第11話 星汲街の魔術師
俺はニルギリアについて話し始める。
「【ニルギリア・BB】。
突如現れ、魔術を使って星汲街を支配したニルギリア・BB。BBが名前の一部なのか、何らかの意味を持つのかは不明。
俺の声を聞きつけ、にこやかだった店員の態度が曇る。
「ちょっと。おおっぴらにニルギリアの話なんて――」
「分かってるよ。忠告しとくだけだ」
そう宥めてから、俺はタニモトへ向き直る。
「悪いな『ニルギリアに聞かれてる』って不安がここの住人にはあるんだ」
「ニルギリア……」
タニモトが表情を引き締める。ただ事ではないと察したのだろう。
「俺も直接会った事はないが、相当ヤバイ奴だ」
「……ヤバイ、というのは、そのニルギリアが危害を加えてくるという事ですか? 魔術を使って?」
「そうだ。どういう魔術なのかまでは俺には判別できないけどな」
俺はタニモトの手から酒を取り上げて飲み干す。この忠告の間だけは酔い潰れさせる訳にはいかない。
「お前は、Qが二〇〇〇年生きてるとしても不思議はないって言ったよな? Qは別物だって」
「ええ。Qは我々の常識では考えられない力を持っています。それは間違いない」
「ニルギリアもそっち側だ」
「それは……」
「疑うな」
「――いや、もし仮にそうだとすれば……」
「信じろ。無条件で頷いとけ。これは説明とかじゃなくルールだ。交通ルールに従うみたいに従っとけ。ニルギリアは『侵入禁止』だ」
「しかしですね、高位魔術の無断使用は重罪ですよ。さっき使った僕のマントでさえ入国審査でめちゃくちゃ手こずった」
「だからヤベエ奴なんだ。この国の法とかそういうのの外で生きてんだよ」
「……いや、しかし違法に魔術を使う者がいたら国が処置するはずですよ。国が動けば【魔術協会】や【魔術学会】やなんかでも話題に上がる。僕も【学会員】ですがニルギリアなんて名前は聞いた事がない」
「知られてないのは、そもそも国が動いていないからだ」
「国が見て見ぬ振りを? 国民に被害が出ているんでしょう?」
「信じとけ」
と俺は念押しする。ついでにタニモトの蒸しパンも食う。
ニルギリアの恐ろしさはここからなのだ。
「この地区はこんなだが、この国、中央都市だけはかなり発展してる。大戦後、なぜか外国の富裕層が集まってきたからだ」
「はあ」
それはタニモトも知っているようだ。まともなルートで入国すれば、中央のターミナルを経由するはずだからな。
俺は店の外を眺めながら言う。
「国がニルギリアに干渉しないのは、この中央に住む資産家や重要人物が人質に取られているからだ。要するに自分達を含めた富裕層を守るためだな」
「国がニルギリア・BBの報復を恐れてるって事ですか? 人質というのは具体的には?」
「こんな話がある――」
タニモトの海鮮焼きそばを平らげて、俺は話し始める。
当然、最初は国も仕事を果たそうとした。
この国へ現れてすぐ、ニルギリアは星汲街でチンピラどもを支配しだしたから、国としてはむしろ積極的にこれを潰しにかかった。
というのは、星汲街は元々犯罪者のたまり場になっていて、国としては機会を見てぶっ潰したいと常々思っていたからだ。
「で、実際その『星汲街浄化作戦』は実行直前まではいったんだ」
「ということは、実行されなかった?」
「されなかった。国が本気で攻めれば魔術師一人ぐらい片付けられただろうが、いざ突撃という直前で作戦がニルギリアへ漏れたらしい」
「ニルギリアという人も最初から警戒していたのかも知れませんね」
「だろうな。国中に使い魔を放ってたって話だし、スパイがいたとも言われている」
「それで、どうなったんです?」
「色々さ。あるお偉いさんは自分の跡取り息子に食い殺された」
「食い……え?」
「文字通りだ。硬い頸椎がチーズみたいに綺麗に囓りとられていたらしい。その鶏肉、食わねえならもらっていい?」
「……どうぞ」
