第18話 デート


 好きな人とのデート。夢に見たような恋人同士のやり取りに頭がショートしてしまいそうで、結局そのまま流されるように展覧会場まで来てしまった。


「……すごい、あの武将の刀まである」


 駅前の地下にあるイベントスペースには色々な刀が置いてあった。それこそ日本刀からアニメやゲームで見るような刀、剣なんかも飾られている。


 そういえば最近、その手のアニメも増えてきたような気がする。確かに馴染み深い武器で、俺だって何度も憧れた。周りとそれとなく確認すると、もっとアニメ好きの男児や歴史付きのご年配の方が多いのかと思えば、女性もちらほら見かけた。剣は男の憧れ、なんてとっくに古いんだと気付かされる。


「こうやってみると色々あるんだな」


「そうそう。でも……正直言って、私ミーハーなんだけどね。刀について特別詳しい、とかじゃなくて。ただこれを見てると安心するって言うか」


 彼女は少し落ち着いた様子でそう言ったが、目の色は変わっていなかった。次々と見て回りながら、軽く腕を引っ張られて次のコーナーへ。悪い気はしなかったし、彼女の意外な一面が見られて俺としては満足だった。


 ただ、ふと頭を過ぎる。痛みが引いていても、忘れる事はできない。この瞬間にも甘は家に来ているだろうし、後で問い質されればなんて答えよう。まあ遠隔で監視されてるわけでもなし、適当に嘘をついておいても平気だとは思うが……


 理於のこともあるし、流石にせめて昼には解散しよう。そう決意をして、一通り回り終わって休憩スペースで一息つく。彼女が何か飲もう、と自販機を指差して、慌てて俺が買いに行った。そういう所はまだまだ理想の男とは程遠い。


「ごめんね、ずっと連れ回しちゃって。飲み物もありがとう」


「ううん、全然。意外と見応えあったし、楽しかった」


「本当? それならよかった」


「それに、珍しい椎倉さんも見られたし」


「え? そんなの別に見たって面白くないでしょ?」


 彼女の言葉に、言葉が詰まる。面白いっていうか、知りたい。正体不明の呪いを抱える彼女のことを、もっともっと知りたいと思って。


「……刀はなんで好きなんだっけ、椎倉さん。確か昔からとかって」


「あ、うん」


 少し強引な話題転換にも彼女は乗ってくれた。


「子供の頃に見たドキュメンタリーかな。刀鍛冶の人が鉄から焼き入れをしたり、叩いたり冷やしたりするのを見て、そうやって作るんだ。って思ってから、刀は斬るためだけものじゃないって聞いて、驚いたの」


「そうなの?」


「もちろん、基本は斬るために生まれたものだけど、作る人によって使う意図や形状、工程、正解がどれも違う。そうやって仕上がった完成品が、芸術品として残ってるのってすごいよね。それを知る順序が逆だった私にとって、昔は武器として使われていたってことが、子供の頃は衝撃だった」


「芸術品、か。確かに、そうかも」


 彼女は自分のことをミーハーだと言っていたが、十分に剣が好きだってことが伝わるくらい、知識を持ってた。その話に純粋に共感して、自然と頷いてしまう。


「……私、一人っ子でね。よく、お父さんの書斎とかに入っていろんな本を読んでたの。寂しくて、どうしようもならないなって思ったとき、その本の主人公が女性みたいな細い人が剣士だったって話を聞いて、なんとなく勇気を貰えた。その後に刀鍛冶の話を聞いて、この人本に出てきた剣作ってる! って、そこから少しずつ具体的に好きになって」


 辺りはまだ明るい。自動販売機があって、お洒落なベンチが四つほど備え付けられているここには、俺たち以外誰も居なかった。

 

 相変わらず彼女の横顔は美しかった。その度に、胸が疼く。諦めならなければいけないのかと思うほど、内心で唇を噛む。けれど今は少しでも、これが最後なら出来るだけ知りたいからと、彼女の言葉に耳を傾ける。


「って、当たり前だけど別に人を斬りたいとかじゃないんだよ? でも、私の中では特別だった。実際に持ったこともないけど、剣士になった自分を想像すると、落ち着くの」


「……そういうことだったんだ」


「別に面白くもない話だったでしょ?」


「いいや、椎倉さんのルーツが分かって嬉しい」


 その言葉通り、彼女のことがまたひとつ知れた。何度思い返してみても、今は彼女と二人きりで休日を過ごしている。デートだ。それだけで舞い上がるはずなのに、どうして。


「あ、あの椎倉さん」


「うん?」


「非常に言いづらいんだけど……」


 彼女は不思議そうな顔で俺の言葉を待っていた。彼女はガッカリするだろうか。そんな顔は見たくない。いや、けれどガッカリしなかったとしても嫌だ。


「用は済んだから帰りましょう。だって私たち付き合ってるわけでもないしね」


 ……なんて言われた時には、立ち直れるかどうか分からない。だが、考えていても仕方ないと覚悟を決めたその時だった。ポケットに入れていたスマートフォンが連続で通知を受け取る。誰かから電話なのかと、思わず画面を確認して。


「ちょ、ちょっとごめん、椎倉さん」


「うん、大丈夫」


「……甘?」


 それは甘からのメッセージだった。


『椎倉時雨の件について甘も一緒に話したい。ふーくんは優しいから多分断れないでしょ?』

『学校に行くから甘の教室に来て』

『そこで普通に話が出来たらこれからも普通に過ごせるかもしれないし』

『一緒にいるなら椎倉時雨を連れてきて』


 そんなメッセージが連投されていた。そして写真がアップされる。


「ッ……!! なにやってんだよあいつは……」


 その写真は、何故か玄関先でインターフォンを押そうとする黒フードの人間を撮影したものだった。別の画角からの写真だと、今まさにインターフォンを押そうとしているところ。部屋の内外から撮影しているのか。


『さっき知らない人から届いたよ? 理於ちゃんそれで具合悪いんだ』

『インターフォンはさっき電源切ったから平気』

『ふーくんが来てくれるなら甘もこれからいくね』


 彼女のアカウントから次々とメッセージが送られてきて、返信する間もない。しかし、また彼女を淘汰しようとする側が動いてきていることは確かだった。彼女とこうしてデートをしている間も、彼女が憎くて嫌で嫌で仕方ない奴が、何を勘違いしたのか俺まで淘汰したいんだろう。


 苛立って、甘のことを責めても意味がないことは理解してる。そんなのただの八つ当たりだって。でも、だからって理於を置いてくる? そんなの危険すぎるだろ。いや、確かに二人で家に閉じこもっていて解決することでもない。これ以上手が及ぶなら警察に行くとか。


 そんな様子を見ていた彼女は、何か普通でない状況を悟ってくれていたらしい。


「だ、大丈夫? お家のことで何かあったとか?」


「……まあ、そんなところ。椎倉さん。その件で、一つお願いがあるんだ」


「お願い?」


「今日このまま、学校に行ってもいい?」


「え? 別に、構わないけど」


「ありがとう……説明は行きながら話すよ」


 悩んだ結果、彼女には事の経緯を簡単に話すことにした。


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