第19話 土曜日の学校にて
歩きながら数十分。甘には出発前に駅前からメッセージを送ってある。そうして学校に着くまでの間、彼女には家のことを話した。
「……そっか」
「別に、椎倉さんが悪いわけじゃない」
「……でも、やっぱり、やっぱり私のせいで」
「だからって、こんなことを椎倉さんにだけ強いるのは間違ってるんだよ。それをなんとかしたくて……第三者を交えて話したらどうなるか、確認してみたかった」
駅前でも彼女に干渉できる人はいなかった。これまでの反応からイメージできるのは、とびきり恐ろしい害虫のような見た目。恐竜とか、エイリアンとか、巨大なクモとかか。それも個人個人の苦手なものに見えているとしたら、辻褄が合うような気がする。
当然だけど彼女自体は害がなくて、警察が出動するようなこともない。ただ、彼女に個人が個人のまま接することは不可能と言ってもいい。けれど、彼女を知覚している俺がいたら、第三者からはどう見えるんだろうか。要は、恐竜と当たり前にコミュニケーションを取っている知人が隣にいるなら、安心感が増すと思う。だからそれなら対話が成立するのか。それを知りたかった。
何より、甘に認めてもらえさえすれば、味方が増える。そうだ、彼女を見捨てる必要もなくなるのだから、なんとしても認めて貰わなければ。
土曜日の学校は、一部の生徒が部活動で使っているようだった。校舎の中はしんとしており、そうして一年生の教室、甘のクラスに入る。まだ甘は来ていないようだった。
「……もう来てると思ったけどな」
「あのさ、陶磁君。分かんないけど、もしかしたら帰っちゃったのかも」
「え? どうして?」
「ほら、分かったと思うけど私のことはなんとなく皆、近寄ってくるのがわかるみたいなんだ。嫌悪感みたいなのがあって、自然と離れて行っちゃう」
「……あぁ」
彼女の半径何mかに嫌悪感を覚えるようなバリアが張られている、みたいなイメージだろうか。それが近ければ近いほど、嫌悪や恐怖は強くなる。磁力にも近い気がする。
ふと窓の外を見ると、雨が降ってきた。それは一気に強さを増して、本降りになる。分厚い雲が耐えきれなくなって落ちてくるみたいに、辺りを深く濡らしていく。
屋外で活動をしていた数人はすぐに撤退していった。雨の音に隠れて、まるで学校には二人だけが存在しているみたいだった。
と、その時。スマートフォンに着信が。
「もしもし、甘か。雨だけど大丈夫か?」
「あ、ふーくん。あ、あのね……今どこにいるの?」
「え? いや、学校だけど」
「ッ! もしかして、椎倉時雨も一緒?」
甘は電話口で、妙に動揺していた。
「あぁ、そうだよ。というか、甘がそういう提案をしてくれたんじゃ」
「違うの、それは甘じゃないよ。さっきまで乗っ取られてたの」
「え? どういうことだ?」
「その、さっきスマートフォンを見たら勝手に送られてたからびっくりして。何でかはわかんない……わかんないけど、それってなんとなく良くない気がするよ。学校に呼び出した理由があるとか」
「ちょ、ちょっと待て。いったん落ち着け、何が何だかわからない」
彼女は自分が学校に呼び出したわけじゃない、と言った。それじゃあ、一体誰が? わざわざ甘を装って俺たちの動きを操ろうとしてた奴がいるってことか?
だとしたら、どうして。それは結局、彼女のせいなんだろうか。理於を傷つけようとインターフォンを鳴らした奴。学校の連中のいじめの延長と理解することもできなくはないが。
でも、本当に甘じゃないのか。甘ならそういう提案をしてくるとも思っていたから。
「お前は、甘でいいんだよな」
「うん」
「家からも出てないってことか?」
「そう。だって、理於ちゃん置いておけないでしょ」
「……確かに」
甘の言うことはもっともだった。だって、俺もそう思ったから。だとすれば、やはりここに来させられたのは、誰かの思惑? 先のメッセージは、甘ではない別の誰か?
ずっと話をしていたから、彼女が不安そうにこちらを見ていた。
さて、どこから説明したものか。そう思った瞬間——
椎倉さんの左側、教室の後ろにある一枚の黒板がぐらっと揺れたような気がした。
「あ、危ないッ!!!」
「え、きゃああ!!」
バン、バァアアアン!!!
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