第5話 初代適合者、如月大吾郎

 シュピーゲルと如月大吾郎が融合してから十数年の時が過ぎた。

 主任研究員に昇格してプロジェクトリーダーとなっても相変わらずゲームとAV三昧であったが定期的に少しづつ結果は出していた。


 やろうと思えば一瞬でシュピーゲル(この場合はアーモンド形の物質を指す)をいかようにも変貌させることが可能であるがそれをやるとまた新たに別の仕事を押し付けられるから成果はわざと小出しにした。


「あの日から俺はおかしい?」


 ときに自分が自分ではないような不安定さを覚える。定期のメディカルチェックでも異常は認められないのでゲームのやりすぎだと言い聞かせる。

 待遇は好転しているしプライベートも充実しているので不満はなかった。


 プライベートで劇的に変わったのは彼女ができたことである。15歳近くも年下の子だ。アラフォーのオッサンにしてみれば夢のような話である。


「ごめん、待った?」

 彼女は西郷スミレ

 テイコク・グループ本社勤務で秘書課の女の子だ。


「いやぁ、僕も今来たばかりだよ。」

 実は1時間近く前から待っていた。


 テイコクは畑中グループと競合する言わば商売仇である。彼女とはゲーム愛好サークルのオフ会で知り合った。


 化粧気のない顔にボディラインを隠すゾロっとしたノマド風のワンピース、シンプルポニーテールにビン底メガネとテイコクの秘書課勤務の割には野暮ったい見た目だが、素朴で純情無垢なスミレに惚れていた。


 交際を始めて3か月、そろそろと思いつつも素人童貞の如月にしてみればどうやって切り出せばよいのかわからず悶々としていた。スミレは掛け値なしに純粋で真面目かつ潔癖な娘であった。

 なので如月も嫌われまいと意識しすぎるあまり殊更に「大人の余裕」をかまして後悔しつつ自宅に戻ってAVのルーティーンであった。


「大吾郎さんごめんなさい。今度の日曜日はデートできなくなったの」


「え、どうしたの?ひょっとして僕のこと嫌になった?」


「ううん、違うの会長の仕事の関係、私会長付きだから、日曜に仕事が入いちゃった。でもちゃんと代休はもらえるから日曜日以外なら大吾郎さんの都合に合わせられるわ。」


「ああドッキリした。ふられたんじゃないかと心配したよ。」


「心配しないで、私は大吾郎さんのような真面目で穏やかな人が良いの、嫌いになんかなるもんですか。」


 如月は結婚をなんとなく考えていた。

「まずは部屋のAVを処分しなきゃ」




 ジョッターの侵攻はさらに激化した。新兵器の『怪人』を投入してきたのだ。

 怪人とは動物や昆虫を人と合成させた兵器のことである。高い攻撃力と防御力を誇りエクリプスの武器をもってしてもくい止めることはできなかった。これまで辛うじて保たれていた均衡も大きく傾くことになった。


「まだか如月!蝕型シュピーゲルアーマーは、」

 畑中平吉は声を荒げた。


「あと一歩です。シュピーゲルエンジンにゲノム情報を認識させれば完成です。」

 本当は完成しているのだが自分を高値で売るためにここは最後のじらしを加える。


「いそげ、日本が征服されてしまうぞ。」




 国会議事堂は黒い集団に包囲されていた。リーダーはザリガニ怪人ザリガニンだ。


「ザリ、ザリ、ザリー、日本は今日からジョッターのものだ。国民よ、総帥ドクター・アンノウン様にひれ伏すのだー。」


「まてぃ、ジョッター。」

 何処からともなく声が響く、


「だ誰だ、」「どこだ、」

 ザコーズ隊員の面々が大袈裟に辺りをキョロキョロと見渡す。


「あそこだ!」

 隊員の一人が議事堂屋根を指さす。


 そこには緑色の影が立っていた。


「なっ何者だ。」


「俺はキサラ、いやまだ名前は決めていなかった。ンなことはどうでもよい。貴様らの野望もここまでだ。いくぞ、トォ!」

 無意味な宙返りを披露して着地する。


「何かと思えば、バッタの出来損ないではないか、片腹痛い。」

 ザリガニンは鼻で笑う


「そうだ、俺はバッタだ。貴様ら悪を叩き潰す正義の飛蝗、ジャスティス・グラスホッパー、…だが長いし舌を嚙みそうだからジャスティス・ホッパーだ。」

 即興で思いついたネーミングを叫び、左拳を腰に当てそろえた右指先を左斜め上に伸ばすポージングをきめた。昔テレビで見たポーズであった。


「ワハハハ、とんだ道化が現れたわ、死ぬがよい。者共かかれぃ、」

「イー!」


 ザコーズ隊員に取り囲まれた。初ファイトである。リハ無しのぶっつけ本番だ。

 いきなり顔面を殴られ腰を蹴られた。かなりの威力である。常人であれば吹っ飛ばされ抵抗不能となるであろう。だが全く痛くない。30秒ほど殴らせてみたが痛くもかゆくもなかった。


「タァー!」

 腕を一振りすると一度に4人が吹き飛びそのまま動かなくなる。想像以上に脆かった。

 目についた者から適当に殴り飛ばした。3分かからずザコーズは全滅する。


「少しはやるようだな、だがここまでだ。くらえ、ザリガニン・シザース!」

 巨大なハサミが胸を襲う。


 カン!

