33話 賢の幼少期と凛との再会


 俺は2歳の時、鎌倉に住む倉田夫妻に火柱が上がる自宅の1階から救出され、二人がやっている和食店でカブのスープやマグロの握りなどを作りながら養子として一緒に暮らし始めた。当時42歳だった実の母親は酒好きで、夜11時まで赤ワインを10杯飲むこともあった。

 『紫いもタルト』のライブハウスでは勇樹が鉛筆でスケッチブックに描く下絵を見たり、温泉小の授業を終えて来た直美や海子たちに塩ラーメンやカレーライスを作ったりもする。

 

 源次郎と僧の男性がいる寺の境内でスイセンの花を翔のお墓の前に置いている凛を見かけた直後、黒い乗用車が「わ―――‼」と絶叫する彼に向かって近づいてきた。

 降りてきたのは肩までの長髪で灰色のコートに緑色のズボン、ほおに緑色のペンキで車の絵を描いた30代のあおり運転男で、小学校で俺の足や腕を蹴り『毒アリ』と呼ばれていた一人だ。

 

 「凛!逃げろ‼」俺はハンマーを持って笑みを浮かべている『毒アリ』に近づき、「小6の時、俺の顔にペンキかけながら笑ってたな‼」と絶叫しながら腰と背中を足で強打する。『毒アリ』は片手に持っていたハンマーを落として失神し、地面に倒れ込んだ。


 「賢さん、ありがとうございます」凛は小1から使い続けている紺色の水筒を開け、スポーツ飲料を飲む。

 「翔の墓に、スイセンの花を持って来てたのか」「はい。毎日、泣きながら謝ってます。3年前、温泉小の廊下の階段前で、同級生だった男子二人と一緒に笑いながらあいつを蹴っていました」賢は源次郎と僧の男性に一礼して凛と墓の前に座り、手を合わせた。


 午後4時に『子ども食堂 キンモクセイ』に来て亮介、ジュードと一緒にマグロの握りとアユの塩焼きを作っていると、凛が「賢さん、亮介先生。こんにちは」と言いながら入って来て机を拭く。美月が小学4年生と3年生の女子の前に座り、ジルと一緒に学校で困っていることや好きな音楽について聞いている。

 ダウンコートを椅子にかけた美子たち4人は直美と一緒に塩ラーメンを食べている海子に「ごめん。ロンドンの学校に転校するから、温泉小には戻らへん」と言って頭を下げた。

 

 佑樹はアユの塩焼きを食べながら、凛に「SNSでの暴言は、あっという間に広がる」と小声で言う。凛は「ロンドンのフットサル部に入り、スマホやパソコンを使わずに過ごします」と答えてミカン入りヨーグルトを食べ終えた。


 ―――午後6時。「凛。ありがとう」賢は亮介やマオたちと『子ども食堂 キンモクセイ』の清掃を終え、夕方から降り始めた雪が積もる道路を歩いて駅に向かう凛の肩をポンとたたく。「空音も、フットサル部に入るって。自宅で英会話を暗記してる」猛雄が亮介と一緒に雪かきをしながら凛に向かって笑みを見せ、手を振った。


 



 

 


 

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