「別のヤツは、自分自身のはらわたを素手で掻き出した。そいつの手が妙で、爪が熊のそれのように鋭いものに変化していたそうだ。また他のヤツは胃袋が破裂するまで土を食い続けた。何度嫁さんを変えても、蛇の様な子供しか産まれなくなったって奴もいる。こいつはまだ生きていて、俺は取材した事もある。記事にはならなかったが」
「……失礼」
タニモトは店員におしぼりをもらいに行った。
流石に気分が悪くなったらしい。
戻ってきたタニモトへ俺は続ける。
「これがニルギリアの報復だ。で、人質ってのは要するに国の人間全員だな。被害に遭ったのは大抵、政治関係やら富裕層だった。脅しとして有効だからな」
「なるほど……」
「だが国が手を出さない理由はもう一つある。ニルギリアが星汲街から出てこない事だ」
「なぜ?」
「誰にも分からない」
「その土地に何か執着があるということでしょうか?」
「そうかもしれんし、陣地を拡げ過ぎると防衛が難しくなるって事かもしれん。さすがに国を取りに行ったら、もう戦争しかないからな」
「国に対してニルギリアからの要求は?」
「それも特になかったらしい。まあ、あの報復を要求って考えるなら、ニルギリアからの要求は『構うな』って事だけだな」
「放っておくのが一番安全、という事ですか」
「国からすればスラム街一つ与えておくだけで、報復を免れるんなら経済的でいいわな」
俺は、口直しに青唐辛子を噛む。
「しかし、それでは『臭い物には蓋』の考えだ」
「まあな。しかしそれが一番安全なのも確かだ。お前も学会員だかなんだかしらないが、ニルギリアの事は吹聴するなよ。政治家どもが死ぬのは自業自得だが、その家族が巻きこまれるからな」
「それは……分かりますが……」
「まあ、これで星汲街の危険はわかっただろ? 間違っても近づくなって事だ」
「この辺りは安全なのですか?」
「星汲街はニルギリアの縄張り。当然、縄張りの周囲にも気を配っている。異能者や、魔術師が街に入ってくると、奴は必ず気付く。そして大なり小なり脅しをかけてくる」
「脅し」
「その時は抵抗するな。最初は見逃してくれる、はずだ」
「抵抗するとどうなるんです?」
「殺されるか……もっと悲惨なことになるか」
「……ならここも危険なのでは?」
「いや、敵対しなければそこまでの脅威じゃない。ヤツに直接殺されたってヤツは比較的少ない。『比較的』だが。みかじめ料を要求されるわけでもないしな。なぜか犬猫を欲しがって手下に集めさせたりはするらしい」
「……なぜ?」
「奴の考える事は分からん。ともかく、普通に暮らす分には地震や強盗の方が危ないくらいさ。だが魔術は控えとけ。ウチのパンダもそうしてる。アイツああ見えて術師なんだぜ。ともかくニルギリアの縄張り意識に引っかかるようなことはするな。大人しく観光しとけってことだ」
「そう……」
タニモトは考え込んでいる。
「迷ってんじゃねえよ。無条件に従っとけ。国外に訴えても人質が死ぬだけだ。そしてこっちの攻撃の前にニルギリアは逃げる」
「ええ……」
タニモトはいちおう承諾してくれた。
厨房の方で料理人がベルを鳴らした。
俺らは顔を上げる。
「注文、出来たみたいだぜ」
俺はタニモトへ言う。さっき注文しておいたのだ。
「――え? ああ、そのようですね」
「取りに行ってやったら」
「店員さんに手間をかけずに済みますね」
ボンボンは素直に従って、厨房の方へ歩いて行く。
タニモトは良いヤツだ。
しかし隙の多いヤツでもある。
俺はヤツが席を立った隙に店を出て行ってしまう。
忠告もしたし、そろそろ俺の犬の件に取り掛かろう。
△△△
後になって気づいたことだが、このときタニモトがぼおっとしていたのは、この国のことを心配していただけではない。
このときのタニモトはQの事を考えていたのだ。
よそ者を嫌うニルギリアが、この地へやってきた大魔術師Qをどう扱うのだろう。それを心配していたのだ。
下手をすれば戦争だし、それに巻きこまれるのは俺たち市民なのだ。
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