 かん高い音を立てたが刃は胸のプロテクターに阻まれそこでとまる。


「バカな、特殊鋼のシザースが効かない。」

 続いてヘルムに衝撃が走った刃先で頭をどつかれたのだ。ザコーズの攻撃と比べればかなりの威力であるが大したダメージではない。


「え、なんで? オイお前、痛くないの?」


「いや全然、いくぞっトゥ、」

 ザリガニンの胸にパンチを見舞った。ザリガニンは吹っ飛び、甲殻は砕け四散した。メカ混じりの臓器をぶちまけてザリガニンは絶命した。

 初戦は圧勝である。




 水曜日はスミレとのデートであった。彼女はどこか上の空で心なしか気落ちしている様子だ。


「大丈夫?具合でも悪いのかな、今日はもう帰ろうか」

「ううん、ちょっと仕事でポカしちゃって、ゴメンね、心配させちゃったみたいで。」




 またもやホッパーの勝利だ。今回はゴキブリのオバケみたいな怪人だったが、真二つに切り裂いた。

 如月は得意絶頂である。特別ボーナスが出て主任研究員から室長に格上げとなる。


 一番のアドヴァンテージはシュピーゲルの適合者は如月しかいないことであった。それ以外の者が装着した場合、人にもよるが生命をも落としかねない程危険で如月の価値は揺るぎないものとなった。

 これを機に如月はスミレとの結婚を真剣に考えだした。




 しかし、次のデートでは珍しくスミレは不機嫌な様子である。

 いつもはほんわかとしているのに今日はやたらと表情が険しく口数が少ない。


「何かあったの?元気なさそうだね。僕でよければ相談に乗るよ。」


「ううん、何でもない、」


「ならいいけど、ほら、悩みってさぁ、誰かに話すとスッキリするっていうしさ…あっニュース視た?ホッパーって誰なんだろうね、警察かなんかの秘密兵器かなー」


 スミレの顔色が変わった。

「うるさい!いいわよね、あなたはのんきで、少し静かにしてくれない…ゴメンね、今日は帰るわ、私どうかしちゃったのかな‥‥」



 今週のムカデの出来損ないは完膚なきまでに叩き潰した。可哀そうだがミンチになるまですり潰した。完全な八つ当たりだ。

「そうだ、正式に結婚を申し込もう。きっと機嫌も直してくれるはずだ。」




「ごめんなさい、今はそんな気になれないの、ちょっと考えさせて。」

 明らかにネガティブな反応に打ちのめされた。


 如月は思い切って切り出した。

「僕は真剣に考えている、もちろん人生において重大な選択だから即答できないのはよくわかる。僕の思い込みかもしれないが最近の君はどこか変だ。ひょっとして誰か気になる男性がいるのなら正直に打ち明けてほしい。」


「違うわ、あなたに話してもどうにもならないことよ。」


 彼女の変わりように如月は悶々とした。

「何がそんなに気に入らない?年は取っているかもしれんが俺だって一流企業の開発室の室長だぞ、40手前で部長級だ。条件的には悪くないはずだ。真面目に働いているし、優しくしているし、大切なAVだって全部処分した。話してもどうにもならないだって、じゃあ俺にどうしろって言うんだ。」


 そんな時に緊急連絡が入った。

 ジョッター襲来である。今回は怪人に加えて幹部も出現とのことである。

「来たか、皆殺しだ。俺が一番不機嫌な時にのこのこやってくるマヌケどもよ。生まれてきたことを後悔させてやる。」

 




「…幹部と聞いていたが何だこの女は?ボンテージルックに猫耳のラバーマスク?しかもこの露出っぷりは、企画ものの女優か?」


 ムチが胸に当たった。

「死ね、ホッパー、」

 ペシペシとムチが当たるがそよ風よりも低い威力、何ら戦闘訓練を受けていない全くのド素人だ。


 ムチをつかんで引っ張ると

「あん」

 と可愛い声を出してうつ伏せに転んだ。


「ムスメっ、ぬわぁーにがだ。そのはしたない格好は何だ。うら若き乙女がモモまる出し、半ケツ、ハミ乳とは、恥を知れ、恥を!」


 如月はどす黒い怒りを覚えた。

 この女幹部、スミレと同じくらいの年頃だが清楚な彼女とは全く正反対の女である。恥ずかしげもなく際どいボンテージルックに身を包み「死ね」などと暴言を吐いてムチをふるう。

