第2話 将勝の独白

 月曜の朝だ。俺の通う鳳國院ほうこくいん学園はドアツードアで20分のところにある中高一貫の超名門校だ。当然生徒は金持ちの子弟が多い。


「おはよう将勝君。」


 校門前に立つ女は同じクラスの畑中小春はたなかこはるだ。

 身長167センチ、股下85センチのスレンダーな身体をネイビーブルーのブレザーとタータンチェックのスカートの制服で包んでいる。髪はショートボブだ。


 ラクロス部のATで成績は学年2位、生徒会副会長で家は代々続く財閥系、道を歩けばスカウトに声をかけられる。わかりやすいマドンナキャラだが一ミリも興味がわかない。


「昨日のあれは何?もっと効率よく戦いなさいよ。普通にやっていれば1分半は時間を短縮できたはずよ。それといつも言っているでしょ。ママンダーに気を取られすぎ、毎回胸とかじろじろ見ているのは分かっているのよ。あんたの視線は全部オペレーションルームのモニターに映し出されるんだから、」


 小春はオペレーターとして俺のサポートを任務とする女で作戦本部長畑中大作の娘だ。学園のマドンナ様だか何だか知らんが胸のない女に俺は価値を見出せない。


「ちゃんと勝ったから文句はないだろ、細かいんだよお前は、」


「勝つのは当然よ。何せ畑中精機工業の最新技術を投入した蝕型シュピーゲルを着てるんだから、偉そうな顔しないでよ。」


「うるせえ、そのありがたいシュピーゲルを装着できるのはこの世に俺一人だけだろ、バイト料も払わずにただ働きをさせといてそっちこそ偉そうな顔すんじゃねえ。」


「何よ、うちの学校の授業料を免除しているでしょ。本来だったらアンタみたいな単細胞が入れるような所じゃないのよ鳳國院は」


 そうなのだ、ヒーロー活動の交換条件として俺はスカラシップを手に入れたのだ。鳳國院に特待生として入学できたことを誰よりも喜んでくれたのはおふくろだ。その期待は裏切りたくない。


 俺は勉強はからっきしだがスポーツは得意だ。得意と言ってもそれ程大したもんじゃない。中学の時は110メートルハードルの選手だったが都大会では決勝までは残れないレベルたった。まあ人よりちょっとだけ運動ができる程度だ。


 名目はスポーツ特待の形で入学したが実情は授業料免除を見返りにジャスティス・ホッパーの装着者として自称正義の秘密機構エクリプスに雇われた。


 この妙ちくりんなシュピーゲルアーマーは誰でも着れるわけではない。

 遺伝子的親和性とやらが必要で着るだけでも100万分の1人、動くとなれば1000万分の1人、戦うとなると1億分の1人、潜在能力を引き出すともなるともう天文学的な分母になるようで適合者は過去一人しかいなかったらしい。


 俺に白羽の矢が当たったのは本当に偶然だ。冷やかし半分にこの学校のスポーツ特待枠に応募して手続きの一環としてメディカルチェックを受けた。

 その結果が学校オーナーにして理事長の畑中大作はたなかだいさくの目に留まったのだ。


 俺は拉致同然にエクリプス本部に監禁され人体実験に近い検査を受け適合者として認定されたのだ。

 実に18年ぶりの適合者とのことで、おれは有無も言わさずエクリプスの監視下に置かれジャスティス・ホッパーの装着者として戦いを強いられることになる。


 作戦本部兼オペレーションセンターはスカイツリーの地下634メートルに位置し83人の職員が働く、こいつらがホッパーの戦いを裏から支え同時に給料ももらっている。


 なのに、おれときたら全くのタダ働きだと言うのだ。作戦本部長の畑中のオッサンが言うには、


「いやぁ予算がねぇ、もうカツカツなんだわこれが。ほら、悪者退治って収益でないじゃん。何匹やっつけてもどこからもお金が出ないからねえ。感謝されるだけでその後は何も出ないのよ。この業界半分ボランティアみたいなもんだからね。一応政府の防衛予備費からいくらか補助金は出るけど施設の維持管理で精一杯、あとはグループ企業からの協賛金で何とか人件費を賄っている有様でさ、君のギャラまではとても無理なんだよ。」


