異世界偉人変人列伝「謎のQ_Qパクト及びわんにゃんカンフー事件」

羊蔵

第一章 犬と宇宙服

第1話 散歩とカンフー






 【Q】の詠唱は異国の子守歌に似ていた。

 呪文と呼応するかのように【Q】を包む雲色の衣が、うごめき、変形し、攻撃的に排気を始める。

 【ドンキー・モンモン】の怒声。というより悲鳴。

「やめてえ! 【ニルギリア】が来るぞ! 俺を殺したら戦争だぞ! 絶対なんだから!」

 これに対する【Q】の言い草はこうだ。

「神に会ったらよろしく言っておいてくれ給え。『わんにゃんに詫び続けろ』と」

 何言ってんのかは俺にもよくわからん。

 【Q】の大気魔術は【ドンキー・モンモン】を一瞬で塵に変えた。

 一人の人間が消え、辺りには魔術で生成された無数の紙切れ――【免罪符】が舞った。

 俺の横で【タニモト】が呟く。

「【クベロンの免罪符】やはりこの人がQに間違いない」



 けっきょく、この時【ドンキー・モンモン】をやったせいで【Q】と【ニルギリア・BB】の戦争が始まった、かというと、そうも言い切れない。

 この件には、最終的に様々な人間の事情が関わっているからだ。

 とはいえ【ドンキー・モンモン】がターニングポイントだった事は、間違いないように思える。

 この日の事件をきっかけに、俺と【タニモト】は行動を供にするようになり【ニルギリア・BB】との因縁もできてしまった。【Q】の野郎が制御不能なのもこの日知った。Qとニルギリアの戦争を避けるには俺らがどうにかするしかないのだ。

