今よりも前へ 3

「涼真さん!」

「よくがんばったな。四季もジェットも」

「ったく。来るのが遅いっての」

「悪い悪い。ジェット、少し時間を稼げるか?」


 ジェットは力強く立ち上がり言った。


「仕方ないな。さっさと済ませな」


 涼真は四季を抱き後ろへ下がり、即座にジェットが交戦を始めた。


「ジェットを一人にして大丈夫でしょうか」

「すぐに終わる。――四季、これを使え」


 手渡されたの刀だった。木刀ではない本物の刀。

 刀を手にした四季は少しだけ引き抜き刃を見つめた。それは全てを斬る刃。物質も命さえも、扱う人間次第で守るためにも殺すためにも使える。


「怪物とはいえあいつも命のある生物。君に斬る覚悟はあるか?」


 涼真の言葉は冷酷なものだった。

 それは十三歳の少女に殺しをできるかと問いかけたいたのだから。

 四季にとって怪物は恨むべき存在で復讐すべき存在。怪物たちよりも強くなり、同じように悲しむ人を増やさないということは、話の通じない怪物を斬るということ。すなわち殺さなければならない。

 

「……」

「君にできなければ俺がやってやろう。だがな、刀をどれだけ美しい言葉で表現しようとその本質が命を斬ることに変わりない。戦国時代の戦士がそれを証明している。君はこれからも木刀おもちゃだけで強くなるつもりか?」

「……私は私の憧れに進みたい。組が町を支配し、怪物が人を襲う。そんな世の中を変えるために刀を握るしかないのなら、私には握る覚悟がある!」

「そうか。なら、ここで君の覚悟を見させてもらう」

「任せてください。それに、獣ならころしたことありますから」


 殺しという行為はどこまでいっても殺し。生きる上で必要なことで、必要がなければ不用意にするべきではない。そんな常識は誰の中にも存在する。

 だがらといって生きるための殺しがすべて正当化できるわけではない。それと同時に正当化できない殺しの覚悟がなければ変えられないこともある。

 四季は、すべての弱き者の代わりに自らが刀を振るう覚悟をその身に宿した。


 投げ飛ばされたジェットが四季の足元で落下した。傷つきまともに戦える体ではないジェットを見て、膝をつき優しい声色で言った。


「一人でギリギリまでがんばってくれてありがとう。あとは私に任せて」

「へっ……癪だけど任せるしかないな。……負けんなよ」

「もちろん」


 刀を抜き怪物の前に立つ。

 歩く鉄といっても過言ではないほど硬質で、大人よりも大きい怪物の前に立っているというのに一切の動揺を見せない四季の姿はまさしくサムライであった。


「なぜあなたは人を殺すの」

「自らが過ごしやすい環境を作る。それ以外に理由が必要か?」

「言葉を話せるなら話し合う道もあるはず」 

「人間は人間同士で争いをする。そんなやつらとどう話せと言うのか。異形の存在を見つけた先に何があるのか、子どものお前でもわかるだろうが」


 人の未熟さを痛感する。人はどれだけ時代が進めど争い行う。同じような見た目をして同じように過ごしているのに。異形の存在がそこに混じることなど不可能。少なくともいまは。それは四季も理解していた。


「これ以上の話は無駄だ。お前が俺を殺すか俺がお前殺すか。それしかねぇぞ」

「いまの私に今日この瞬間の選択を回避する術はない。だけど、いずれは理想の国にしてみせる」


 怪物は力を込め拳を四季へと放った。


「お前に何ができるってんだ!!!」

「――世直しだッ!!!」


 荒ぶる声とは対称的に動きは一切の無駄がない完璧なもの。それは十三歳の少女がたどり着けるなど誰も想像することさえしない達人の領域。

 この一瞬だけ、まばたきさえ許さない一瞬だけ、四季は達人の領域へと足を踏み入れた。


 怪物は両断され硬質な音を立て地面へ朽ちる。


 生々しい殺しの感覚。獣を殺した時とは違う。もっと鮮明に意識した殺し。生きるため、命を奪われないため。

 

 想像越える太刀筋に涼真は自然と言葉が漏れた。


「行けるな。神の領域に……」


 

 

 

 

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