2枚目【脅しちゃった!!】

 なぎさという女子は、昔から人に何かをお願いする時、直接的な言い方をせずに数段飛ばした言い方をする。

 今回もその例に漏れていない。

 

 私のパンツになれ=私を守れ


 そう解釈して問題はないだろう。


「さすがね。よくわかってるじゃない。いくら私でも、あんたに人間をやめてレースの布切れになれなんて言わないわよ。気持ち悪いじゃない」

 

 褒められても全く嬉しくないし、いい加減肩から手を放して、その邪悪な微笑みをやめてほしいんですが?

 あとついでにテーブルの上に乗った冷茶も避難させてくれ。


「期間は約一ヶ月――私の呪いが解けるまでの間だけ。感謝しなさい、あんたみたいな頼りない陰キャが、私の半径1メートル以内に入ることを許してあげ――」


 渚が言い終わるのを見越して俺は秒で断った。


「お願いしますぅぅぅぅぅぅ! あんたのサポートがないと私の下半身の大事な部分、絶対誰かに見られちゃうからぁぁぁぁぁぁ!」


 いくら至近距離で泣きわめこうが顔に鼻水飛ばされようが、嫌なものは嫌なんです。

 頼りない陰キャな俺なんかより他をあたってください。


「――協力しないと、あんたが寝ている間に私の両胸揉みながらキスしたこと、クラスのみんなにバラすわよ?」


 大きく見開いた葡萄色ぶどういろの瞳を向け、鋭く冷淡な声音こわねで俺に脅しをかけてきた。


 ――こいつ! 10年以上前の出来事をまだ根に持ってんのかよ!?


 ていうか、あれはお互い同意の上での行為だったと今でも俺は記憶してるんだけどな。

 女って怖い。


「どっち道、あんたの生殺与奪の権利は私が持ってるの。勘違いするんじゃないわよ。いい? わかった?」


 畳みかけて脅す渚の瞳が怪しい光を放つ。


 どう転んでも、俺には地獄を選ぶしか選択の余地はないようだ。

 だったら同じ地獄でも、みてくれだけは可愛い幼馴染が隣にいる地獄の方が、幾分マシというもの。


「しょうがないわねー。あんたがどうしても私を助けたいっていうなら、助けてもらおうかしら」


 ようやく俺の肩を解放して元の位置に戻った渚は、勝ち誇った様子で右手を広げる。

 殴りたい気持ちをぐっとこらえつつも、久しぶりの振り幅大きいこのやりとりに、俺はどこか懐かしさを感じた。


「じゃあ、今から早速明日の作戦を立てるわよ」


 鼻息荒く渚はミッションプランを練り始めた。

 いくらカッコよく言ってもコレ、結局は周囲にノーパンをバレないように行動する変態痴女ゲームなんだよな......。


***


「起きなさい! 早く出ないと電車が混んじゃうでしょ!」


 朝。

 渚はまたしてもベランダから俺の部屋へとやってきて、夢の世界にいた俺を叩き起こす。


 昨晩のラフなスウェット姿とは打って変わって、御空色みそらいろのワイシャツに紺チェックのリボンとスカートという制服姿で、見下すような視線を向けている。

 学校モードを象徴するポニーテールが、動くたびにぴょこぴょこ揺れて可愛らしい。


「どうやってこの部屋に入ってきたかですって? そんなのベランダづたいに決まってるじゃない。寝ぼけてるの?」


 いや、俺が聞きたいのはそこじゃなくてですね、ノーパンスカートのままベランダを飛び越えたかってことなんですが。


「大丈夫よ。誰にも見られないと思うし、第一こんな暑さでスカートの中にズボン履いて

たら、それこそおかしいわよ」


 一般的に考えてノーパンの方がおかしいだろ、と心の中で呟いてみたりする。

 昨晩はスウェットのズボンのおかげでそこまで意識せずにすんだが、ももの真ん中より上、スカートの中は守るものが不在と想像するといろいろとヤバイ。


「いいから早く起きなさいよ」


 急かす渚に、俺は後ろを向いているよう言ってはみたものの。


「何? あんたみたいな貧相な体で私が照れると思ってるの? 陰キャの自意識過剰も困ったもの、ね!」


 しびれを切らした渚が俺から掛布団を剥ぎ取った先には――それはもう、立派に大きく腫れ上がった男のアレが布越しに鎮座してましたとさ。


「ヒャッ!? ......ごめん。そうよね......年頃の男子って、朝は元気だっていうもんね......」


 いつもの渚らしくない、可愛らしい悲鳴を受けて俺の下半身は更に血が上る。


 その悲鳴を聞きつけたのか、母さんが小走りで部屋に入ってきた。

 数年ぶりに俺の部屋にやってきている渚を見るなり、母さんは何か勘違いをした様子。

 ベッドから半身を起こしている俺に近づき『さっさと済ませちゃいなさい』とだけ、渚に聞かれないよう口元を手で隠した状態で小さく呟き、頬を赤くし退散した。


 母さん、今の俺は渚の恋人というより、むしろ奴隷兼彼女のパンツです。


「遅いわよ! あんた男のくせに準備に時間かかり過ぎ!」


 玄関を開ければ渚がグチグチと罵倒してきた。

 誰のせいで準備に時間がかかったと思ってるんだと出かけるも、早朝から家の前で幼馴染相手に下ネタ口論はいろいろとマズイので、そっと胸の中で処理する。


「......よろしく頼むわよ? 私の生命いのちはあんたにかかってるんだから」


 上目遣いでお願いする渚の声音は、緊張からか少し震えが感じられていて、身体もスカートの前後を気にして萎縮してしまっている。

 ......しょうがない、幼馴染の縁で、渚のプライドと貞操を守ってやるか。


 ――こうして、俺の渚のパンツとしての一ヶ月間契約生活が、今始まった――

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