隠居したサムライ 2

 竹中に場所を教えてもらった四季は森へとやってきた。


 道なき道を進むと小屋が現れる。外には薪が積まれており焚き火をした後が放置されていた。


「ここか。よーし、元気にいくぞ」


 引戸をノックし大きな声で「ごめんくださーい!」と言ってみるが誰も出てこない。声が小さかったのかと思いもう一度ノックして声を出そうとした瞬間、後ろから異様な感覚が伝わる。

 四季は咄嗟に跳躍し家の屋根に上がるとさっきまでいた場所に矢が刺さっていた。


「どこからか見てる。……ってあぶな!」


 屋根の上の四季を狙ってどこからか矢が放たれた。


「隠れてないで出て来てよ」


 しかし、返事はなく矢は四方八方から放たれる。このままでは師匠となる存在の家が傷つくと思った四季は木刀を構え飛んでくるすべての矢を弾き落とした。


「そんな程度でやれると思わないことだね」


 直後、背後に異常な殺意を感じ木刀を振った。そこには涼しげな表情でそれを避ける男の姿。


「それなりにやるようだな。もう一人はどこに隠れている」

「私は一人で来たよ。あなた一体なんなの。私を殺す気?」

「殺そうと思えばいつでも殺せる。これは試験だ」

「生憎私はそんなことしてる暇ないし殺されないよ」


 真っ向から攻めても避けられると思った四季は少しフェイントをかけて木刀を振る。


「どこを見てる」

「えっ」


 すでに男は四季の背後に回っていた。人一人立つのがやっとなほどしかない背後の空間に音もなく回り込んでいたのだ。


「これで終わりか?」


 男は慈悲もなく刀を振る。反撃、防御、回避、四季は何かしなければ殺されてしまうと体が信号を発するのがわかった。

 退きつつも防御体制に入る。一旦は防御して体勢を立て直そうとした。


「その程度で俺の前に立つとは――あの世で後悔しろ」


 圧倒的な殺意の前に四季は恐怖した。自分は死ぬんだと確信してしまう。


「ほう……」


 男は四季の動きに対し感心した。

 殺意を向けられ死ぬとわかっている時、身を守る動きか逃げるかを優先する。相手が格上とわかっているなら尚更だ。

 しかし、四季は違った。姿を限界で下げて攻撃を回避しつつも片手で木刀を振り男の足を狙ったのだ。

 こうなれば男の動きは跳躍か後方へ引くこと。跳躍し四季の一撃を回避すると、なんと四季は追撃してきた。


「その勇ましさ気に入った!!」

 

