蘭月文學
四椛 睡
Day1 黄昏
この街には〈黄昏の魔女〉と呼ばれる女が居る。
全盛期を終え、ゆっくりと、しかし確実に晩年へ下ってゆく魔女。彼女が何処で暮らしているのか、私は知らない。なんなら存在さえ半信半疑だ。逢ったことがないので。けれど、先輩曰く〈黄昏の魔女〉は実在しているし、彼女には救いがあるという。
「魔女は死んでも死なないからね」
喩え心臓が止まり、身体が朽ち果て、自然に還っても。魔女が残した功績と、研究と成果は後世に受け継がれていく。善い話も悪い話も、ちょっとした逸話さえ伝説となる。誰かが纏め、語り継ぐ。
〈黄昏の魔女〉も、いずれそうなる。誰の瞳にも映らなくなった先、悠久の時を生き続ける。
「ならば、先輩も救われますか?」
先輩は嘗て、ある種の世界に生きていた。
そこで探偵のような、便利屋のような、斡旋業者のような、兎に角“胡散臭い仕事”をしていて。けれど絶大な信頼を獲得していたらしい。輝かしい功績も手にした。なのに突然、先輩は私の前に現れた。そして勝手に居着いた。自宅と仕事場を兼ねた平屋に。
盛者必衰ってやつだよ――なんて、よく分からない科白を口にして。
「さあ、どうかな」
先輩は首を傾げる。愉しげな口調で「救われたくないかも」と続ける。
「確かに俺は『死んでも死ななさそう』って始終評価されるし、実際殺されても死ななかったけれど。でも、自分の預かり知らぬところで自分が生きているのはぞっとしない」
分身かクローンに人生を乗っ取られた気分だ、と笑う先輩。意味不明だけれど理解出来る気がする。要は感覚的な問題だのだろう。
「じゃあ、どうすれば先輩は救われますか?」
「君は既に、俺を掬ってくれたよ」
話が噛み合っていません。私の顰めっ面に、先輩はアハハと声を上げた。唐突に覚る。結局私は、訪れる終焉を傍観するしかないのだ、と。夏の夕暮れも、晩年へ下る魔女も、救われたくないと笑う先輩も。みんな何処か物悲しい。
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