第12話 禊

 修太朗が技を会得した次の日、いつものように師匠に会おうと出かけると、しづかが現れた。

「修太朗よ。技を会得したそうだな」

「はい。おかげさまで二つも会得できました。ありがとうございます」

「師匠の無名一刀斎むめいいっとうさいは剣技の修業はもう必要ないと言っておったぞ」

「……え」

「およそ人の身で会得できる剣技は全て身に付けておるとのことだ。技を会得し、奥義に手をかけたのであるから誇るがよい」

 修太朗は一抹のさみしさを感じながら、

「では、次はどのようにすればよいでしょうか?」

 と、問いかけた。

「そなたの会得した技を体感して、何か思うことは無いか?」、

「……そうですね、現実離れしていると思います」

「その通り。その技をそなたの言う現実、地球で使うことは可能か?」

「不可能です」

「なにゆえ不可能だと断ずる?」

「物理法則が邪魔をすると思います」

「ここではその物理法則とやらは働いておらぬか?」

 ここまで言われてはたと気付く。

 この世界には空気があり、食事もできるが排泄は出来ない。ひなたを抱くと重さを感じるし、数百メートル上空に投げられて無事だった……、物理法則があっても地球と違うことは明らかであった。

「ここは我の世界。ゆえに我が嫌う不浄を排除している。物理法則とやらも必要なもののみを存在させておる」

「……はい」

「よいか、そなたの妻が存在する世界は地球と同じように物理法則が存在するぞ。ここでどれだけ技を使えても物理法則を克服せねば無意味となる」

「……」

「もし、無名一刀斎むめいいっとうさいが地球に現れたとする。技を使えると思うか?」

 ……普通に考えたら絶対に無理である。周囲数百メートルを更地にするような剣技など地球にあり得るものではない。だが、無名一刀斎むめいいっとうさいこと修太朗の師匠は神の眷属けんぞく、つまりは超常の存在、……超常の存在なら何らかの方法で技を使えるのだろうか。

 答えの出ぬまま沈黙を続ける修太朗に、しづかは、

「簡単に使うであろうな」

 と、微笑みながら断言した。

「地球でも神と呼ばれる存在が様々な奇跡を起こしているであろう。その大半はそなたの言う物理法則とやらを無視しているからこそ、奇跡と呼ばれてはおらぬか」

「確かにその通りだと思います」

「つまりは、そなたの技を地球でも使うことが可能であるということだ」

「そして、それが出来ないといくら技を身に着けても無意味ということですね」

「わかればよい。そのために必要なのは人を超えることだ」

「……人を超える」

「うむ。人という存在を超えて神にどれだけ近づくか……それが次の修行となる」

 そう言うと、しづかは軽く手を左右にゆらゆらと動かす。動かした手の動きに合わせるかのように空間が歪みだす。

「この先にみそぎの洞窟がある。その最奥に勾玉が置いてあるゆえ、その勾玉を手に入れて首にかけよ。勾玉を首に掛けたら泉につかり全身を清めるがよい。そうすれば肉を持ったまま現人神へと至ることが出来る」

 そう言うと、しづかは修太朗を歪みの向こうへ誘った。

「但し、決して、ゆめゆめ魔に堕ちてはならぬ。みそぎを終えても数々の戦いと誘惑がそなたを待つであろう」

 そう語るしづかの声を聞きながら、修太朗は歪みを抜けた。

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