第4話 金属生命体
1966年、畑中グループは福井県敦賀沖でとある物体を発見した。いうなれば巨大なアーモンドであった。
大きさは全長5.2メートル、全幅1.9メートル、全高1.6メートル。
摩擦係数、ミュー値があり得ないほど低く、フジツボなどの生物も定着できない程の滑らかさを誇る。
コバルトブルーの表面は鏡面仕上げとなっておりダイヤモンドカッターはもちろんアルゴンパルスレーザーをもってしても切り出すことはできない。
最新の照射型測定器を用いても物質の特定には至らず完璧な鏡面仕上げの見た目からドイツ語の鏡を意味する「シュピーゲル」の仮称を与えた。
畑中グループの兵器部門の畑中精機工業と宇宙開発部門の畑中重工は共同でシュピーゲルの研究に当たったが成果が出ぬまま5年の月日が経過する。
変化が現れたのが1971年、場所は畑中精機地下研究室であった。主任研究員の
世界征服をたくらむ悪の秘密結社とオートバイにまたがる正義の改造人間の戦いの話である。ヒーローのカッコよさもさることながら、毎週登場する怪人のデザインの秀逸さも魅力で藤岡は研究室のテレビで毎週欠かさず視る。
ある日のこと音波計測器が微弱な反応を示す。発信源は明らかにシュピーゲルである。微弱すぎて音波の詳細は解明できなかったが明らかに規則性が認められた。
反応は日を追って強くなる。発する音波はなんと特撮番組の主題歌であった。
やがてシュピーゲルは言葉を発する。ほとんどが番組主人公のセリフであった。物質でありながら知性を持っているのかそれとも見た目は物質だが実は生物なのか藤岡は混乱する。
二つの仮説を立てる。
1, 知性を持ち学習可能。
2, あくまで物質、一種の記憶媒体で録音再生をしているに過ぎない
藤岡は連日シュピーゲルに話しかけてみた。
「おはよう。僕は藤岡猛、君はシュピーゲル、僕らは友達だ。」
毎朝欠かさず挨拶をした。
「オハヨウ。ボクハフジオカタケシ、キミハシュピーゲル、ボクラハトモダチダ。」
オウム返しであったが声質は藤岡ではなく番組主人公のままだ。
一月後、
「おはよう。僕はシュピーゲル、君は藤岡猛、僕らは友達だ。」
自己をシュピーゲルと認識した。知性を有している事が判明する。
やがて自我を持ち始め情報を貪欲に要求し始める。徐々に言語を習得し1年でカタコトながら簡単な会話を交わせるようになり幼児用の教材から文字を教えると苦労しながらも平仮名の判読に成功した。
わずかでも上達が感じられると嬉しくなりいつしかシュピーゲルは我が子同然の存在になった。
その後の学習は停滞する。世間の子供と同じであった。国語算数はからっきしであったがアニメや特撮、お笑い番組にはことのほか食いつきが良くそんなこんなで時代は昭和から平成へと変わる。
定年を迎えた藤岡は研究所から去り後任は落ちこぼれ新任研究員の
コストばかりが嵩み実用価値のないシュピーゲルはすでに会社のお荷物同然の存在である。
時同じくして台頭してきたのが謎の集団ジョッターである。世界征服をスローガンに掲げる悪の秘密結社だ。
高度な科学力と精強な軍団の力で国内の施設や資産の多くが奪われ社会は混乱した。政府は対抗組織としてエクリプスを発足させ初代作戦本部長としてグループ会長の
畑中グループの資金力技術力をもってしても苦戦を強いられる。
そんな世間の大騒ぎをしり目に如月は暢気なものであった。研究室に誰も来ないことをいいことにやりたい放題である。
定時に出勤してスーファミ、メガドラ、PCエンジンと忙しく、ゲームに疲れると大好物のアダルトビデオタイムである。これで給料がもらえるのだからいい気なものである。
その様子をシュピーゲルは見つめていた。特にシュピーゲルの興味を引いたのがアダルトビデオであった。この感動は初めて特撮番組を見た時以来で画面を前にして妙な動きを見せる如月に話しかけた。
「おい、そこのお前、」
如月は辺りを見渡す。ポカンとした間抜け面だ。
「お前だ、お前。」
ズボンをあげながら上ずった声で
「だっ誰、どこ?」
「後ろだ、うしろ」
「え、何?オバケ」
「誰がお化けだ。俺だ、シュピーゲルだ。」
「ウソ、喋れんの?噂はホントだったんだ。」
