第3話 母スミレの裏事情

「ハァ」

 スミレはため息をつく、今日のファミリーランド襲撃計画も失敗に終わった。ジョッターに加入して20年近く経つ。昔はもっと大掛かりで派手な作戦を展開できたが組織の目標も世界征服から日本征服に下方修正された。

 ここ一年全く休みがない。息子将勝ともろくに会話がない。


 将勝は粗野で単純だが優しい子に育ってくれた。ワンオペであまりかまってやれなかったが横道にそれることなく成長してくれた。


 スミレ自身が家を空けがちだったこともあって、いつの間にか一人で何でもできる子になり今では家事のほとんどは将勝がやってくれる。さらに親に負担をかけまいとスポーツ特待で近所の名門校へ進学してくれた。

 だらしない自分にはできた息子だと実感しながらスミレはカレーをかみしめる。



「貴様のようなふしだらな女はもはや娘ではない、出ていけ。」

 勘当されてから一度も父や母とは会っていない。もう18年か、総帥の援助があったから経済的には困らなかったけど、それでも子育ては大変、無我夢中でここまで来た。将勝が出来た子だから何とかなった。

 気が付けばもう42歳、あっという間だ。


 スミレがシングルマザーでも何とかやってこれたのはひとえにジョッターの支援があればこそである。


 インフルエンザで倒れた時はザコーズの隊員が将勝の面倒を見てくれたし、保育園の送り迎えもやってくれた。

 彼らだってそれぞれ大変な事情を抱えているのに嫌な顔を見せずに私を支えてくれた。心から感謝している。


 娘時代、就職先はまさかのテイコク・グループだった。誰もが知っている超一流企業でしかも本社勤務、友達は皆羨んだ。秘書課に配属となりいきなり会長付き、昨日まで女子大生だったスミレにはあり得ない待遇に腰を抜かした。


 だが、案内された場所は会長室ではなく地下300メートルに作られた薄気味悪いアジトだった。テイコク・グループは表向きの顔で実態は世界征服を目論む悪の組織ジョッターだったのだ。会長の正体は総帥ドクター・アンノウンだ。


 スミレは総帥の指導の下幹部として実力をつける。立案した作戦はことごとく当たった。


 幼稚園バスジャック作戦を皮切りに日銀金塊奪取作戦、ケミカルプラント襲撃作戦など大成功を収める。


 成功の要因はスミレが発案した怪人システムだ。隊員の中から有望なものに改造手術を施し怪人に仕立て上げる。実際に無敵だった。スミレはたちまち最高幹部会の一員に選ばれる。


 プライベートも絶好調、人生初の彼氏ができた。如月大吾郎とはゲーム愛好サークルを通じて知り合った。年齢は一周りほど上であったが彼は現代のゲームはもとより、80年代の古いゲームにも造詣が深く説明も簡潔で解りやすく高い知性が窺えた。

 

 それもそのはずで超一流の畑中精機の主任研究員として在職していた。殊更に自分の高学歴や勤め先をひけらかすことはせず、ただ楽しそうに朴訥とゲームを語る奥ゆかしさに惹かれ交際を始めた。 


 如月は常に紳士的で若い男のようにガッついたりしなかった。そんな大吾郎は真面目で厳格なスミレにとって理想の結婚相手と言えた。年の差は気にならない。


 幹部昇格記念にスミレは自らを「死を呼ぶ司令官」デス・コマンダーと改名した。まさに絶頂期、次世代の指導者ともささやかれる。

 しかしここから坂を転げ落ちることになった



 まず、ネーミングのデス・コマンダーがケチの付き始めであった。組織の総務部に改名届を提出したまでは良かったが、提出書類に書かれたスミレの字は壊滅的に汚かった。


 コマンダーの頭の「コ」の字が汚すぎて誰が見ても「マ」としか読めなかったのだ。結果として登録名はデス・ママンダーとなってしまう。修正申告をしたが幹部登録は一度だけの規約によって聞き入れられず結局ママンダーで確定した。

 当初、組織内ではデス・ママンダーとよばれていたが、いつの間にか頭のデスが略され下の「ママンダー」だけで呼ばれるようになった。




 そして時期を同じくして奴が現れる。

「おのれ、ホッパー、」


 入団2年目、最高幹部会の紅一点、期待のホープとして得意絶頂だった。無敵の怪人ザリガニンを使えば警察など赤子の手を捻るよりも簡単である。そんな時ジャスティス・ホッパーが現れたのだ。


