第5話 メイツェン・ミステリアス・ボーイズ2




 チャリキで逃げて、最終的に辿り着いたのは、竜胆街からやや離れたところにある、廃墟街だった。以前来たときは、少数の人間と闇医者が住んでいた。

「医者ったって虫歯の治療やなんかが殆どだったけどな……」

 記憶を頼りに探すが見つからない。

 廃墟だから、病院の看板が出ているわけではない。

 しかも、廃墟に住んでるやつらというのは、季節や状況によって、流民のように住み処を変える。

 医者の住んでいたビルは、老朽化の末、天井が落ちてしまっていた。もう誰もいない。

「嘘だろ、くそ」

「ムーン」

 腹の中に隠した犬の様子を確かめる。文句垂れてる場合じゃない。また自転車に跨がろうとした所で、メイツェン・ミステリアス・ボーイズに追いつかれた。

 廃墟の物陰から、緑色の顔がぬるっと現れる。

「すみーません。感じますか? 絶望っていうか」

 もう一人。

「白い歯が素敵です。レンガで全部砕きますけど?」

「眼球を、グーで殴ります」

「すみーませんけど」

 また一人と、現れる。

 廃墟の細い路地の全てから、メイツェン・ミステリアス・ボーイズがぬるぬる出てくる。

「マジかよ。撒いたと思ったのに自信なくすわ」

 俺が言ってるあいだにも、ヤツらは増えていく。「すみーません」

「すみーません」

「すみーません」

「すみーません」

「すみーません」

 同じ顔のヤツらが、同じ言葉を、同じようなうつろな口調で繰り返す。

 ここで俺の頭に閃いたのは、こいつらが異星人ならスクープだったのにな、みたいなことだった。まあ現実逃避だ。でも理論的にいって異星人がすでに地球に住み着いている可能性は十分あって、でも今それを説明すると一晩かかるので割愛。

「一応訊くけど、お前ら宇宙人に作られたクローン人間って可能性は――」

「違います」

 と声を揃えて言う。

 あそう。

 あらゆる方向から同じ声を浴びせられて、耳がうわんうわんする。

「メイツェン・ミステリアス・ボーイズ。です。です。です」

 です、と口々に言って一歩、包囲を狭めてくる。

 バカの薬中のくせにそうした動きだけは統制が取れていて、俺はやや恐怖を感じる。対話不能な昆虫の群れみたいだ。どこからともなく湧いてくる感じもそっくりだ。

 あとになって分かった事だが、こいつらは虫というよりは、植物の特徴を備えているらしい。

 俗に【花人】、【花妖】などと呼ばれる種族で、こいつらのなかには匂いでコミュニケーションをとるものがいる。どうりで統制が取れているわけだ。

 最初に殴った時点で俺は、その匂いというかフェロモンを付けるられていたのだ。こいつらはその匂いを頼りに追って来た。

 花と名につくヤツらだが、蟻みたいな事をする。

 俺が薬物の匂いだと思ったのは、こいつらのフェロモンを嗅いだのだ。薬中だと思ってすみーません。

「今日ですね」

「あなたをですね」

「ブッ殺しますね」

 って輪唱してくるのへ、俺は八方を警戒しながら、いちおう、親切で警告しておく。

「お前らこっちへは来たばっかだろ。態度で分かるんだよ。止めとけって、そういうチームワークとかイカレ具合とか通用しないんだってここじゃ。大人しくしとけ」

「はははは」

「ぅはははは」

 と八方から微妙にハモった笑い声。耳が変になるな。

 強がりで言ってると勘違いしたんだろう。

 違う。俺がどうとかじゃない。この街がヤバイって話なんだが。

 と思いながら、俺は俺の想定した円へ踏みこんできた一人を、自転車で横殴りにする。

 そいつは回転しながら飛んで、廃墟のへ突っ込む。

「いまいち重心が分かんねえな」

 というのはチャリンコの話。

 俺はフレームの角に指をかけて自転車の素振りをする。ハンガーでヌンチャクのまねごとをする感じだ。

「また、仲間をバンしましたね」

「自転車さんにもあやまってください」

「もしくは殺します」

 メイツェン・ミステリアス・ボーイズの雰囲気が、一気に殺意へ傾く。

「ここここころーす」

 と聞こえるのは輪唱で「殺す」と言ってるんだろう。俺もブッ殺すっつうの。

「一人ずつ喋れバカ」

 俺は瓦礫を投擲する。

 石の塊を胸骨に受けて、一人が吹っ飛ぶ。

 とにかく先手。

 それと距離を守る事だ。

 腹のなかに犬がいる。

 この状態では投げ技も、肩や肘を使うような打撃も使えない。犬へ反動が来る。

 というか近距離戦事態ダメだ。何だよほとんどの武術がダメじゃねえか。

「役に立たねえなデブゴン流」

 自転車ヌンチャクで、近くのヤツからしばいていく。ダンス的な楽しさがあるな。ガツンとくる反動も心地良い。

「すみッ」

「すみッ」

「おら。すみーませんって言えや」

 どんどんしばく。

 タイヤが破裂し、スポークが飛び、フレームがねじ曲がった。

 自転車ヌンチャクもボロボロになってきたころ、メイツェン・ミステリアス・ボーイズが五名、上空から襲撃してくる。

 廃墟の上へ登ってそこから跳んだらしい。

「すみ」

「すみ、レ」

「スミレの花言葉は『貞節』」

「私達の花言葉は」

「『ブッ殺す』です」

 下がって躱す。

 そこで俺の動きが止まった。

 すでにシバいたボーイズ。腕や顔にスポークの突き刺さったやつらが、地べたに這ったまま俺のズボンを掴んだでいるのだ。

「……お前ら痛覚死んでるの?」

 他のヤツも掴みかかってくる。

 で、噛みついてくる。

 甘酸い体臭。

 マジで蟻の戦法。

「蟻ッ」

 と俺も変な言葉遣いになる。

 いやヤバイ。俺は仕方なく反動の重い技を使わざるを得ない。

「俺の首の方へ上がってこい。そんで気合い入れろよモップ犬!」

「ムーン」

 一番反動少なそうな場所は首だろう。俺は犬をマフラーみたいに巻き付ける。

 これから使う技は体幹周りの衝撃が激しいのだ。

 金泉獣果きんせんじゅうか

 地面を強く踏み、そうして起こった反動を、足から腹を経由、最終的に四方へ発散する。

 肉体という風船を、縦に押し潰すイメージだとデウゴンの野郎は言っていた。

 上から潰された風船は、横方向へ瞬間膨張する。

 それを一瞬でやるのがこの技だ。

 波動っつうのか。発剄はっけいっつうのか。

 何なら破裂に例えてもいい。

 それはもう爆発だ。

 俺はそれをやる。

 踏み込みで地面が割れる。

 俺の体内でおこった大爆発が、纏わり付いていたメイツェン・ミステリアス・ボーイズどもを風速一〇〇メートルで吹き飛ばす。

 ついでにシャツのボタンも吹き飛んだ。

 モップ犬が宙へ舞う。俺が下手くそだったからだ。けいがわずかながら上方向へ逃げてしまったのだ。

「あ」

 と気づいたときには遅かった。

「ムーン」

 廃墟の空に、モップ犬は弧を描いて飛んでいく。

 ここまでなら、何とかキャッチ。いやあ冷や汗ものでした、で済むのだが、そうはならなかった。

 それは予想もしなかった事態で、俺は見上げたまま、口を馬鹿みたいに開けてしまう。

 モップ犬は宙を舞ったまま、降りてこなかった。

 浮いているのだ。

 まるで重力がないみたいに、モップ犬が空に浮いている。

 そして【そいつ】がいた。


 白い月と、太陽を背に、そいつは空に君臨している。その周りを、モップ犬が衛星みたいに漂っている。

 結果から言う。

 これが俺と【Q】の最初の邂逅だった。 


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