如月は割と簡単に現実を認識して落ち着きを取り戻す。
「お前の見ているそれ、何だ?」
「これ、モニターだけど」
「バカかお前は、ンなこと聞いてねえ、やってる番組だ。」
「これ?クリスティーナ松本のミニスカ軍団イクまでヤルか!だけど。」
「何処の局の番組だ?」
「いやこれは電波で流せないよ。ビデオだよビデオ」
「ビデオ?なんだそれ?」
「映像を記録した磁気テープだよ知らないの?」
「知らん、画面の男女は何をやっているのだ?」
「セックスだよ。知らないの?」
「知らん。だが非常に興味深い。そのビデオとやらはそれだけか?他にないのか」
「たくさんあるけど、」
「全部持ってこい。」
この時シュピーゲルは24年ぶりに進化を遂げる。アダルトビデオに触発され「動く」を手に入れた。はじめは僅かに表面が震える程度であったが徐々に伸びたり縮んだり、尖ったり平たくなったりと形を変えることが可能になった。
一月後は身の一部を分離独立させ動かせることに成功する。3か月後には内部構造を変革させルことに成功した。
自分の体の一部を受容体に変化させ研究室のコンピューターから直接情報を入手することに成功する。
得る情報量は格段に増えたが残念なことにシュピーゲルは勉強をさぼってきたので学力が低く高度なテクノロジーは理解できなかった。
だが、わからないなりに人体の構造、遺伝子、生殖について必死に勉強をした結果分かったことは現状の自分の体ではアダルトビデオのような行為は不可能という現実であった。わが身を人体を模した形状に可変させることは可能であるが有機物で構成された人間とは原子構造が異なっている。
しかし方法がない訳ではなかった。
映像資料を検索すると1982年、南極大陸で自分の同族らしき物質が発見されエックスと名付けられた。そいつは遺伝子レベルで人体と融合することに成功している。
結論としてエックスは南極基地のノルウェー隊とアメリカ隊の多数の人間と融合したがすぐに死なせてしまい共生に失敗している。
エックスの失敗は宿主をすぐに死なせてしまったことだ。これでは元も子もなくなる。
シュピーゲルはエックスの轍を踏まぬよう時間をかけてゲノムについて学習した。
如月に融合しても長続きできる相利共生の道を模索したのだ。
「おい如月、ちょっと来てくれ、プラグの接触が悪い、差し直してくれ。」
「どれどれ」
如月はシュピーゲルに近寄るとしゃがんで受容体にささったプラグをつまむ。
その瞬間、ワニの口のようにアーモンドの体はパカッと開き、バクッと如月の身体を飲み込んだ。
如月はシュピーゲルの体内で瞬時に解体され細胞レベルのスキャンを実施後、遺伝子を改編と再構成をして元の形に形成した。
その際シュピーゲルは体の一部をナノマシン化させ細胞核に侵入させ記憶や意識ごと体を侵奪した。
如月は自分が死んだことに気付いていない。
如月は目を覚ました。なぜか素っ裸である。プラグの点検を頼まれてしゃがんでからの記憶がない。いつ服を脱いだのか、なぜ裸なのか、だが不思議と気分は悪くない身も軽い。
フィルターか何かを通り抜けて浄化したような気分であった。
とりあえず予備のジャージを着た時に研究室の扉が開いた。久しぶりの来客である。
「おぉ、ここへ来るのも久しぶりだな。」
グループ代表の畑中平吉である。
「君は?藤岡主任はどうした?」
「藤岡主任はかなり以前に勇退されました。僕は後任の如月といいます。ここの研究員です。」
「そうか、シュピーゲルの調子はどうだね、相変わらず小学生のままか?」
「いえ、かなり進化しました。今では可変や形成も可能です。」
その瞬間巨大なアーモンドは一瞬で昔懐かしい特撮ヒーローを模した姿に変貌する。
平吉は目を白黒させていたが、やがて
「でかした!ダメもとで来てみたがここまで研究が進んでいたとは!光明が見えてきたぞ、これでジョッターに対抗できる。」
この時シュピーゲルの本体は既に如月と同化していた。アーモンド部分は分身に過ぎず、如月のゲノムに共鳴する道具に過ぎなかった。
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