拳客 1

 戦いが進むと松田組の男がゆったりと歩き、現在三連勝している山岸の前にやってきた。その男はみなもと。武器をもたず手に革の手袋をつけている。


「松田組の人間がわざわざ出てくるなんてどんな気まぐれだ」

「管理する場所の人間を把握するのがそんなにおかしいか?」

「すでにここには東郷と須藤がいる。小さな組は数えきれない。これ以上横海、舞蔵を荒らされてたまるかってんだ」

「だったら俺に勝て。それすらもできずに口先だけで文句を言ってるなら大人しく諦めることだな」


 山岸は木刀を構え、源は指をボキボキと鳴らし構える。まるで殺しあいをするかのような殺伐とした山岸とは対象的に、源はそれを気にもとめていない。

 

 一瞬のことだった。木刀を振った次の瞬間には山岸は大きく吹っ飛んでいた。これには集まっていたほとんどの者たちが驚きを隠せなかった。


「あきれた。せめて一撃くらい当ててほしいもんだな」


 何かの偶然が作用したのだろうと思い込まなければ到底納得のできない一方的な戦い。しかし、偶然でもなんでもない。

 ほかの大人たちが挑むが全員一撃でやられてしまう。

 あまりにも速く、あまりにも強力で、あまりにも隙がない。これだけ派手に次々と倒していくものだから周囲は萎縮し次の挑戦者が現れないかに思えた。

 だが、この状況においても一切萎縮していない参加者がいた。


「次は私が相手になるよ!」

「ガキか。だとしても容赦はしないぞ」

「そっちだって油断してると一瞬でやられちゃうかもよ~」

「現実を見せてやろう」


 二人は構えた。

 周囲の人たちは子どもが源に勝てるわけないと思いつつ、四季が最初に見せた素振りを思い出すともしかしたら一撃は当てられるかもしれないというわずかな期待もあった。

 

 固唾を飲んで見守る中、先に動いたのは四季だった。素早く前進し刀を振るう動作へと入る。その直後、源は停止状態から一気に四季へと接近し掌底による打撃を腹部へ打ち込もうとしていた。

 これは源が勝利する際の決まった流れだ。相手の動きにあわせカウンターを当てる。相手の動作がもう途中で止められない中、その動きよりも速く自身の攻撃を打ち込む。防御ができず一方的にやられてしまうのだ。


「やっぱりそうだよねっ」

「なにッ!?」


 周囲がざわめく。何より源が初めて表情を崩したのだ。涼真だけがニヤリと笑う。

 何せ四季は前進するのを途中でやめて即座に後ろへ引いた。相手が進んでくるの事前に読んでおり、その動きにあわせ木刀を振るっていたのだ。

 四季の木刀はギリギリのところで避けられてしまうが、確実に今までの参加者とは違うレベルの動きを見せたつける。


「さっきまでのやつらとは違うようだな」

「修行をいっぱい詰んだからね」

「なら、次は攻めの姿勢で行くとしよう」


 次は源から攻撃を始めた。拳による攻撃なら木刀の方が間合いを広く保てるため有利だった。武器があるということはそれだけで有利なはずだったが、源は蹴りを放った。

 最初の一撃を回避し反撃出ようとするとすでにもう一度蹴りが放たれた。長い脚による蹴りは木刀との間合いの差を埋めるには十分。

 それに加え素早い蹴りの連打が反撃の隙を殺す。


「俺の蹴りから逃れられるか?」

 

 木刀で蹴りを捌きつつも反撃の一手を模索する。圧倒的な速さの前に単純な攻撃ではまったく意味がない。相手の意表を突かなければならない。


「……見えたっ!!」


 わずかな隙、それは蹴りを放ち戻す瞬間のほんのわずかなもの。源は蹴りは戻してから放たれるまでが異常に速く木刀ではカウンターが間に合わない。

 だが、それはあくまでカウンターをしようとするから間に合わないのであって、隙自体がないわけではない。

 わすがな隙を狙って四季は跳躍した。源は自身の頭の上を軽々と越えていく四季に対しどうすることもできない。

 何回も蹴りを連打し防戦一方の四季がこんなことをしてくるとは思わなかったのだ。体は自然とさっきまでと同じ動作を行ってしまう。

 

 真後ろに着地した四季は木刀を振るい源の背中を狙う。だが、これもまたギリギリのところで間に合い、体を捻らせ腕で防御されてしまった。


「口先だけじゃないようだな」

「そっちこそ中々やるね」


 自然と二人は笑っていた。何か思惑があるわけではなく、この戦いを楽しんでいた。

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