第9話 母の決意
日曜日、久しぶりの休日をもらった。
朝9時までベッドの中にいたのなんて何年ぶりであろう。もぞもぞと這い出てダイニングに行くとテーブルの上にはラップが被せられたハムエッグとサラダに加えて書置きがあった。
「鍋にコンソメスープがあるから温めろ、パンは自分で焼け」
と書かれてある。将勝は出かけていないようである。
あの変態サディストで拷問マニアの子種とは思えないほど将勝は優しく親孝行だ。
冷えたハムエッグでもスミレにとっては美味であった。
仕事にかまけて家事をおろそかにしているがそれとなく片付いているのは日頃から将勝がこまめにやってくれているからである。
親の欲目を取っ払っても、将勝は女を幸せにするタイプだと思う。
まるで大吾郎のようだ。
ただ、その大吾郎もこの世の人ではない。ひどい別れ方をしたがその数日後に倒れて亡くなった。
申し訳なくてお悔やみにも行けず、葬儀場から離れた場所で目立たぬように手を合わせた。
自分でもなぜ将勝を生む気になったのかよく分からなかった。あの時、中絶も可能であったが胎内の奥底にある何者かに「産め」と命じられた気がして抗うことができず生んだのだ。
生むと決めた時には実家の両親からひどく責められた。無理もない、子供の父親が誰なのか話すわけにはいかないからだ。
苦し紛れにスミレは嘘をつく。
「本当に分からないの。だって相手が多すぎて、名前だって知らない人も結構いるし…」
母は、東京なんかに出すべきではなかったと泣き崩れた。
温厚だった父も、真っ赤になって怒り勘当を宣告した。
ともあれ、将勝を生んだことは間違いではなかった。粗野で単細胞だが心根は優しく純真な子に育ってくれた。
願わくば今付き合っている畑中グループの一人娘とくっついてくれれば万々歳だ。
せっかくの休みなので普段手の届かない所の掃除をした。各部屋のエアコンのフィルターのクリーニングにとりかかる。
将勝の部屋は整然と片付いており掃除が行き届いている。塵一つない。
物腰は粗野だけど几帳面な男である。
「ん?」
微かであるがすえた臭気を感じる発生源は屑籠の丸まったティッシュだ。
過去にスミレが散々嚥下したことがあるものなので何であるかはよく知っている。
「年頃の男の子だからしょうがないわよね。」
息子の成長ぶりをほほえましく思う。
エアコンは勉強机の真上の壁に取り付けてあり、スミレは行儀が悪いが机に載ってフィルターを外すことにした。
机上には開いたままのノートPCがあるのでまずそれをどかそうとつかんだ時に右の親指が電源キーに触れてしまった。
どうやらPCはシャットダウンされておらず、ロックモードになっていた様子で直ぐに画面が点灯した。
スミレは驚愕する。
「うっ嘘、」
ロック画面に映る女は、ビビットピンクで切れ込みの激しいハイレグスーツを纏い、顔の上半分はミミズクを模したマスケラで隠されていた。
まごうことなきジョッター大幹部のママンダーであり、西郷スミレその人の画像である。
この姿は前の日曜のもので最新のスーツだ。なぜ息子のPCの壁紙になっているのかスミレは混乱する。
「…ダメッ! 将勝にもプライバシーが… でも…確かめなくては」
スミレは震える指でパスワードの入力を試みた。将勝をローマ字打ちして誕生日のナンバリングをしてみる。
単細胞な子とは思っていたが、まさかここまで脇が甘いとは…
ロック画面は解除されたが壁紙に変更はない。
今どき名前と誕生日のパスワードなど幼児や老人でもやらない。
一番してはならない設定なのに息子の単細胞加減に呆れた。
ストレージサービスにはわかりやすく『M様のコス』とネーミングのフォルダがあった。
スミレは悩んだ。フォルダを開けるべきか否か‥‥
意を決し地獄の窯を開ける思いでクリックした。
大量の動画、すべてホッパー目線の撮影とみてよかった。そのどれもが自分を執拗に捉えたものですべてここ一年のものであった。
胸や腰、股間をなめる様に視姦している。
「‥何故だ?」
ここまでこの身体に固執するのであれば以前と同様に心行くまでお仕置きをすればよいものを、視るだけとはいかなる了見だ?
スミレは混乱する。
だがそれより解せないのはこの動画を将勝が持っている事実である。
ただの高校生では絶対に入手不能のデータのはずだ。いかなる経路で入手したものか?
にしても将勝の性的嗜好というか、ぶっちゃけネタの方向性に衝撃を受けた。
「え、エッ? ‥私? 私がオカズ?」
スミレは困惑しつつも、何となく嬉しさを感じる。
エグイ動画が氾濫する昨今、数多のエロ動画を選ぶことなく、かりそめの姿に気が付かなかったとは言え実母の自分をオカズに選んだのだ。
10代の男の性衝動に訴える魅力が自分には残っていた。ある意味女冥利に尽きる。
画面の女をかあちゃんとは知らず、将勝がせっせとはげんでいるかと思うとスミレはムスメのように照れた。
…が、かぶりを振る。
「いけない!このままでは将勝がおかしな方向に走ってしまう。」
スミレは思い直した。
確かに親孝行な優しい子ではあるが、変態拷問狂ホッパーの遺伝子を受け継いでいるのだ。
ノーマルに導いてやらねば奴のような極悪サディストになるかもしれない。そのためにもまともな恋愛をさせて普通の人生を歩んでもらう。
幸いなことに畑中グループ一人娘の小春は将勝に執心の様子だ。
彼女は美貌、家柄、知性、気立てと全ての要件を完璧に備えている。
将勝が幸せになれる相手として最高の存在であることは間違いない。
「必ずや二人をくっつける。手段は選ばない。」
スミレは誓う。
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