 こういう悪辣な手合いからスミレを守るために如月は戦うのである。


「黙れ、ホッパー、」

 平手打ちを放ってきた。蚊がとまるような速度のスイング、簡単に捉えた。


 ホッパーはそこで戸惑った。殴るのは簡単だ。

 だが見るからにこの女は平凡な人間で殴れば即死するだろう。ここまで互いの戦力差が激しいと殴り殺すのは寝覚めが悪い。

 しかしこのまま制裁も与えず帰すのは正義の為にもよろしくない。


 手加減するにもホッパーは軽く振っただけで500キロのパンチだ。手加減もままならない。


 閃いた。

 このボンテージをはぎ取り心理的に圧迫を与える、これならケガはさせないし、そこそこ精神的ダメージは与えられる。


「全く反省の色がないな、うーむ、やむを得ん。正義のお仕置きだ。」

 ホッパーの指がスミレの胸元にかかると、強化金属繊維で造られたボディスーツがいとも簡単に切り裂かれる。

 バレーボールほどもある白い胸がこぼれ出た


 よくよく考えたら初めて見る素人さんの胸であった。しかも至高の形状、一気に心臓が高鳴る。女は憎悪の目でホッパーをにらんでいた。

 

 如月は親切心で手心を加えているというのにまるでゴミでも見るかのような視線に怒りは燃え上がる。


 改めて考えると素人とは言え悪の組織の幹部でなおかつ恥ずかしいコスチュームに身を包むような女である。私生活もさぞかし乱れ破廉恥にまみれたものに違いない。そんな女が裸に剝かれた程度で怯むはずもない。如月は己が見識の甘さを反省した。


 であるなら、仕置きの内容を変えるしかない。

 実力をもってこの幹部に『か弱い女性』という現実を再認識させてやるのだ。

 昨晩借りたAVの内容が頭をよぎる、多少なりとも骨身に沁みるだろうがケガはさせずに済む。

 同時に悶々とした如月のフラストレーションも解消されて両者ウィンウィンである。


「ゲヘヘヘ! ムスメ、貴様を真人間に戻すため私は心を鬼にする。わが精神注入棒を受け入れ改心せよ。」


 マスクをはぎ取らないのはせめてもの武士の情けだ。

 だが、まさか初素人が悪の女幹部とは如月自身が驚いていた。



 それからスミレとは会うことが出来なかった。何度連絡しても「体調がすぐれない、仕事が忙しい。」と言って会ってはもらえなかった。

 アパートまで行った。

「お願い!あなたのことは大好き。だけどダメなの!今日は帰って。」

 彼女は泣くばかりで如月は訳が分からなかった。



 女幹部はママンダーと名乗った。如月はスミレに会えない鬱屈した怒りをすべてママンダーに注ぐ、シュピーゲルは実に重宝した。


 彼女の間脳の視床下部にナノマシンを送り込み快楽物質を大量に作り出し僅かな刺激で快感を得られる体質に改造した。また変性意識状態を利用し死を選んだ方がましなほどの痴態を演じさせる。


 さらにこの世のものとは思えない淫猥な装置をこれでもかというほど開発した。また時限的ではあるが自分の複製体を大量に造り複数プレイも可能であった。

 目を覆いたくなるほどの淫虐な世界が繰り広げられた。


「‥如月、いい加減にしろ。あまりにも酷過ぎる。お仕置きは禁止する。これは命令だ。」

 畑中平吉は憤慨した。


「いいですよ。俺以外にシュピーゲルを着ることができる奴を連れてきてくださいよ。いつでも変わりますよ。嫌なことは全部俺に押し付けるくせに今更調子の良い事言わんでください。」

 心がささくれだっていた。




 しばらくしてスミレから「会いたい」と連絡が入る。最後に会ってから8か月近く経過していた。


 久しぶりに会うスミレは全くの別人で一言で言うならエロの塊りのような女に変わり果てていた。

 

 純真で無垢な面影は微塵も残っておらず、服装はタイトで凹凸がハッキリとしており髪型も盛りに盛っていた。


 高額であろうと推察されるブランド品に身をかため、ひとめで彼女に何があったのか語らずとも理解できた。


 如月ほどの鑑識眼をもってすれば彼女が短期間にどれほどの凄まじいプレイをこなしてきたか滲み出るオーラで理解できた。


 スミレをここまで変えた男に殺意と同時に尊敬の念を抱かずにはおれない。



「久しぶり、元気だった。ちょっと瘦せたね。」

 スミレは艶然と笑う。鳥肌が立つ程の淫蕩な笑顔であった。


「返事が遅れちゃったね、もうわかってると思うけど私はあなたが思っているような女じゃないの。実は汚れきったビッチだったの。今まで騙してゴメンね、もう私のことは忘れて。さようなら」


「さようならって、いきなりすぎるだろ。きちんと説明してくれ。」


「そうね、実は好きな人ができたの。あなたと違ってケダモノでどうしようもない変態クズ野郎よ。わたし妊娠したの生むつもりよ。」

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