 これから記すのは、俺や【タニモト】が【免罪符の魔術師Q】と出会い【ニルギリア・BB】と戦い【星汲街ほしぐみがい】を取り戻すまでの話である。

 その過程として俗にいう【Qパクト事件】【わんにゃんカンフー事件】があるのだが、それは順を追って記していこう。

 まずはQと出会った最初の一日から。


 △△△


 竜胆街とよばれる一帯が、俺の主な生活圏だ。

 その朝も、日課の散歩をした。朝霧のなかを口笛を吹きながら歩く。

 俺は散歩が好きだ。

 かつてはいぬと歩いたが、今はそうではない。

 まあ、誰だっていつかは独りになる。

 それはそれで気楽だし、俺が、或いは誰かが独りになったからって世界は変わらない。

 夜はかぐわしいし、朝は竜胆が咲く。それだけでまあまあ俺はOKだ。

 廃墟ばっかりの裏路地を抜けたときだった。俺の口笛が止まる。

 赤いペンキをぶちまけたような風景。悪臭。

「今朝は狒々か」

 狒々の死体が磔になっていた。

 体長二メートルを優に超えた個体で、廃墟の壁へ釘で打ち付けられ、かっと開いた口にサメみたいな牙が列んでいる。

 腹のなかは空っぽになっていた。

 内臓や脊柱が欠けているのは、魔術実験の道具に再利用するのだろう。それとも、遺棄を命じられたチンピラ達が面白半分に損傷したのだろうか。そうかもしれない。

 野生の猿ってことはもちろん、ない。

 皮膚や、骨、眼球やなんかに、魔術式の入れ墨が残っている。

 魔術の被検体を遺棄してあるのだ。

 廃墟の壁に、狒々の血で、


 【ニルギリア・BB!】


 と殴り書きしてある。その筆跡に、悪ふざけのあとが透けて見えた。示威行為という側面もあるんだろう。

 あの魔術師【ニルギリア・BB】がこの国に住み着いてから数年になる。


 カメラを持ってくるべきだったかな、と俺は思うが、こんなのをいちいち撮ってたら命がいくつあっても足りない。

 それにフィルム代も只じゃない。俺のカメラは機械文明時代のものを直し直し使っている骨董品で、規格の合うフィルムを探すのも一苦労なのだ。

 これが地球外生物による【家畜誘拐事件キャトルミューティレイション】だったら、スクープなんだが。

 俺は狒々の前を素通りする。

 磔の死骸を惨めだとは思わない。死ねば皆こんなもんだ。

 それに、狒々の死体など、この街ではよくある風景なのだ。ニルギリアが来てからは。



 早朝の竜胆街には、なぜか蟹が多い。

 下水に住んでるのだろう。スライムやらゴキブリに次ぐスカベンジャーだから、街の人間も取って食おうとはしない。あの狒々の死体にも、そろそろ蟹がたかり始める頃だろう。

 蟹を避けながら住居街に着いた。

 恐ろしく古いが、数百人は住める迷宮みたいな団地がある。昔、工業で栄えていた頃の遺物だ。かつては病院や教育施設まで備わっていたという。

「おう、来たかペスカデロ。このクソ野郎」

 外にある共用の水場のところに、オーク族より豚そっくりのでぶ男。デウゴンがいて、俺に声をかけてくる。

 ロクデナシのくせに朝が早い。昔は拳法家だった、その名残だ。

 こいつは俺の、まあ師匠だ。

 俺も敬意をはらって挨拶する。

「よう、金返せクソ師匠」


 週三くらいでこいつに、拳法の技を教わる。

 俺はこいつに金を貸しているのだが、返せないと言うので代わりに技術で支払ってもらっているわけだ。

「面倒くせえけどやるかバカ弟子」

「金返してくれりゃあ面倒くせえ事しなくて済むんだけどな」

「いいか。デウゴン流で重要なのは点の攻撃だ!」

「無視しやがった」

「特に指! 鍛えた指で相手の弱点をぶっ壊すんだ。戦術も型も呼吸法もこの一撃を当てるためにある。聞いてる?」

「聞いてる聞いてる。デブゴン流な」

「デウゴンだ。二度と間違えるな」

 体をほぐしながら、言い合いをしていると、そろそろデウゴン同様朝の早い拳法家くずれどもが集まってくる。

 一緒に訓練するわけではない。

 こいつらは借金取りなのである。

「おい、クソデブ野郎、金返せ」

「あとこないだやられた仲間の治療費な」

 魔術のはびこる世の中で拳法なんてやってるヤツには二種類しかいない。一つは真面目に働きながら、影で訓練する者。もう一方はカンフーのできるってだけのロクデナシだ。

 当然、デウゴンもこいつらもロクデナシの方だ。

 違うのは、デウゴンがこいつらに金を借りているって点だ。

 なので借金取りをぶちのめすことが俺らの訓練に代わる。

「呼吸を整えろよ弟子。ス~と吸って下っ腹にワッと貯めてホワンと吐け」

「分かんねえよ」

 と言って俺は適当に構える。

「これ技の復習だかんな。普通にケンカするなよ」

「アイアイ。練習になるか? こいつらで」

「まあ、サンドバッグ殴るよりはマシだろ。こいつらでも」

 もちろん借金取りどもも黙ってはいない。

「待て待て馬鹿。俺ら持ってるもんちゃんと見てみろ」

「眼え悪いんか? ヒゲ剃りかなんかだと思ったか?」

「斬っていい? 腕一本だけでも斬っていい?」

 そう言って連中は、鉈やらヌンチャクやらの武器を見事に操って見せる。

 すげえ。俺は素直に感心する。でも、スキだらけだなこいつら。

 俺は近くに並べてあった空き瓶をぶん投げて、一人に命中させる。

「バカ。それじゃ練習にならねえだろ。見てろ」

 デウゴンが突っ込んで行く。足音がしない。

 太っちょだし、金も返さないクソ野郎だが、デウゴンの人をシバく手際は素晴らしい。ペン回しのように淀みのない動きで借金取りどもに打ちこんでいく。


「見て憶えろよ弟子。こいつがデウゴン流『骨光柳指こっこうりゅうし』」

 デウゴンは揃えた指先で、鉈の横っ腹を突いた。

 キラキラと破片が飛んだ。

「ウッソ」

 借金取りが驚きの声を上げる。

 刀身の一部が欠けている。指の当たった部分が、クッキー生地を型抜きしたみたいに、穴あきになっている。

功夫クンフーが足りないんじゃない?」

 立て続きの『骨光柳指』。鉈はたちまち穴だらけになってしまった。

「ええ……」

 完全にビビった男は、尻餅をついてしまう。

 デウゴンはそいつにヒップアタックでトドメを刺してから、

「いいか弟子。何にでも弱いポイントとかタイミングってのがある。そこをピンポイントで突くんだよ。これが『骨光柳指こっこうりゅうし』。これ、デウゴン流の基礎で奥義だから。やってみろ」

「はいはい。コッコな」

「骨光だ! ちゃんと言え」

「めんどくせえな。オラこいこい」

 と言って俺は手招きする。

「お前なー! 俺はなー! あの戦争でも大活躍した南家流のなー! 傍流のなー!」

 南家流のなんとかが殴りかかってくる。

「知らねえよ誰だよ」

 何て事ないパンチだ。俺は手のひらで受ける。

 瞬間痛みが走った。受けた手の甲を針みたいなものが貫通している。

「避けろバカ。暗器使いだ」デウゴンが鼻をほじって言う。

 パンチと見せかけて、手の中に武器を隠していたらしい。

 南家流のなんとかがにやりと笑う。

 俺もにやりと笑い返してやる。

 それから力をこめ、相手の拳を暗器ごと握り潰してしまう。悲鳴を上げる南家何とかのアゴ先に、指先を打ちこむ。骨光柳指こっこうりゅうし。何とかクンは壁まで吹っ飛んで気絶した。

