニモトぉ」
「見てたんですよ、僕は。【宇宙服の男】は大気を操ってあなたたちを拘束したでしょう。【Q】の得意とする魔術です。とある都市全体を七十二時間無酸素状態にしたという記録もあります」
「いやいや。あれは魔術じゃなくて科学――」
と言う俺をタニモトは無視する。
「昨日のことに戻りますが、正直、あの爆発を見てあなたの方はもう助からないと思ったんです。それでも、一応医者か消防団を呼ぼうとしたんです。家族への連絡とか必要かと思って」
「俺は独り身だよ」
「その時は分からないじゃないですか。それで人を呼ぼうとしたんですが、この辺誰もいないし手間取ってしまって」
「まあ、土地勘もないだろうしな」
「それで、親切な人何人か連れて戻ってったんですけど……」
「メイツェン・ミステリアス・ボーイズは?」
「はい?」
「最初に俺がシバいてたヤツら。どうなってた?」
「何人か助け合いながら逃げていくのを見ましたね」
「生命力~」
「彼らは花人ですよね。花人は個体差が薄い代わり、群れで行動し、体の構造がシンプルなので、致命傷を受けにくいらしいです」
まあ、敵だが死なれるよりはいいよな、と俺は思う。で、話は俺のことに戻る。
「ともかくその時には貴方はもういなかった」
「ああ。自力で這い出したからな」
「代わりにあの名刺を見つけたわけです」
「応接室で出したあのボロボロのやつか」
「周囲を探そうとしたんですが、強盗に邪魔されて、それも叶いませんでした」
「この辺多いからなあ」
「Qの魔術を受けて平気な人間がいるとは思いませんでした。それで、調査を手伝ってもらおうと、名刺を頼りに訪ねさせて戴いたわけです。信じてもらえました?」
「タニモト」
「はい。質問は?」
「強盗ってそんな感じのヤツか」
俺はタニモトの背後を指さす。
「え?」
「タニモト後ろ後ろ」
モヒカン頭の男が立っている。
この辺ではポピュラーな職業、強盗屋さんだ。
サバイバルナイフを見せつけるようにベロベロ舐めている。ベロベロベロベロ。そんなに舐める?
モヒカンは業務を開始する。
まずは無言のパンチをタニモトの鼻へ叩きこんだ。
軽い攻撃だが、精神的ショックは大きく、タニモトは「えぇ~」みたいな反応をする。
しかるのちモヒカンは要求を切り出す。
「おい。アレ出せバカ。アレだよ。アレが何かを俺に言わせるな。ナイフ持ってる俺に出会ったらお前は俺が『くれ』っていう前にお前は出さなきゃなんだよ」
「金くれって意味だぞタニモト」
俺は一応説明してやる。
「えぇ~」
と、もう一度タニモト。
モヒカンからはさっきと同じリアクションに見えただろう。
が、タニモトは首をかしげる仕草にカモフラージュして、回し蹴りを放っている。
モヒカンはぶっ倒れたあとでも何が起こったか分からないようで「えぇ~」みたいな事を言った。
完全に死角からの攻撃だったからな。やるじゃんタニモト。意外に周到なヤツだ。
モヒカンは何をされたのか理解しようとした結果、俺の方を向いて「お前か」と言った。
俺が背後からやったと思ったらしい。マジでまったく見えてなかったんだな。
間抜けなヤツだが、そこはこの街で生き抜いてきた犯罪者。まったく躊躇いなく、ナイフで突いてきた。
衝撃は結構強く、頭蓋骨に響いた。
「ソーマさん!」
タニモトが声を上げる。
顔面に入ったように見えたのだろう。
だが心配ご無用。俺は歯でナイフをがっちり受け止めている。俺の歯はめっぽう頑丈なのだ。魚も骨ごと食ってカルシュームも取ってる。
「……お前、このナイフでハムかなんか食ったろ。使ったらちゃんと洗えよな」
って言って俺は、このちゃちなナイフをゴリゴリ噛み砕いてやる。
「えぇ~」とモヒカンが言い、
「えぇ~」とタニモトも言った。
お前はヒくんじゃねえよ。
それから俺はモヒカンの顔を眺め、あることに気づく。
「このタイミングで俺らに攻撃してきたってことは――てめー強盗に見せかけて宇宙人の手先だな?」
「えっ」とモヒカンが言う。
「えっ」とタニモトも言う。
「いいや。俺は分かってんだ。伊達や酔狂でそんな頭してねえはずだ。インプラントだ。宇宙人に埋めこまれたんだよな。その頭から怪電波飛ばしてんだ。そうだよなあ? この人類を裏切ったスパイ野郎がよぉ~」
「えぇ……」
とモヒカン。なんか知らんがタニモトの方へ視線で助けを求める。タニモトも俺を止めて言う。
「やめましょ。説明したじゃないですか。宇宙人なんていないんです」
「Qが宇宙人かも知れねえだろ。どうなんだモヒカンこら」
「いやいや、この人に構ってる暇ないですって。ほら、基地はすぐそこですよ、そこ」
「……それもそうか」
俺はこの辺で譲ってやる事にする。
「確かにタニモトの言う通りだぜ。だとしたらいいタイミングだったな。タニモト、盾が手に入ったぜ」
俺はモヒカンの顔面にアイアンクローしたのち、カクテルみたいに揺すってやる。脳ミソをシェイクされてモヒカンはオゲオゲ言い出す。これでしばらく抵抗できねえだろ。
「えっ連れてくんですか?」
タニモトが慌てだす。
「ああそうだぜ。コイツがスパイかどうかは【宇宙服の男】に会ってから決めるとするぜ。なあモヒカン」
「待って下さい。乗りこむ感じなんですか? 忍びこむとかじゃなく?」
「他に出入り口なんてねえだろ」
「それは……確かに」
タニモトは迷っているようだ。
「小細工するだけ無駄、というか逆に危険だぜ。なあモヒカン?」
「えっ」とモヒカン。
「ええ、じゃねえよ。おら出せよてめー。あれ出せ」
「ええ~何を?」
「行くっつってんだからOKサイン出せよてめー」
「え? え?」
「気合い入んねえだろ、合図がないとよ。お前が先頭で行くんだから、お前が出すんだよ。笑顔でOKだせよてめー」
俺は口の中でジャリジャリしていたナイフの破片を吐き出す。
「テメーの頭も噛み砕いてやろうか?」
「……OKだにゃん!」
モヒカンが両手を猫の形にして微笑む。
まさか可愛い感じで来るとは。
ともかく、俺たちは地下への階段を降りて行った。
ところで、この時、タニモトの服のなかで、例の石が一段とフレッシュな血の香りを漂わせはじめていて、俺は若干その事に気づいていた。
それはQが近くにいるという事なのかも知れないが、そこの所については俺は確認したりしない。
ここに【宇宙服の男】と犬が居る。
俺にとって重要なのはそれだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます