第4話 メイツェン・ミステリアス・ボーイズ1



「ヘイヘイ待って下さーい。速……待ってぇッ」

「何もしないからー」

「レンガで殴りまーす」

 IQの低いセリフを叫びながら、メイツェン・ミステリアス・ボーイズが追ってくる。

 俺も逃げるが、敵は人海戦術だ。

 ヤツら何人兄弟だよ。振り切っても、路地を曲がるたび同じ顔が待ち受けているのは、ちょっとした悪夢みたいだった。どんどん仲間が集まって総数は、もう把握できない。

「お願いしますよ」

「一発だけ、一発だけですからー」

「ハンマーでくるぶしドンします」

「マイナスドライバーでズンします」

 しかし好戦的なヤツらだ。

 治安の悪い土地だが、ここまで大っぴらに暴れるヤツはそういない。

 メイツェンから来たらしいが、おおかた向こうでやらかして居られなくなったヤツらなのだろう。

 やらかしたヤツらはだいたいこの国に、それも竜胆街のすぐ近く、星汲街ほしぐみがい目指して入って来やがる。


 この土地――ラッカ国――は前の大戦後、一気に落ちぶれた。

 それに加え、星汲街と呼ばれる地域が、最近住み着いた魔術師のせいで一気に無法地帯と化した。一種の禁足地と言っていい。ここには国も介入しない。

 それを勘違いするらしい。外から犯罪者どもが集まって来るようになったのだった。

 ここでなら法機関に追われない。ここでなら力でのし上っていける。バカどもはそう考えるらしい。

 実はメチャメチャ危険な事なのだが、バカどもはバカなので都合の悪いことは考えない。星汲街目指してゾロゾロ集まって、大抵は帰ってこない。

 メイツェン・ミステリアス・ボーイズもそんなバカの一員なのだろう。

「外じゃイカれた集団でビビってもらえたんだろうが知らねえぞ……」

 まあ、俺がこいつらの心配をしてやる義理はない。

 細い路地を選んで逃げ回りながら、俺は単騎で動いているバカを選んでシバいていく。ゲリラ作戦だ。しかし、敵の総数が分からないし、包囲される危険があるので、基本的には逃げながら、コッチに気づいてない場合だけシバく。落ちてた椅子とかをフルスイングする。

 服の中ではモップ犬が荒い息をしている。肺とかやられてなきゃ良いが。確かめる余裕もない。

「とにかく動物病院か……ねえよ、この街にそんな気の利いたモン。藪医者だが、人間用の医者に診せるしかねえか――ヘイお前!」

 俺はメッセンジャーの兄ちゃんを発見、呼び止めた。

 この国で唯一金持ちの集まる中央都市には魔術師機動力で動く電車なんかが通っているが、当然のように竜胆街とつながる便なんてない。

 この辺りも大戦前は栄えていて、機械式の自動車なんかも通っていたらしいが、今は禁止されている。

 馬やロバは維持費がかかる。

 そんなわけでここいらでは自転車や人力三輪車が主な乗り物だ。

 屋台もこれで引くし、配達員メッセンジャーや自転車タクシーといった職業もある。

 俺はそのメッセンジャーの兄ちゃんに頼んで自転車を借りることにした。

「ヘイお前。いや、キミ。そのチャリンコ貸してくれ。こんど饅頭奢るから」

「いやダメだよ仕事に使ってるんだから」

「賠償は夢禹ムウ編集部に請求してくれ」

 と丁重にお願いして、自転車をひったくった。

「賠償!? 賠償ッつった!?」

「いましたけどォ」

「殺す予定ですけどォ」

 ってちょうどバカどもが追いついてきたので、俺はそいつらの方へターン。

 振り回した自転車で丁寧にノックアウトする。

「壊したらごめんね」

「もう壊しそうなんだけど!」

 兄ちゃんの制止を丁寧に無視、チャリに跨がって走り出そうとする。が、声。

「はーい。止まってー。コイツ殺すー。ナイフで歯茎をえぐります」

 残ったもう一人の追っ手が、メッセンジャーの兄ちゃんを人質にする。

「そんなヤツ知るかバカ」

 と俺は言うが、バカは構わず首をへし折ろうとした。

 次の瞬間には、俺の投擲した『爪』が腕へ突き刺さっている。

 カーブを描く、真珠色をしたナイフ。

「痛いす――えっウッソ?!」

 バカは信じられないという顔で俺を見、さらに腕に刺さった物を見る。メッセンジャーの兄ちゃんに刺されたと思ったのだろう。だが、そうでない。俺が投げた物だ。

 相手からは、俺が丸腰に見えていたはずだ。

「ズルイ! 痛ぁい! なんでですかテメエ」

「タネも仕掛けもねえんだな、これが」

 説明してやる義理はない。

 メッセンジャーの兄ちゃんが逃げ去るのを確認してから、俺もチャリを漕ぎ始める。

 しかしどこへ逃げよう?

「絶対返して下さいよッ! 大事に使って!」

 どっからかメッセンジャーの兄ちゃんの声。

「すみーませんけどォ! 集合ですけどォ!」

 仲間を呼ぶメイツェン・ミステリアス・ボーイズ。

「OK、OK、でもどうしよ」

 って言ってチャリンコで逃げる俺。指からは血が流れている。



 俺はこのまま別の、もう少しマシな街へ行って動物病院なりを探すべきだった。

 それを廃墟にいる闇医者でも良いから、早く犬を診せようとウロウロして、結局メイツェン・ミステリアス・ボーイズに追いつかれてしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る