 男は容赦なく刀を振り上げ四季を落とす構えをとった。しかし、目の前まで来たところで突如四季の姿が消える。

 屋根に着地し消えた四季を探すが見当たらない。すると、少しはなれた場所、なぜか上のほうから声が聞こえた。


「なんでぇ~~~!!」

「あんなとこにどうやって……」


 なぜか四季は高い木に吊るされた状態で身動きがとれなくなっていた。男が四季を助けだすと服にクナイが刺さっていた。


「シノビの道具……もう一人の気配の正体か」


 地上に降りると四季は警戒し木刀を構えるがすでに男は戦う姿勢解いて小屋へと向かっていた。


「まだ決着ついてない!」

「お前、俺に会いに来たんだろ」

「……もしかして河上って」

「俺のことだ」

「えぇーーー!!!!」

「気づいてなかったのか」

「山賊にしては強すぎるなって……」

「まぁ、山賊にもそれなりなやるやつはいるが俺を襲う馬鹿はおらんだろう」


 河上の住む小屋に移動するとそこは四季のよく知る囲炉裏のある部屋だった。


「古くさい家だが適当に座ってくれ」

「最近は見たことない建物ばっかみてたのですごく落ち着きます」


 四季が囲炉裏の前に座ると河上は湯のみを三つ、お盆にのせてやってきた。


「ありがとうございますっ」

「やっぱお茶が一番にゃ~」

「そうだよね~。…………えっ、誰!?」


 四季の隣にはいつのまにか赤髪のシノビが何食わぬ顔で座っていた。河上は特に気にせずお茶をすする。


「お前の仲間じゃないのか?」

「し、知らないですよ!」

「ひどいにゃ~。さっき助けてあげたのに」

「さっき……? あっ、もしかして私を木に吊るしたのって」

「私だよん」

「真剣勝負だったのに!」

「そのシノビが助けてくれなきゃお前死んでたぞ」

「そ、それはそうかもしれないですけど……」


 四季は自身と河上の差をわかっていたが素直に認めるのが辛かった。もちろんこれだけの差があれば師匠としては十二分ではある。

 だが、得意な剣術でここまで圧倒されるとさすがに悔しい。涼真とはまた違った剣術の差を感じていた。


「で、あなたいつから近くにいたの?」

「それはまだ内緒っ。私のこと気にしなくていいから話してて。静かにお茶飲んでるから」

「今日は客が多い日だ」

「私以外にもこんなとこに来る人がいるんですか?」

「竹中という道場の人間が来た」

「私、竹中さんに教えてもらってきたんです」

「そういうことか」

「あの、竹中さんの剣術は河上さんから見てどうですか」

「そうだな。――奴は弱い」


 たぶんそう言うだろうとわかっていたが、現実を無慈悲に突きつけられたようで四季は辛かった。竹中は東戸においてもっとも名のある剣術道場の師範であり、生徒の数も多い。

 しかし、それは同時に自身の鍛練よりも他者への指導が主となってしまう。そうなれば必然的に腕は落ちる。

 四季にとって一切の手加減をなしにやりあえる竹中が弱いのならば、四季もまた河上からすれば弱いということになってしまう。


 すると、シノビの少女が言った。


「でも、四季ちゃんは強かったでしょ」

「見込みはある。少なくとも竹中よりはな」

「四季ちゃんよかったね!」


 シノビはそう言いながら四季の背中を叩いた。


「でも、竹中さんと一戦交えましたけど竹中さんより強いって自覚はあまりないです」

「君の真価は真剣勝負でこそ発揮される。特に、命をかけた戦いでな」


 なぜそのような結果になったかを河上は語る。

 今の四季では河上に勝てないのは誰が見ても明らかだった。それは四季も理解している。

 本来そのような圧倒的な差がある状況下では回避や防御に気をとられ攻めに対する意識は極端な低くなるものだ。場合によっては虚勢を張り馬鹿の一つ覚えのように攻めることもあるだろう。


 しかし、四季は死を感じた瞬間に攻めた。ただの攻めではなく常に次の一手を考慮した動き。


「なぜ飛んだ俺を追撃しようとした?」

「空中ならお互いに出きることは限られますし後から飛んだ私は勢いが乗ってるのでそのまま落とせるかなって」

「その姿勢、竹中にはないところだ。あいつはそもそも戦うよりも戦術を考えるほうが向いている」

「竹中さんも強かったですよ」

「あいつは自分の限界を見てしまっている。でも君は違う。俺さえも倒そうとした。実力差を理解した上でな。サムライには強い相手と戦う姿勢が重要だ。そう意味では道場からはまともなサムライは生まれない」

 

 成長はどれだけ歳を重ねても止まることはない。スピードは落ちても確実に成長する。

 だが、教えるという行為はあくまで他者へ自身の能力を渡す行為。どれだけ相手が成長しようと教えてる本人はできることしか教えてない以上、大きな成長は見込めない。

 一定の成長を遂げると、真剣勝負の中でしか成長ができなくなるのだ。


「おおよそ検討はついてるが君はここへなにしに来たんだ?」


 四季は立ち上がり堂々と言った。


「私を弟子にしてください!!」

「なぜ俺の下で?」

「弱いまま逃げたくないんです。大切な人を守れず、悪いことをしてる人を見過ごして、ただ助けられるなんて私は嫌です。それに、組という存在が町を支配しているのも耐え難い。怪物が人を襲い、組が傲慢に町を支配する。そんな世の中を正したい。世直しをするんです!」

「その道がどれだけ辛く、どれだけの強い奴らを相手にしなきゃいけないかわかってるのか」

「はい。でも、言われたんです。選ぶなら棘の道を選べって」


 河上をお茶を一口飲むと顔を少し下へ向け肩を震わせた。


「あ、あの」

「はっはっは!! 子どもの癖に世直しとは傑作だ」

「私は本気です!」

「馬鹿にしてるわけじゃない。むしろいままで聞いてきた理由で一番興味がある。教えてやろう。だが、条件がある」

「条件……」

「東戸の町でトラブルを一つ解決してこい。まずは小さなことでも世直しの足しにはなる。それが出来たらまず軽く教えてやる」


 四季は木刀を持ち深く頭を下げるとすぐに町へ向かった。


「純粋すぎるな」

「そういうところがいいんだにゃ~」

「かもな。で、お前はなぜここへ来た」


 シノビの少女は不敵な笑みを浮かべた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る