師を求めて 3
門下生三人は四季を三方向から同じ距離で囲んだ。始めの合図もなく、すでに戦う人の顔、佇まいととなり、場の空気は一変する。
張り積めた空気を門下生たちは崩せなかった。目の前にいるのは自分達よりも年下、その上女でサムライを目指そうというのだから軽く捻ってやろう程度の気持ちで立ったのに、四季から発する覇気のようなものが次第に恐怖にまで達する。
四季が半歩足を動かせば門下生たちは一斉に足を引いた。まだ誰も、木刀の間合いに入っていないのにだ。
「ジェット、君はあの子の強さを知っているのか?」
「あぁ。あいつは強い。例え目の前に圧倒的な存在が立ちはだかろうとも逃げはしないだろうよ。自分の目的に向かって純粋すぎるくらいまっすぐ進む。それを阻む障害は誰であろうと斬っちまうよ」
「類いまれなる才能か」
「才能? そんなもんだけであの境地にたどり着けるなら世の中は達人だらけだ。あれは努力の塊だ」
痺れを切らした門下生の一人が四季への右斜め後ろから静かに、素早く迫る。四季はその方向を一切見ようとはしない。
(気づいてないのか? 女の子相手に悪いけどこのまま当ててやる)
対格差も性別のこともある以上は多少の迷いは生じる。その迷いで敗北することもあるが、門下生はすぐにそれ以上の差があることに気づくことになる。
注意をそらすために四季から見て正面の門下生が踏み込み音を立てながら接近する。このまま行けば三連攻撃が可能となる。
「見えてるよ」
四季は左斜め後ろへ振り返る。二人がじわじわ接近する中、正面の門下生が音をならし注意をそらしていたのにも関わらず、四季はすでに左斜め後ろの門下生が一気に距離を積めてきたのを察知していた。
手元を叩き木刀を弾き落とすとすぐさま右斜め後ろから静かに近づいてきた門下生を倒し、動揺を見せた正面の相手を叩く。
道場は静寂に包まれた。
「私、今日は本気だから言わせてもらうね。――準備運動にもならなかったよ」
「はっはっは! あんた悪役みたいだな!」
四季の言動にジェットは笑ってるが、門下生たちは一切笑えなかった。それもそのはず、何せいきなりやって来た得たいの知れない少女に手も足も出ずやられてしまったのだから。
「竹中さん、これで私が強いのは証明できましたよね」
「正直想像以上だ。門下生とはいえ僕の教えを受けているのにこうまであっさりやられるとは」
「私は強い人に会いたくてここまで来ましたから」
その強い気持ちがどこから沸いてくるのか竹中には理解できなかった。サムライという存在が徐々に減り、便利で簡単に扱える上に離れた場所から攻撃できる武器が増えているのに、そんな世の中の流れに対し逆らう姿。
そんな姿に対し竹中は憧れの気持ちさえ抱きそうになっていた。
「約束通り相手をしよう。だが、この木刀はちょっと特別でね。手加減はあまりできないよ」
「そうじゃないと意味がないです」
二人が構えると鋭い緊張感が場を支配する。門下生たちは竹中が負けるなど考えていなかったが、四季の卓越した動きを見てしまいもしかしたら勝てなくてもいい戦いをするのではないか考えていた。
先程とは違い先手は四季がとった。木刀がぶつかりあうと衝撃が広がり見ている人たちの髪がふわりと揺れる。
力の押し合いでは少女である四季のほうが弱いはずなのに、竹中に負けずしっかりと木刀を押し付けている。
「君、勝つつもりだね」
「負けるつもりで挑むサムライがいますか?」
「それもそうだ。僕もそのつもりさ!」
竹中は素早い連撃で攻め立てた。子ども相手に行うにはあまりにも激しすぎる攻撃ではあるが四季は冷静にすべてを弾き一旦後ろへと引いた。
(それなりに本気だったのに全部弾かれるか。あの子ほど背負うものを感じないが、あの子と同様に強い信念が見える。新世代は恐ろしいな)
竹中は時代の移り変わりを感じていた。外国の情報も入るようになった昨今、崩壊した国を少女が取り返したり、突如現れた少年が巨大な相手と戦い国を救ったり、天才的な魔法の才を持つ若き先生が生まれた話しなどがまるで物語のように伝わってくる。
