第21話 土砂降りの中の後悔

「椎倉さん……くそッ……なんでだよ、なんなんだよ!!」


 彼女の足首からは、血が流れ出ていた。ワイヤーによって切断されかけ、かろうじて骨で引っ掛かったんだろう。転んだ拍子に食い込んだワイヤーが肉を捲りあげたのか、傷跡は痛々しいものだった。


 降り頻る雨が、同じ量の血液と混ざって彼女の足首に淡い赤色が滲んでいく。学校を前にして二人きり、足元を流れていくほんの少し赤い雨水に、もはや心は折れかけていた。


「……行って」


「え?」


「分かるでしょ、陶磁君。もう私、歩けないから」


「だ、だったら掴まって」


「もういいの!! だって……だって陶磁君が気づかなかったら、陶磁君がこんな目に遭ってた……」


 それは俺が言いたい台詞だった。どうしてもっと注意しなかったんだ。そう後悔しても遅い。彼女が俺のことを気遣う、嗚咽の混ざった声が息苦しかった。


「……私がこのまま死ねば、大勢の人が喜ぶんだから」


「……違う」


「そうだよ、そうすれば陶磁君の家族だって、もう狙われることもないよ。ね、だから行って? じゃないと、風邪ひいちゃうよ?」


 雨に濡れた彼女はボロボロと涙を流したまま、強気に言い張った。俺が、こんな重傷の女の子を一人雨の中置いて、家に帰る? あぁ、そうだな。それが懸命だよ。どうせ陶磁文也に、現状を打開できるような知識も経験も、異世界で得られるようなチートスキルも持ってない。あるのはただ、暗い過去と捨てきれない劣等感。


「……分かった」


 彼女を放って、その場を走り去る。小心者の俺には、そんなこと出来なかった。非力な体に鞭を打って、彼女の体を無理やり起こす。


「と、陶磁君?」


「……勘弁してよ、椎倉さん。ここで俺が見捨てたら、一生のトラウマになる。こんなのでも、一応男だから」


「……」


「無理やり起こしたけど、立てる?」


「なんとか……」


そうして彼女を立ち上がらせ、肩を組んで二人息を整える。


「……俺の家にいこう。そこで応急処置をして」


「……え? で、でも」


「いいから。このまま俺の前で死んで欲しくない。分かるだろ?」


「……分かった」


 簡易的に持っていたハンカチを縛りつけたが、すぐに雨が染み込んでダメだった。血液がどれだけ出たら死ぬだとか、そういうことに詳しくはない。けれど、急がないといけないことはわかっていた。


 二人三脚の形で、ゆっくりと確実に進んでいく。雨の中、この街は俺たち以外いなくなってしまったんじゃないかと錯覚するほど、静まり返っていた。


 そうしていつもの分かれ道が見えてきたところで。


「……やっぱり、陶磁君の家にいくのはやめよう」


「え? どうして。今更そんなこと言うなって」


「違うの。妹さんがいるなら、刺激したらまずいかな、って」


「それは……」


 彼女の言う通りだった。今の理於に彼女を近づけるリスクは高い。それに、実際甘だって何をするか分からない。でも、それならどうすれば。


「……あのね、陶磁君。実は嘘をついてたんだ」


「え?」


「私の家は、ここから少し先の森の中にあるの」


「……森って、この裏山の」


「うん。だって、分かるでしょ。私が普通の住宅地に住めなさそうなの」


 そうだ、と思わず納得してしまう。でも、それならどうして。


「……あとで、全部話すから。とにかく、私の家に行こう?」


「分かった」


 こんな状況でも、ほんの僅かだったが、下心が働くんだと分かる。彼女の家、それもおそらく一人暮らし。極限状態に近いこんな時だからなのか。彼女と肩を組んで、びしょびしょに濡れていても分かる、あの時と同じ香り。なんてことを考えながら、ふと我に返る。もうどれだけ濡れたか分からない頭を左右に振って、煩悩を消し去った。


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