第2話 クガネさんとぶっとんでくチンピラ。ちょっとだけビッケ



「なんかあれ飛んでない?」

「雲じゃない?」

 なんて空を指さしている通行人をかわして、俺はたらたら歩いた。おやおやバードウオッチングですか、いいですね、なんて思いながら口笛を吹き、馴染みの喫茶店が近いのを思い出して進路を変えた。

 ボロいし、マスターも無愛想だが、ここは茶が旨い。カランカランって鳴る鈴つきのドアも好き。

 よそ者らしいチンピラが三人、火傷しただのとゴネているが問題ない。マスターは剛身流の達人なのだ。

 三人がぶっ飛ばされて来るのが目に見えているので、俺は親切で出入り口を開けたままにしておいてやる。

「マスターやってる?」

「やってる」

 とマッチョのマスター。斜めに躱した俺の横を、チンピラどもがぶっ飛んでいく。

 席につく。

 茶の香りを楽しみながら、俺はこれまでの取材成果を並べた。


 『謎の飛行体』の写真。

 『空へ吸い上げられていく犬』のスケッチ。

 『宇宙服の男』のスケッチ。

 『宇宙服の男』目撃証言のメモ。

 『未知の金属片』ただし未鑑定。

 『ミステリーサークルから取ってきた草』

 『謎の電波グラフ』

 『脱出ポットの残骸、と思われる破片』


 俺の得意ジャンルは宇宙関係だ。未確認飛行物体UFO。異星の知的生命体。隕石。宇宙人起源説。などの記事を書いてきた。とはいえ、普通、宇宙人の目撃証言なんてそうそうあるはずもなく、大抵はすでにある資料のおさらいめいた特集を組むばかりだった。

 それが最近になって、こうである。

 ここ一ヶ月ほどで、急に宇宙人、UFOの目撃情報が寄せられるようになってきたのだ。

「いいぜぇ。いいぜオイ」

 などとニヤニヤしながら、取材成果を眺める。

 完璧な証拠だな。宇宙生命体の存在がほぼ証明されたと言っていい。

 読者――俺たちは「夢禹ムウ民」と呼んでいるが――ムウ民も満足することだろう。

「人類は滅亡する!」

 と原稿用紙に書き殴ってから俺は飲茶。代金を置いて店を出た。


 ちょっと歩いたところで封筒を持ったクガネさんに遭遇する。彼女は事務員なのだ。

 本名。アップルハート・クガネ。

 本人が、この変わったファーストネームを恥じているので、俺らはクガネさんと呼んでいる。

 気絶したチンピラどもを跨いで俺らは挨拶。

「あれ。おはようさん」

「早くはないです」

「ちょっと取材でね」

「サボりだと思われてますよ」

「そっちこそサボりか? 今ならまだモーニングサービス間に合うぜ」

「郵便を出しに行くだけです」

「ふうん。じゃあ途中まで一緒に行こう」

「一人で平気です」

「どうせ方向は一緒だ」

 もう一年は一緒に働いてるが、この子はずっとこんな感じだ。

 俺も愛想の良い方ではないので、気にせず彼女について歩いた。

「俺宛に伝言は? 手紙とか情報提供とか」

「ないです」

「あそう。ちょっと茶でも飲んでいく?」

「飲まないですね」

「はい」

 そんな素敵な会話をしているところで、今朝のキャットウォークのガキとすれ違った。

 すれ違うというか、子供の方は幅一〇センチもない塀の上を駆け抜けていった。ホントに猫みたいなヤツだな、とこの時は思っただけだった。当然クガネさんも、まだこいつとは知り合っていない。

 子供を見送ってから、俺は何となく仕事の話をする。

「今日は例の【宇宙服の男】の目撃情報を回ろうかと思ってる」

 【宇宙服の男】は最近増えた目撃証言の中でも、特に目撃例の多いものである。

「『例の』と言われても私には分かりませんが。仕事をしているようで安心しました」

「それもこの街に結構近いとこでも目撃されてるんだぜ。どうするよ? もはや宇宙人は我々の生活に溶け込んでいると考えていいよな」

「いや、知りませんけど」

「そうだ。編集部に戻るんなら原稿、レイモンドに私といてくんねえかな」

 俺は荷物をカバンごとクガネさんに渡してしまう。取材はカメラとメモ帳だけあれば良い。

「いいですよ」

 とクガネさん。決して意地の悪い子ではないのだ。

 そこから無言で歩いて、郵便局のところで別れた。

 俺は去って行く彼女の周囲を確認する。着いてくる強盗やひったくりの類はいないようだった。

「まあ、治安が悪いから一応ね」

 納得して俺もその場を離れる。


 ここまではいつも通りの一日に見えた。

 だがすでに兆しはあったのだ。

 俺はこの日すでに【ビッケ】と遭遇していたし【Q】の事も間接的にではあるが知っていた。そして【モップ犬】と【メイツェン・ミステリアス・ボーイズ】は俺の方へ接近中だったのだ。

 【タニモト】の野郎もきっとそこいらにいたんじゃねえかな。

 ともかく、きっかけとしては些細なものばかりだったが、すでに流れはできていたのだ。

 俺を【Q】へと結びつける流れが。


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