第13話 番人
空間の歪みを超えると、そこは森の中であった。大地に根を張った大木が生命力を
「さて、
一人で呟くと、修太朗はあてもなく歩き始めた。
しばらく歩き続けたが、洞窟などは影も形もない。このままでは
「来い、黒夜叉」
黒夜叉を呼び出し、道を開くために構えると、
「待て、遠のくぞ」
と、声がした。
「気の荒い奴よ。大神の神木を斬り捨てて進もうとするとは……」
声のほうを向くと、一人の老人が現れた。
「我はこの神域で番人をしておる。ついてこい」
老人は先導して歩き出した。
老人の後をついて少し経つと、周囲がひらけた場所に出た。
「その切り株にでも腰かけるとよい」
そう言うと、老人はどかっと腰を下ろした。修太朗が腰をおろすのを見て、
「何のためにここに来たのだ」
と、たずねた。
修太朗が
「大抵の新たな神は現生を離れ、死してから
修太朗が事情を説明し、しづかによって導かれたことを告げると、
「大神の導きとはの……。それならば洞窟の場所まで案内してもよいが、頼みがある」
「頼みとは何でしょう?」
「簡単なことじゃ。儂を背負ってあの山の頂上まで連れて行ってくれ。そして、その間は殺生をしてはならん」
老人の言葉に従い修太朗は老人を背負った。老人は存外に軽く、鍛え上げられた肉体を持つ修太朗にとってはそれ程でもない。ただ、道中で絡みついてくる毒虫が厄介であった。手足のみならず、顔を
それでも修太朗は老人との約束を果たすべく耐えに耐え、ひたすら一途に頂上を目指していた。やがて中腹を越えて、八合目に差し掛かろうかというところで、道が途切れた。老人の指さす方に従い向かうと、一面の花畑が現れた。
「この花畑の先に進むがよい」
その通りに修太朗が進もうとすると、花が一輪揺れ動いた。その花は小さな黄色の花弁を太陽に向け一身に陽の光を浴びて成長しようとしているように見えた。大きくなればさぞかし大輪の花を咲かせるだろう。修太朗にはその花が息子のひなたのように思えてしょうがなかった。
「ご老人、ここを避けて通るとするとどうなりますか?」
「ん、避けるのか?」
「はい。避けて通りたいです。」
「避けるとすれば来た道を戻って、中腹まで出てから回り込まねばならんがそれで良いのか?」
「構いません」
「なら、こっちじゃ」
あらためて老人の指示に従い、山道を下る。老人の指示通りに中腹で山を回り込んでから再び登り始めた。
「何故、わざわざ戻ったのじゃ?」
「あの花が息子に似ているように思いました。それに、花も命あるものなら踏み込むのは殺生になるとも思いました」
「ふふふ。なるほどのう。そこの角を曲がって進むのじゃ」
角を曲がると頂上までかなりの急勾配が続いているのがわかる。
修太朗は覚悟を決めて、老人をしっかり背負いなおすとゆっくりと登り始めた。
そこから登るにつれて段々と勾配が強くなり、修太朗の息も荒くなる。ついにはほぼ直角に近い角度となり、雲の上に達していた。
「あと、少しで頂上じゃ」
と、老人が口にした瞬間背後から老人の悲鳴が聞こえてきた。
生温かい何かが修太朗の背を伝う。修太朗は慌てて老人に声を掛けた。
「ご老人、どうなされました、ご老人、ご老人」
「……すまぬ、ここにきて背を
本来なら老人を背から下して確認するところであるが、ほぼ直角に近い急勾配ではどうしようも出来ない。修太朗は力の抜けた老人を離さぬように両手に力を込めてしがみつかせ、声をかけて励まし続けた。
あと、ほんの数歩で頂上にたどり着くと思われたとき、修太朗の両手首に激痛が走った。おそらく
秀太郎の目の前に異形の昆虫が現れた。その昆虫は大きく鋭利な鎌をもち、空を飛びながら修太朗と老人に襲い掛かる。修太朗は力なく背負った老人を守るべくひたすら自分を攻撃させるように誘導した。一瞬黒夜叉を呼んで斬り捨てることも考えたが、殺生してはならないと思い、防御に徹した。
修太朗の全身が血に濡れ赤々と染まったとき、老人が口を開いた。
「よくやった。ここまででよい」
と、言って、老人は修太朗の背から飛び降りた。
修太朗は、反射的に老人に向かって飛び降り、頭を下にして飛ぶように落下し、老人を捕まえると身体を捻って反転し、腹に抱え込んだ。
「ご老人、身体を丸めてください。自分が衝撃を受けます」
修太朗が老人をかばって地面に衝突する瞬間、地面に大穴が開き、修太朗と老人は大穴に飲み込まれていった。
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