第3話 饅頭とモップ犬
クガネさんと別れ、いつもの屋台で蒸し饅頭を買っている時だった。
「肉のやつと桃餡のやつね」
などとやっていると、くるぶしに、ふわ、とも、ぬる、ともつかない感触。若干、べと、ともした。
「ムーン」
野良犬が一匹、俺の足にすり寄って来ていた。モップみたいに毛むくじゃらなやつだ。
「なんだこの犬。犬か? これ? お姉さんこれ」
屋台のお姉さんに訊いてみる。
「知りませんけど」
だよね。
「ムーン」
というのはモップ生物の声。
「変な鳴き声。ほんとに犬かな? これお姉さんコレ?」
「知りません。それよりお金」
「ムーン」
モップ犬がまた鳴く。鼻をヒクヒクさせながら、ビー玉みたいな眼で俺を見上げてくる。行儀良く座り直し、首をかしげる仕草。
「くれってか。やらねえよ?」
俺は蒸し饅頭を庇うが、ほんとの話、これはマジ偶然、うっかり一つ落としてしまう。モップ犬はすばやく口でキャッチする。
「ムッフ」
「落としちまったらしょうがねえ。ね? お姉さん」
「餌付けするんなら飼いなよ」
「落としただけだって。だから」
「それよりお金」
「払いますって。ほらツリはいらねえ」
「はいよ。ちょうどのお預かり」
ベタな会話をしながら、俺はモップ犬を知っている事に気づく。タンポポの綿毛みたいな形の尻尾にも覚えがある。
「お前、別のトコでも一回見たな。確か取材の時だったと思うよお姉さん」
「商売の邪魔なんだけど」
「あれは謎のクレーターと金属片を調査しに行った時だったよお姉さん。やっぱあのクレーターは小型宇宙人が着陸してきたあとだったと思うんだお姉さん」
「商売の邪魔なんだけど」
「そこでも見たんだ、この尻尾」
たしかにこの犬だ。変な鳴き声も一緒だったと思う。
「街から離れた所で見たはずだが、ここまで迷いこんできたのだろうか。迷うったって野良犬だが。お前、野良にしてもこの街はやめた方がいいぞ」
「ムーン」
「あんたらもう帰ってくんないかな?」
そんな事を言っている所に、ヤツらがやって来たのだった。
「いないです」
「やっぱいるです」
「いたじゃねえかです」
そいつらは妙ななまりで話し合いつつ、歩いてきた。この時点では三人しかいなかった。
全員からやけに甘ったるい匂いがする。溶けたような口調といい、こいつら薬中か。気持ちよくなるタイプの葉っぱでもやってるのかと、その時は思った。顔色も緑っぽかったし。
そのうちの一人は俺に気付くと、
「すみーません」
か何か言いながら、にこやかに近づいてきた。
次の瞬間には、俺のみぞおちに拳が打ちこまれている。
「とりあえず、その犬貰えます?」
まず一撃いれてから要件。みたいなカツアゲの常套手段だ。衝撃が、背中まで抜けた。
薬中患者みたいに痩せているくせに、結構なパワーがある。
「あとお金出して、お金」
「ていうか持ってるもん全部です」
俺の手から饅頭が落ちる。
三人組みは饅頭をキャッチして食い始める。俺はそれが許せない。
最初のヤツ。『すみーません』と言って殴ってきたヤツへお返しをくれてやる。
みぞおちへ
手首まで埋まる。
「きゅううう」
というカエルを締めたような声。
すみーませんの男が崩れ落ちる。足をピンと突っ張らせて悶絶しはじめる。良し。
「え?」
「え?」
ツレの二人は状況が理解できないらしく半笑いで俺を見た。
俺はそいつらの胃にもコッコ。揃ってひざまずかせる。
「あのな。呉れって言うんならやってもいい。それはしょうがねえ。腹が減るのは誰のせいでもねえからな。騙して奪い取るのもいい。盗むのも結構。生きてくための知恵だからな。だが力で奪い取るってのは許せねえ。それは食いもんじゃなく、俺の誇りを奪おうとする行為だからだ。お前ら俺を飼おうとしたってことだぞ。分かってんのか?」
「きゅううううう」
「きゅうじゃねえよ。フザケてんのか。オラ吐き出せ」
「ムーン」
ってモップ犬と一緒になって詰めているとろに、バタバタ複数の足音。
「すみーませんけどォ。俺らの仲間コレやったのお前?」
「ダメじゃない。きゅううってゆってるじゃない」
「殺すっつう話ですよこれ」
「すみーませんけどコレぇ!」
最初のヤツらの仲間らしい。みんな同じような顔立ちをしている。兄弟かなんか?
