02 逆光の樹影

 この世界は肉の躰を持った人間が多いようで少ない。

 気がつくと、機械の躰が歩いている姿を見かける。

 AIが中に入っている、と樹影ジュエイに聞いた。


「……最初、君もそういう存在かと思った」


 だがAIにしては何も知らなすぎる、と言った。


「AIだからこそ、何も知らないのでは?」


「プリセット、という言葉を知っているかい? いや愚問か……」


 初期設定で、AIにはある程度の知識なり原理なりが

 だがリノウには、たとえば樹影ジュエイが言うまで衣服着用の欺瞞フェイクを施すということが無かった。

 食欲なども、少なくとも装うことはなく、ただ水だけは摂取する必要があるみたいだった。

 だが排泄はしなくてもいいようだった。


「……分からない」


「どこかに本体があるんじゃないか」


 樹影ジュエイは必要以上にリノウと距離を近づけなかった。

 リノウがある程度「自立」すると、さっさとフラットを譲り、新たな居所ヤサに移った。



 ……その居所ヤサでの会話だった。


「いずれにせよ、政府には適当に話をつけてある。というか、逆にそういうのがいないか、いたら何とかしろと言われた」


 樹影ジュエイの政府とのコネクションは謎だ。

 だが、雰囲気から察するに、何らかの借り、あるいは貸しがあると思う。

 思うだけで、言わないが。


「この前のトレンチコートのように、硝子生命体グラス・ビーイング……これはもうこれで固定だな、失敬……が出回っている」


 樹影ジュエイの端末を、視覚的情報が滑っていく。リノウの目には、角度的には見えないを見ることができる。


 DR.Itsuki


 そういうネームタグを付けた老人の像が一瞬、滑った。

 一瞬だけで、どうということはない。

 リノウは無駄口を叩かない。

 新たな「対象」、迷彩服の視覚的情報が現れ、リノウはその老人のことを忘れた。そう、思っていただけかもしれないが。



 リノウにはそれはないが、トレンチコートといい、迷彩服といい、なぜリアルの衣服を着用するのかが分からない。


「あるいは、ワタシは硝子生命体グラス・ビーイングではないのか」


 しかし、ねた迷彩服の頚部けいぶを見るにつけ、どうも自分と同種の組織構成をしている。

 手を変化させたブレード。

 これを、色々な形に変化させてみる。


 槍。

 斧。

 鎌。


 ふと気づいてみると、あの老人に変化させていた。

 誰かに似ている。

 たとえば。


「終わったのか、リノウ」


 振り返ると、樹影ジュエイが立っていた。

 時間は白昼であり、樹影ジュエイは逆光の中にいた。

 やはり、似ている。

 誰に、とは言わない。

 いつきはItsukiだ。

 洒落にもならない。

 手はとっくに、に戻っている。

 「戻り」は速く、生身の人間には、見えやしない。


「…………」


 もしかして、樹影ジュエイの政府へのコネクションというのは。

 気がつくとスキャンと検索を重ねている。

 逆光の樹影ジュエイには、悟られていないようだ。

 政府の首脳陣の、その老人。

 『科学的be scientific』という呼ばれ方。

 その、老人。

 老人は若い頃から青史に名を残す天才として知れ渡っていた。


 だから十代の時点での動画あるいは静止画が残されていて……それが合致マッチする。


「行こう、リノウ」


「……ええ」


 今日はシガーを咥えているらしく、逆光の中、煙でくゆ樹影ジュエイの表情は読めなかった。

 もっとも、読めたとしても、それが真情に基づくかどうかは、硝子生命体グラス・ビーイング(のはず)のリノウには不分明だった。

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