「なんだ、そのバッタみたいな扮装は。笑わせるな、そんなブリキのおもちゃなどザリガニンの巨大はさみの敵ではない!」


 だがホッパーの放つパンチはザリガニンを粉砕した。信じられなかった。ジョッターの技術の粋を尽くして開発した怪人が易々とやられるなどあってはならないはず。


「まぐれだ、まくれに決まっている。次なる怪人マンティスゴキブリンなら負けないはず、2種合成だ、負けるはずなど、」

 しかし結果は惨敗である。


「次は3種の合成だ。ジャッカル・バットムカデンだ。」

 だがあっさりやられた。


 実は怪人システムには大きな欠点があった。それは開発コストがかかることである。


 当初は絶大な成果を上げていた怪人も毎度ホッパーに斃されるたびに組織の財政にダメージを与えた。


 潤沢にあった資金もやがて底が尽き、表の稼業であるテイコク・グループから資金調達しなければならない羽目となってスミレは苦境に立たされる。


 そしてさらなる苦難が降りかかった。忘れたくても忘れられない。それは戦闘終了後に行われるホッパーの「今日のお仕置きタイム」である。


 当初スミレは本部でモニター越しに采配を振るっていた。現場で戦うのは怪人とザコーズだけである。


 しかし、度重なる敗戦により業を煮やした総帥から現場指揮を命じられスミレは女幹部専用のブラックボディスーツとキャットマスクを身につけて果敢に現場指揮を執った。結果はザコーズの全滅、怪人ナマコケムシンの大爆発でボロ負けであった。


 死を呼ぶ指揮官、デス・コマンダー改めママンダーは決死の覚悟で武器のローズウィップをふるいホッパーに挑みかかる。

「死ね、ホッパー!」

 そもそもスミレは非力な23歳の女の子で作戦参謀に過ぎない、もとより実線向きに出来てないので勝つのは無理な話である。


 ペシッと音を立ててスパイク付きのムチがプロテクターに守られた胸に当たった。ヘアスクラッチすらつかない。


 スミレは幾度もムチをふるうがペシペシと空しい音がひびく、ホッパーは右手でムチをつかむと無造作に引っ張った。スミレはつんのめって

「あん」

 と息を吐いて転ぶ。


「ムスメっ、のわぁーにがだ。そのはしたない格好は何だ。うら若き乙女がモモまる出し、半ケツ、ハミ乳とは、恥を知れ、恥を!」


「黙れ、ホッパー、」

 スミレは平手打ちを放つが簡単に手首をつかまれる。


「全く反省の色がないな、うーむ、やむを得ん。正義のお仕置きだ。」

 ホッパーの指がスミレの胸元にかかると、強化金属繊維で造られたボディスーツがいとも簡単に切り裂かれる。


 バレーボールほどもある白い胸がこぼれ出た。


「ムスメ、貴様を真人間に戻すため私は心を鬼にする。わが精神注入棒を受け入れ改心せよ。」


 ‥‥愛する如月大吾郎に捧げるはずであった「初めて」が選りによって憎き仇敵ホッパーに奪われた。スミレはこのまま消えてなくなりたいと本気で考えたが、自分の命はもう自分だけのものではない。幹部として多くの隊員たちの未来を背負う立場で、命令により命を散らした隊員や怪人たちへの責任がある。


 この身がどれほど汚れようとも今更自分だけ引くわけにはいかないのだ。

 そして二度と大吾郎に会うこともかなわない。惨めであった。


 ホッパーとの抗争は続いた。そして結果はいつも同じである。それもそのはず、動員可能な隊員の数が減り、怪人のクオリティも以前に比べて落ちている。予算も最盛期の10パーセント近くまで縮小されているのだ。勝てる要素は何一つない。


「貴様ァ、反省がまだまだ足らぬな、お仕置きタイムだ。今日は特別アイテムを用意してきたぞ、心して味わうが良い。」

 それに反してお仕置きタイムのクオリティは爆上がりであった。回数を重ねるごとにより過激に、より変態度が上がっていく。ホッパーは予め多くのアダルトビデオを視て研究している様子であった。