 だってさ、ふざけんなよ。


「じゃあさ、こうしよう。娘を専属オペレーターにつけるよ。親の私が言うのもなんだけど、うちの小春は可愛いよ。きっと気に入る。」


 ほう、どれどれ?うーん、画像を見る限りじゃ一般受けはするかもしんないけど、ストライクゾーンからはちょっとハズレだなぁ、俺は優等生タイプよりは断然ギャルの方が好みなんだよ。やっぱ金、金の方がいい。


「ホントに予算がないんだよ。じゃあこうしよう。私の理事長権限で君の特待生入学を認めよう。授業料も免除だ。これなら実質的な報酬と言えるだろう。」


 その条件で俺は手を打った。


 初めてホッパーを見た時はマジ驚いた。子供の時にテレビで見た特撮ヒーローそのまんまだった。


 タイトで緑色のスーツに肘、膝、肩、胴体に半透明のアクアマリンのようにきれいなプロテクターがついている。肘から先と膝から下はシルバーメタリックのメカニカルなブーツとグローブだ。頭はモスグリーンのヘルメットに大きく赤い目のようなレンズがついている口元は黒くて細かい目の格子状のメッシュになっていた。


 人型ロボットのボディに昆虫っぽい頭がのっかったMCU映画の新作キャラと言われればあっさり信じてしまいそうだ。

 幼稚園の頃の俺なら間違いなく狂喜乱舞しただろう。



「娘の小春だ。この子がメインオペレーターとして君のサポートをする。この春から君と同じ鳳國院に通う。クラスも同じにしておいたから仲良くしてやってくれ。」


 なんだよ、結局この子が相棒か。うん、確かにカワイイ。が、やっぱ俺の好みからは外れている。ただの仕事上のパートナーだから彼女の容姿は大した問題じゃない。


「畑中小春です。よろしく。」


 明らかにはにかんだ様子である。俺へのファーストインプレッションはまんざらでもなさそうだ。


 ホッパーについては自重200超ととても重い、中型バイクに匹敵する重さだ。だがひとたび装着すると軽いなんてもんじゃなかった。

 体に羽が合えたように軽やかに動き回ることが出来る。


 パンチの計測値は軽く振っただけで500キロだ。本気を出せばトン超えるんじゃないのかといった勢いだ。


 これと言った特殊な兵装はついていない。敢えてあるのが腕に特殊鋼の刃物が格納されていて任意で出し入れできるくらいだ。あくまで肉弾戦を想定した造りだ。


 動力はアーマー背面裏側にあるシュピーゲル自体が内包する生体エンジンから供給される。


 そもそもシュピーゲルとは何ぞやと言うと「生きている金属、考える金属」ってところで57年前、畑中グループが敦賀原子力発電所建造の際に福井沖の海底から引き揚げた物体だが詳細は教えてもらえていない。


 驚いたのはヘルム内で確知できるネットワークシステムである。解析能力が秀逸で簡単な電磁ロック程度ならにらんだだけで解除できてしまう代物だ。

 ネットワークへの侵入も簡単で各省庁のデータベースから情報も引き出せたりする。極端な事を言えば顔を見ただけで警察の管理する運転免許証や前科前歴者リストなども閲覧可能だ。


「そんなことを勝手にさせないため、必要があればオペレーターの私が機能を制限します。さっきサーモと電磁波と超音波を併用して私の下着を透視してましたよね。」


 小春がにらんでいた。そのとおり、早速小春のパンツを透視したのだ。ショッキングピンクのすっけ透けで顔に似合わず過激なデザインだ。


「あなたの見たもの感じたものはすべて私も見たり感じたりすることが出来ます。くれぐれもいかがわしい事に利用しないでください。西郷君が使っている物は危険な兵器であるということをお忘れなく。」

 かなりオコな様子だ。


 スーツには欠点もあった。脱着は一人では難しく装着に30分はかかるし、基本は基地でしか着装出来ないとかなり使い勝手が悪い。


 一度使用すると、オーバーホールとチューニングとシステムのセットアップをその都度しなければならず、どんなに急ピッチで作業しても1日はかかるとのことだ。


 なので、連日連戦は出来ない。

 戦いの現場で「変身、とうっ、」と言うわけにはいかないのだ。

 従って現場が遠い場合は輸送ヘリで、近い場合はバイクで行くことになる。ただし装備重量270キロと身体が重いのでバイクは特注品である。ツインスパーのフレームに3500CCのV6バルブ可変型DOHC搭載のフルカウルの白いバイクで動物のサイに似ていたのでライノ号と名付けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る