「あと『すみーません』って流行ってんの?」
数は五人、いや六人になった。と思っていると更に追加で四、五人が合流してくる。
「合計十人オーバーだよ、やるの? お姉さん」
って見るけど、お姉さんはすでに屋台こと撤収している。良いと思う。そうでなくてはこの街でやっていけない。
「じゃあ、俺はどうしよ? ブッ殺すか」
って俺は構える。
モップ犬は逃げるだろうと思っていたのだが、違った。犬は牙をむいて緑面どもを威嚇しだした。
「やめとけよ、お前」
と俺は言ったが、こんな小っこい犬なんか無視されるだろうと考えていた。それが間違いだった。
走ってきた先頭のヤツが、ノーブレーキでモップ犬を蹴りつけたのだった。
鳴き声を上げて、モップ犬が宙を舞う。
「メイツェン・ミステリアス・ボーイズです~。今日は、名前だけでもおぼえて逝ってください。敬具」
蹴った奴が俺へ言う。
メイツェンってのは隣国の都市の名前だ。こいつらよそ者か。
「知るか馬鹿」
俺は先頭のヤツをグーで殴って、地面へ叩きつける。
「ははは。すごい。埋まってます」
「すごい元気」
「エビみたい」
地面へめり込んだ仲間を見ながら、ヤツらはゲラゲラ笑っている。
クスリでもやっているのか、そもそもキレたキャラクターで売り出してるバカどもなのか。ふざけた名前しやがって。
「こっち、こっちィ~。すみーませんけどォ。全員であれしまーす」
「あつまれ仲間達ィ~」
「パワーをわけて~」
呼びかけに応える声と足音が続いて近づいてくる。
なんだっけ? メイツェン・ミステリアス・ボーイズの仲間がさらに集まってきたのだ。
「呼ばれて来ました」
「殺せば良い感じですか?」
「眼球を」
「グーで殴ります」
「刺します。ミステリアスなので」
ミステリアスを辞書で引け。
「ミステリーってのはもっとロマンがなくちゃいけねえ。その罪も含めてブッ殺す。が――」
俺は視線を走らせモップ犬を探した。
まだ生きてはいる。フラつきながら起き上がって、後ろ足でケンケンしている。折れているのだ。
俺はこれからメイツェン・ミステリアス・ボーイズをブッ殺すつもりだが、こいつは助からないだろう。
大立ち回りになれば、誰も地面の犬コロなどに注意していられない。あとには踏み殺された死骸が残ることになる。
まあ、それも自然界ではよくあることだ。
「助けないぜ。野良犬も楽じゃねえってことだ」
俺は実際言葉通りの気持ちで、開戦する気満々だったが、しかし。
目を見張った。
今度こそ逃げるだろうと思っていたモップ犬が、戻って来るのだ。
俺の前に立って、チンピラどもを威嚇しだす。足が折れておそらく内臓も損傷しているだろう状態で、俺を守ろうとしている。
饅頭の恩ってことか?
「いらん世話~」
俺は構えていた拳を下げて、メイツェン・ミステリアス・ボーイズへ話しかける。
「いちおう訊くけど、お前らこの犬どうすんの?」
「食べます」
食うのかよ。
「で、それを邪魔した俺のことは?」
「人間もまあ、ダイジョブです。食べます」
食うのかよ。こわ。
でもまあ、生きるためってことか。
「お前らも大変だな」
「恐縮でーす。なので犬、ください」
そう言ってメイツェン・ミステリアス・ボーイズは包囲を狭めてくる。
モップ犬が唸る。
「分かった。負けだ負けだ。いやマジで」
俺は両手を挙げてみせる。ここで争ってもしょうがない。
「すみーませんね。分かってもらえてメチャピースです。好き」
代表なのだろうか。緑色した男の一人が近づいてくる。
「犬。ください。お金もください」
「いや、お前らにじゃねえよ」
俺はそいつを殴りつけて、地面へめりこませる。
他のヤツが騒ぐ。
「ちょっとちょっと~」
「待ってくださいよ~殺す」
「うるせえな。負けたっつってんだろが」
フォローに入ってきた二匹を、俺はやっぱり叩きつけパンチで地面へ
それからモップ犬を抱き上げた。
そもそもいらん世話だし、こいつがどういうつもりかも知らない。
饅頭への恩義かもしれないし、饅頭を献上した俺をクソ雑魚とナメて守ってくださったのかもしれない。
それはどうでもいい。
でも、俺はこいつの行動に感動をおぼえたし、そんな気持ちを抱くことは、俺にとって敗北なのだ。
俺は負けたので、俺を負かしたこいつを守ってやりたいと思う。
「俺はモップ犬に負けただけだからな!」
モップ犬を服の中へ保護し、俺は人垣を飛び越えて逃げ出した。
「すみーませんけどォ。ねえから。逃がすとか」
バカの集団も走って追ってくる。
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