弱肉強食を斬る 2

 四季が目を覚ました時にはすでに月が空に浮かんでいた。部屋を出ると家には三千代だけで吉太の姿はない。


「なんだか急に眠くなっちゃって、私どれくらい寝てました?」

「お昼からだから六時間くらいね」

「どうりで真っ暗なわけだ。吉太さんはどこにいったんですか。姿が見えないですが」

「町の会合に行ったわ。週に二回町の男の人たちでやるのよ」

「しっかり計画を立ててるんですね。私も見習わないとっ」


 感心している四季を三千代はじっと見ていた。決心したような表情をすると口を開く。


「あのね、この町は四季ちゃんが思ってるような場所じゃないの」

「どういうことですか?」

「昼に白米たべたでしょ。普通ならよっぽど偉い人しか食べられないの。でも、こんななんの変哲もない町の住人が食べれるなんておかしいとは思わない?」


 腕を組みほどなくして答えた。


「わかりませんっ」

「そ、そう。村の外に出たことないもんね。白米ってのは国に納める税の代わりになるの。だから、本来は国に納めるものなのだけどそれを隣町が食べている」

「う~~~ん。ものすごく白米がとれるからとか?」

「そうじゃないの。この町は隣町から――」


 その時、扉をノックする音が部屋に響く。吉太が帰ってきたのだ。


「四季ちゃん、早く裏から出た方がいいわ」

「えっ!? やっぱ私がいたらまずかったですか……?」

「違うの。隣町に行って自分の目で確かめてみて」

「よくわかんないけどわかりました。食事ありがとうございました」


 四季は深々と元気にお辞儀し裏口から外へ出た。灯籠で照らされた道から森へと向かう。


「ただいま。そろそろ睡眠薬が切れるころか。四季ちゃんはまだ寝てるのか?」

「いつのまにかいなくなってたわ」

「夜に出ていくとは勇敢だな。あの子がいれば松田組への上納金も楽になると思ったんだが」


 吉太は座布団の上に力強く座りキセルを吹かした。


「お話はどうなりました?」

「隣町からのもう少し多く米やお金をもらうことになった」

「そんなことをすれば隣町はもちませんよ」

「誰かが犠牲ならなきゃ幸せにはなれん。彼らには悪いがな」


 その頃、四季は一直線に道を進んだために壊れた橋へと到着していた。

 常人なら渡れないこの場所も森で鍛えられた四季の身体能力をもってすれば難なく飛び越えられる。

 飛び越えたあとに橋の状態を見てみるとある違和感に気づく。


「あれ、壊れたというより壊されたみたい。劣化もしてないしなんでだろ」


 疑問に思いつつも特に考えず町へ向かった。

 

 隣町に到着はしたものの先程までとは違い明かりはほとんどない。


「真っ暗だ。みんな早寝なのかなぁ」


 のんきにそんなことを考えていると一軒だけ明かりがついている建物を発見した。三千代から隣町を自分の目で確かめるように言われた四季は明かりのついてる建物の扉をノックした。

 ほどなくして一人の男性がゆっくりと扉を開ける。無精髭に乱れた髪。服は薄汚れており目には覇気がなかった。


「君は隣町の子か? いや、そんなことよりなんの用だ」

「私は隣町の子じゃないですよ。でも、隣町の人からこの町のことを自分の目で確かめなさいって言われたんです」

「名前は?」

「四季ですっ」


 男は少し考えると四季を部屋へあげた。

 部屋の奥では蝋燭を囲み住人の大人たちが座っている。


「失礼しまーす」


 神妙な表情をした大人たちの中へ気にせず入ってくる四季の姿は異質ではあるが、その純粋な姿を見て大人たちは小さく笑った。

 女性が自身の座布団を差し出した。


「ここに座るといいわ」

「ありがとうございますっ。あの、みなさん蝋燭の明かり一つで何をしてるんですか? 怪談でも話し合ってるんです?」


 大人たちは四季の言葉に再び笑った。


「ふふっ、違うのよ。この町は資源もお金もなくてね。そのことについて話してたのよ」

「そういうことですか。大変なんですね。隣町は夜道も明るかったですけどなんでここはつけてないんですか?」

「灯籠を設置して毎日火をつける余裕すらないのよ」


 それから四季はその場にいる大人たちからなぜこの町が荒んでいるのか聞いた。

 

「隣町からの徴収……。でも、なんで取られっぱなしなんですか。お互いに差さえあったほうが」

「無理だろうな。やつらはすでに松田組の犬になり下がっている。俺らから金や食い物をとることに対して罪悪感が消えたんだ」


 双方の町はかつて共に差さえあって過ごしてきた。森があり武器があることから獣狩りをしつつ農耕で暮らしていたが、そこに松田組を名乗る組織が現れ突如上納金の払うようにいわれたのだ。

 二つの町は立ち向かおうとして策を立てたが、隣町が裏切り密告してからは松田組、隣町、国へと三重の徴収が発生し再起する準備さえできない。日々を生き抜くので精一杯だった。


