03 硝子の生命体

 あれから樹影ジュエイの態度は変わりない。

 リノウの態度も変わりない。

 ただ、硝子生命体グラス・ビーイングを見つけ、狩る。

 それだけだ。

 それだけの時間、それだけの人生。

 人生、人生とは何だろうとリノウは考えるが、やがて考えるのは非効率だと導き出され……そしてそれすらも機械的な演算か、人知としての思索か不分明だった。


「……結局のところ、自分が考える葦であるかどうかなんて、誰にも分かりやしないのさ」


 それは、樹影ジュエイの独り言だった。

 ある硝子生命体グラス・ビーイング――着流し――を追っている時、樹影ジュエイの煙草が尽きた。懐中のウヰスキーのスキットルも空のようで、樹影ジュエイは、彼にしては珍しく苛々していた。


「それどころか――物言う道具かどうかも分からない。気がついたら、そういう扱いになっている」


 それが真理さ、とまでは言わなかったが、樹影ジュエイの表情は昏く、きつく、悲しく……そして恥ずかしそうでもあった。

 リノウが、こういう場合、何か声をかけた方が良いのかどうかと思考していると、


硝子生命体グラス・ビーイングいるビーイングぞ」


 軽口めいた警告。

 リノウが躰の光加減を調整して、一瞬にして透明となり、無音で歩く。

 一歩。

 二歩。

 着流しまであと半歩のところまで近づいた時。


「お前もか」


 着流しが腰間の太刀の柄を握った。

 居合。

 伏せる。


「…………」


 今までの硝子生命体とちがって、実体剣を、通常の武器ウエポンを使ってくる。

 調子が狂う。


「……お前、オリジンだな。だから素体のみで戦っている」


 おまけに饒舌だ。

 今までの奴らは「お前もか」以外は無言だった。


「……おれは、逆だ。素体に


 入れる?

 入れるとは何だ?

 そのとき、リノウの脳裏で過去のデータが走査される。

 Dr.Itsuki、個人認識移行サービス、移行先=機械OR生体、機械:耐久性あり・要メンテ、生体:弱い・メンテ若干要、個人が個人であること、性交による子孫ではなく飽くまでも個人がで……etc、etc。


「……ッ。こ・れ・は」


「リノウ、何をしている?」


 樹影ジュエイが古典的なリボルバーで応戦している。


「機械と生体のを。それでいて汎用性を。つまり、硝子……」


「いい加減にしろッ」


 樹影ジュエイが声を荒げる。

 それは、リノウが戦っていないことにではない。

少なくとも、防戦はしている。

 つまり、リノウの台詞にのようだ。


「……謝罪する」


 リノウの詫びを受け入れたのか否かは判らなかった。

 樹影ジュエイが前に前にと出て行ったからだ。

 背後からは、顔をうかがえない。

 肉の躰の人間ならば。


「援護しろ、リノウ!」


「了解した」


 樹影ジュエイは着流しの額(と思しき点。相変わらず顔は無かった)を撃った。

 着流しは避ける。

 それは、肉の躰ならありえない角度。

 でも、着流しは見た。

 さらにありえない角度で迫り来る、伸びる硝子の手。


「ぐ……お……」


 からん、と音がして、太刀が落ちた。

 着流しの躰が溶け始める。


「直してくれ」


 粘々ねばねばと、あるいは土塊つちくれのようにぼろぼろとした手。

 硝子本来の透明感は損なわれ、宍色ししいろに染まりつつある手。

 その手を伸ばして。


「直してくれ、ドクター」


 着流しはそう言った。

 確かに、そう言った。

 樹影ジュエイに向かって。


「……不可だ」


 リボルバーから銃声。

 一発、二発。

 三発目で、着流しは砕け散った。

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