 俺はデウゴンを振り返って、

「タラーン」

 と傷口をひと撫ですると、暗器のちっぽけな傷は消えていた。月齢にもによるが、俺の体はめっぽう回復が早い。

「どうだ? コッコ。完璧だったろ」

「バカ。急所を狙えって教えただろ。お前ぜんぶ力尽くなんだよ。次はちゃんとやれよ。いくぞ。デウゴン流『浮桜祭斧ふおうさいふ』」

 そう宣言して、デウゴンはバレリーナのように回転。同時に二人の借金取りを吹き飛ばした。蹴り足はよく見えなかったが、回し蹴りのようである。

「次はデウゴン流『金泉獣果きんせんじゅうか』」

「なんて?」

「きんせん、じゅうか!」

「キンジュウね。アイアイ」

 地面にめりこむ震脚。からの発剄ぶちかまし。それが金泉獣果きんせんじゅうか

 結構練習してるがこいつは特に難しい。

デウゴンは簡単にやって、借金取りの数をさらに減らしている。

「最後、デウゴン流……アレだ。え~どうしよ……奥義」

「奥義?」

 俺はちょっと見を乗り出す。まだ教わってないやつだ。

いいじゃん。奥義。そういうのが欲しかったのよ。

「何て奥義? 名前は?」

「え~と。どうしよ」

「どうしよってなんだよ」

「え~ダイナマイ。デウゴン流超奥義『六歌仙・ドメスティック・ダイナマイ』な。R・D・Dだ」

「今、名前考えてなかったか? つうかクソだせえ」

「見てろ」

 たぶん即席でやったのだろう、デウゴンは借金取りの体の中心へ上から順に計六発、コッコを叩きこむ。速い。デウゴンのくせに。

 喰らった男は、一瞬遅れでキリキリ舞いをして倒れ、起き上がってこなかった。

「こいつは、あれだ。正中線上にある急所、え~『王虚おうきょ』『玉兎ぎょくと』『廻向えこう』『落水おちみず』『獣果じゅうか』『陽老ようろう』を一呼吸のうちに破壊する禁断の技だ。相手は死ぬ。今回は手加減したけどな。マジでやったら必殺だから。これ一子相伝の奥義ね。レッスン料はずめよ」

「嘘つけ。ダイナマイはねえだろ。俺こんなのに金払ってるのかよ」

「いいからやれ」

「アイアイ」

 俺は同じようにする。といっても、急所の位置なんてよく知らないんで高速で六回殴る。

 まあKO。

 できたのでよし。

 相手は地面と平行に吹っ飛んでいった。

 別に急所でなくても、一気に六発もぶち込まれたら普通死ぬよな。

 それでだいたい片付いた。

 残りはビビって逃げていく。可哀想な気もするが、まあイカサマ賭博場と結託してる様な連中だ。構わないでしょう。楽しかったです。

 そのご軽く技のおさらいをして今日のレッスンは終わった。

「お前全然上手くなんねえな。急所を突けっつってんだろ。スッとやったらできるから。視線と同じ速度で動け」

 ずり落ちたズボンを直しつつ、デウゴンが適当なアドバイスをしてくる。

「知らねえんだよ。急所ってドコだよ。金玉?」

「見るんじゃねえ感じるんだよ。どうせ種族事に急所の位置なんて違うんだからよ。俺くらいになるとドラゴンの急所だって突けるからな。俺あるし。ドラゴン斃したことあるし」

「はいはいスゲースゲー」

 俺も適当に答えて、服から泥を払う。水場で喧嘩はするもんじゃねえな。

 共同井戸で水浴びして、俺はメモ帳につけた借金額から、授業料の分だけちょっと引いてやる。

「ぜんぜん減んねえな借金。もう賭け事引退しろバカ」

「俺が引退するかどうか賭けるか?」

「バカ」

「うるせえ。じゃあさっさと帰れバカ。え? ほんとに帰っちゃうの? 師匠に飯おごったりとかねえの?」

「ねえよ」

 と言って俺らは別れる。


 その頃には陽光とともに、往来に活気が増え始めている。

 露店が出て。粥やら蒸し饅頭かなんかを売っている。餡子あんこの饅頭を三つ四つ買って、食いながら歩く。

「またこれ昨日の売れ残りまわしやがったな。でもうめえ」

「ねえ。この石どっちにあるか分かる? こっちが勝ったらそのお饅頭もらっていい?」

 途中、やけに陽気な声。

 浮浪者の子供が着いて来ていた。

 放り投げた石を手の中へ握り込んで、どっちに入ってるのか当てろと言うのである。こういう逞しい子供は、この辺じゃ珍しくない。

 勝負は俺の負け。別に最初から饅頭はくれてやる気だったのだが、普通に負けた。すばしっこいガキだ。

 それに踊る様な歩き方。キャットウォークつうのか。何というか歩いているだけで楽しいという感じで、そこら辺が普通のガキとは違った。まったく浮浪者らしくもない。

「最近よく見るガキだな」

 なんて呟きながら俺は帰宅。

 あとで知ることだが、こいつの名前は【ビッケ】という。が、まだこいつはただの通りすがりに過ぎない。この時点では。


 部屋へ戻って二度寝する。最高。

 まあ会社は遅刻決定だが。

 もう社にはよらず取材へ直行するかって俺は靴を履く。

 俺はオカルト雑誌の記者をやっているのだ。

 この時点では俺は【Q】の名前すら知らない。でも多分そこら辺の空を漂ってたりしたんだろうな。

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