その共通項は全て二十歳にもみたない者ということだ。そして、今目の前にいる少女も今までの常識を覆す力をその幼き体に宿している。
「君はどこまでも強くなるつもりか?」
「もちろんです」
「なぜ強くなるんだ」
「始まりは憧れ。でも、今は力をつけることで守れるものがたくさんあって、守っても守られてもまた新たな道に進める。みんながお互いを支えあえれば無限に成長できる。そんな世界の先頭に私は立ちたい」
「大それた夢だな」
「どうせ目指すならまだ誰もたどり着いたことのな居場所のほうが面白いから」
「未開の境地を開くか……。なら、まずはこの僕を倒してみろ!」
「最初からそのつもりですっ」
この会話には四季の信念の強さを知る目的もあったがそれはあくまで半分。本当の目的は四季に先手を打たせること。
この短時間で竹中は四季の戦い方を理解した。相手を観察し即座に対応する素早さは目を見張るものがあるが、それはあくまで経験からなせるもの。
もし、初めて見る動きなら対応はできない。そう竹中は考えたのだ。
四季が少し大きな動きで木刀を振るうと竹中はまるで風のごとく緩やかで素早く四季の背後へと回り込む。
これほど卓越した動き、常人では反応することさえ不可能ではあるが四季はしっかりとその動きをとらえていた。
「その動きはすでに知ってるよ!」
竹中の動きに合わせ後ろへと振るがそこに竹中の姿はない。
「どこを見ている」
四季の見た先には竹中はおらず、元からそこにいたといわんばかりに四季の背後に立っていた。
「これで決める」
「甘いっ!」
振り向き際の回転力を殺さずに後ろの竹中の木刀を受け止めた。
はずだったのだが、まるですり抜けるように四季の顔先に迫る。間一髪で避けて距離をとるがその動きにあわせ攻め立てる。
観察する時間も見たものを考える時間さえ与えない攻めの姿勢に対し、四季は真っ向から立ち向かう。
ふと、竹中は四季の表情を見た。そこには口元が少し緩んでいた。
(楽しんでいるのか? 成長速度が異常すぎる。この子に対して有効なのは現状のこの子を圧倒的に凌駕する一撃……。やってみるか、いや相手は子どもだ。しかし……)
常人からすればわずかな時間、竹中は頭の中を巡らせた。自身の渾身の一撃を少女に向かって放っていいものかどうか。
しかし、このわずかな時間こそが命取り。もし、これが殺しあいの場ならば竹中は死んでいた。
前を見ると四季の姿はない。
「なにッ!?」
「師範、上です!!」
一対一の真剣勝負ではご法度の外野からの支援。門下生は今までの四季の戦いをみて気づいてしまった。このままでは竹中が倒されると。
上を見上げると落下してくる四季の姿。避けられないと判断した竹中は木刀を力強く握ると木刀は光を放ち姿を変えた。鞘から刀を抜き四季の木刀を一閃。
「知ってますか。獣と戦う時、気づかれずに上をとっても安心できない。だからこうするの!!」
木刀を一閃したと思われた刀は空を裂く。着地し姿勢を低くした四季は素早く落ちてくる木刀を掴み竹中の脚を叩いた。バランスを崩し尻餅をつく竹中であったが、それより何が起きたかわからなかった。
「ど、どうしてだ……」
「ジャンプして木刀を天井に当てた。本当は音で気づかれる時もあるけどそこの男の人が声を出してくれたから」
「だが、確かに木刀を頭の上で構えていただろう」
「本当に木刀が見えてました?」
「……」
思い返せば四季は仰け反るようにあまりにも大袈裟に構えていた。例え木刀を持っていたとしても見えはしない。そう、そもそも木刀自体は見えていなかったのだ。
「それよりも私はなんで木刀が刀になったのか知りたいです!」
「刀を抜いたのに怒らないのか? 僕は木刀の戦いで刀を抜いたんだぞ」
「もし、私にも同じことができたらピンチの時にやっちゃってかもしれません」
竹中は四季の底無しの力を。いや、再現なく上昇し続ける成長をはっきりと痛感した。
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