 それでも意志の力で怒りの炎だけは消さなかった。

「殺せ、ホッパー!このような生き恥を晒すくらいなら私は死を選ぶ、ひと思いに殺すがよいっ、化け出て呪おてやるわ!!」

 出来ることは精一杯に憎悪の念を込め視線を送ることだけだった。


「ムムッ! その目つき、まだ反省をせぬとみえる、しぶとい女よ、これでも喰らえ!」


 ホッパーの指先からヒュルヒュルと細長いものが出てくる。線虫のようにうねりを伴う有機的な動きであった。シュピーゲルで作り出した極細触手である。

「その腐った考えを持つ脳を今から正してくれる、カテーテル手術だ。」

「やっ、ヤメロー。」


 触手は蠢きながらママンダーの鼻腔内に侵入する。眼球の裏をウネウネと何かが動き通り過ぎるのを感じた。それは頭の奥底をプチプチと啄むのがわかる。意思に反して手足が痙攣する。

「ほう、初めて見るがこれが貴様の間脳の中か。おぉ、ここだここ。視床下部を刺激してエストロゲン、ダスターゲンをドバドバ出してやろう。」


 ママンダーは下腹の奥底で何かが急速に縮小する感覚をえた。胎内に超小型ブラックホールを抱えたかのようである。


 続いて恐ろしいまでの渇望感に襲われた。何日も息を止め続け一刻も早く酸素を欲する感覚だ。でも何を求めているのか自分でもわからない。


 言葉が出なかった。だが子宮や卵巣が意思に反して顫動や収縮を始める。まるで独立した生き物のように「食わせろ、早く食わせろ」と囀りながら蠢いた。

「やややややっ、めめめめめぇ、てててててぇ」


 ママンダーが出せた言葉はこれが精いっぱいであった。



 やがて収縮した胎内ブラックホールは臨界点を超えてはじけた。その後の記憶は朧げで断続的である。


 耳にするのも汚らわしい卑猥な言葉を恥じることなく叫んでいた、人では絶対に出せるはずのない獣の咆哮をあげた。自分が何をされ、そして何をしているのかわからなくなった。

 

 その後も抗争は続いたが次第に戦闘はやっつけ仕事のように適当に済まされ、お仕置きタイムに手間と時間をかけていた。


「私は憎くてこんな事をしているわけではない!1日も早くママンダーお姉さんに立ち直ってほしいから敢えて心を鬼にしているのだ。でも良い子は絶対マネしちゃダメだよ。」


 ホッパーは腰を激しくロールしながらそんな独り言を言う。


 スミレは確信した。

「絶対こいつは正義の味方じゃない。」


 さらには驚愕の事実が分かった。

 組織が財源としてスミレとホッパーの戦いを収録した映像コンテンツを有料チャンネルで配信していることであった。


 前半パートはジョッター対ホッパーの戦闘、後半はスミレのお仕置きシーンの2部構成である。


「すまん、組織の存続上仕方がなかったのだ。分かってくれ。これが結構人気シリーズでな、前半を無課金、後半パートは有料にするとかなりの売り上げが見込めるのだ。この手の完全ドキュメンタリーは世界中から需要があるのだよ。今や組織の収益は君にかかっている。ママンダーよ耐えてくれ、あっ、次回もお仕置きをよろしく頼むぞ、縫製部も張り切ってスーツを作っておるでな。」

 お仕置きタイムは既に総帥命令になっていた。


 苦しい台所事情の中、スミレだけに毎度凝ったボディスーツが新調される理由が分かった。



 お仕置きタイムが導入されて1年が過ぎた。あれほど苦痛で屈辱的であったホッパーの凌辱にもすっかり慣れてしまいママンダーの体はエロ方向に変貌して益々淫靡さが増した。


 外観だけではなく内面からもエロのオーラがだだ洩れ状態になり一部のザコーズ隊員から

「あのぉ、戦闘服の素材を変えてくれませんか、伸縮性タイツだとモッコリしちゃうのがバレバレでハズイっす。ママンダー様はエロビーム飛ばしすぎで一緒にいる自分達はツライっす。」

 などと苦情が出始めた。


 このころから状況が変わってきた。お仕置きタイムに突入するとノリノリなのはむしろママンダーでホッパーの方が圧され気味となってきたのだ。


「ウムッ、貴様いつの間にそんな技を! ひ、卑劣な、今日のところはこれで勘弁してやる。」

 捨て台詞を吐かせ退散させる回数も増え少しづつパワーバランスが変わる。


 やがて最終局面が訪れた。すでに怪人開発も休止状態となっており前半の戦闘シーンは完全省略である。いきなりのお仕置きタイムからスタートであった。

 

 そして長きにわたる抗争は意外な形で終結した。

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