「その松田組を倒せばいいんですね」 

「嬢ちゃん、あまり馬鹿いっちゃいけねぇ。松田組はどこにいるかもわかんねぇんだ」

「だったら探すまでです。隣町の人なら知ってるんじゃないんですか? だって、隣町の人がここからお金や食べ物をとって渡してるんですよね。だったら積み荷を運ぶ人か取りに来る人なり誰かいるはずです」

「例え知ってたとして言うと思うか? あいつらだって素直に教えるわけがねぇ。それに嬢ちゃん一人で立ち向かえる相手でもない」


 すると、四季はまったく動く素振りを見せず瞬時に木刀を振るった。周囲の大人は何が起きたかわからなかったが、直後に四季の目の前にいた町長の髪の一部がパラパラと床へ落ちる。


「私、結構強いんですよっ」


 小柄な少女の身のこなしとは到底思えない動きに大人たちは驚愕した。素人目にもわかる。四季の力がすでにそんじょそこらの賊では太刀打ちできないことに。

 四季の存在はこの町にとって希望であったが、まだ年端も行かない少女に大人のいざこざに巻き込んでいいものかという迷いが渦巻く。

 だが、四季は天真爛漫な笑顔でいった。


「やれる人がやる。それでいいじゃないですか。それに私は憧れたサムライのようになるため日々修行をしてきたんですよ。実力を発揮する時ですっ」

「任せてもいいのか……?」

「もちろんっ。あくまで目的は松田組とかいう組織です。きっと隣町の人たちも本意ではないはずですから。私が聞き出して松田組を倒してきますよっ」


 大人たちは四季の言葉を聞き深々と頭を下げる。


「じゃあ、早速いってきます!」

「ちょっと待ってくれ。彼らに――」


 町長は四季が行く前にあることを伝え見送った。


 時刻二十時前。会合は終わっているが会合をやっていた建物からはまだ明かりが見えていた。


「こんばんわー。お話がありますっ」

「君は吉太が言っていた子か。どうしたこんな夜に」

「隣町にいって諸々の事情を聞いてきました。松田組のアジトを教えてください。もし教えないのなら」

「どうするつもりだ」

「力ずくで聞き出します!」


 四季は瞬時に町長へと木刀の切っ先を向けた。


「知ってしまったか。なにも知らずに町を出ればよかったものの。なぜわざわざ首を突っ込むんだ」

「悲しいじゃないですか。元々は仲良くしてたのに今は格差ができてるなんて。だから、松田組のことを教えてくれたら私がなんとかしますよ」


 町長は小さく笑い扉の横についてあるボタンを押した。町には警報が鳴り響く。


「うぇ!? この音なんですか!」


 驚く四季の後ろにはクワや草刈り鎌、猟銃をもった大人たちがやってきた。


「悪いな、君一人じゃどうしようもないんだ。このまま去ってくれたら今回の件は見逃す。だからとっとと消えてくれ」

「消えませんよ」


 四季は真後ろにいる猟銃を構える吉太を見た。


「もし、その引き金を引いて私にあたったらもう後戻りはできないんですよ」

「松田組に逆らってもなにもいいことはない! すでに後戻りはできないんだ!」

「そうですか……。でも、安心してください。私には当たりませんし松田組も私がどうにかします」

「どうなっても知らないぞ!」


 震える指が引き金を引いた。

 高速の弾丸はまっすぐと進んだが、その先に四季の姿はなく、いつまにか町長も消えていた。  


「こっちですよ」


 四季は町長を抱え屋根へ上がっていた。


「もし、私に当たったとしても。私だけが避けたとしても弾は町長に当たっていた。そんくらい獣狩りならわかるはず。そんな簡単な判断ができないくらいおかしくなってる証拠です」


 すると、四季は町長を屋根の上においたまま姿を消した。直後、吉太以外の者たちの武器が宙へと弾かれる。

 疾風が吹き荒れ吉太の後ろには四季が立っていた。 


「私の後ろには誰もいませんよ。今撃てば私だけを殺せます」


 再び銃口を四季へ向けるが先程よりも大きく揺れたおりまともに狙いが定まってはいなかったか。


「吉太さんが私を撃つなら、いままで通り隣町からすべてを奪って暮らすことでしょう。もし撃たないんだったら、町の人たちは誰も傷つかずに済みますよ。そしてあとのことは私に任せてください」


 松田組のことを四季に教えてしまえば犯人捜しが始まる。いずれ言った人間は殺されるだろう。

 だが、目の前にいる少女を二度も撃つこともできなかった。これ以上にない覚悟をして撃った弾は幸か不幸か外れた。なのに四季はもう一度選択肢を与えてきたのだ。

 吉太はゆっくりと銃を下げる。

 

「お、おれたちはどうすればいいんだ!」

「怖いですよね。つらいですよね。私も怪物を目の前にしたときそうでした。でも、進まなきゃ何もないんですよ。進むためには選択がいるんです。みなさんでどうするか決めてください。また明日の朝に来ますね」


 そういうと四季は隣町へ戻っていった。

 

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