第14話 甘
「ただいま」
自宅に帰ると、珍しく鍵が掛かっていた。インターフォンを鳴らすと大抵先に帰ってる理於が開けてくれるんだけどな。
そう思っていたら、背後から肩を叩かれた。
「わ!! って、なんだよ、甘か」
「ふーくん、今日も女の子と帰り?」
「え、あぁいや、まあ」
先日と同じ、彼女の問い詰め。甘ってこんなキャラだったかなと思いながら。
「……誰?」
「だ、誰って。だから転校生の」
「椎倉時雨、って人?」
「甘、名前知ってるのか」
「有名だよ、ヤバイ人が先輩にいるって。それで、もしかしたらって調べてたの」
ヤバイ人、ね。甘にまでそう言われると、凹んでしまう。けれど今の俺には強い心の支えがあった。確かに彼女と一緒に帰ってきたし、周りから色々言われようとも、俺は今幸せの絶頂にある。
「転校生で結構な美少女だからな、そりゃ色々言われもするよ。そんな噂気にすることないんじゃないか」
「美少女、噂……ねぇ、ふーくんはその人と何をしてるの? 本当にいろいろ教えてるだけ?」
「何をしてるってなぁ……あぁもう、甘だからいいか」
正直取り繕うのも面倒だった。甘は昔から優しさの権化みたいな存在だ。何があったって見たことない人間を悪くいうことはないだろう。
「正直、仲良くしてるよ。それでまあ、これは理於には内緒にして欲しいんだが……明日二人でデ……んん。町の案内をすることになった。まあこの辺は行く所もいろいろあるからな。転校してきた人には迷うこともあるだろうし」
流石に苦しい言い訳かと思ったが、甘なら言いくるめられるかもしれない。その望みに掛けた所、彼女は何も言ってこない。
『ふーくんはやっぱり優しいねぇ。あ、そうだ。それなら二人で食べれるように、お弁当作ってあげようか? あ、でも女の子と二人でお出かけってことはデートみたいな感じだから、余計なお世話かな……』
みたいな回答が、俺のイメージ。なんだかんだ最終的には甘も応援してくれて、その外堀を埋めることで理於からの冷たい目も回避できるという寸法だ。
が、いつまでたっても甘からの同意がない。それどころか、ロボットの電源が落ちたみたいに、彼女がフリーズして動かなくなってしまった。
「お、おーい、甘? どうした?」
「……メ」
「ん?」
「ダメ。許さない」
「あ、え?」
「ふーくん、会わないで。ダメだよ、会っちゃ。椎倉時雨は、ふーくんに悪い影響しか与えない」
「い、いや、なんでそうなるんだよ。第一会ったことないだろ。なのになんでそんなことが分かるんだ」
「分かるよ、ふーくんがずっと、その人の匂いさせてたから。ずっと調べてた。けど、寄りによってあの人に近づいたのはどうして? それが甘には分からないの、ねぇ。ふーくん?」
これまでに見たことのないような形相で、甘がじりじりと詰め寄ってくる。玄関扉がつっかえて、彼女の異常な様子から一度家の中で話をしようと。
「ま、待て。とりあえず落ち着こう、甘。家の中で話しをしよう、な?」
「……」
鍵を開けて扉を開けたまま家の中に入れようとするが、甘は玄関先から動かない。
「……彼女の何が気に入らないんだ?」
「それは甘が聞きたいよ、ふーくん。どうしてあんなのを?」
甘の表情は、十郎のそれと似たところがあった。恐ろしい何かを想像する目。けれど十郎との違いは、そこに怒りだとか、淘汰しようとする意思。あぁそうだ、赤西の必死の形相に近いものを感じる。
「……彼女は何も悪いことをしてない」
「だからって、わざわざ選ぶ必要はないよ。ふーくんは優しいから。もし、もしふーくんがあの人に何か脅されてるなら」
「そんなこと、するわけないだろ!」
思わず声を荒げてしまう。それだけで甘はいつも泣いていた。だからしまった、と後悔してしまうものの、今日の甘は泣くことも、動揺もしなかった。それどころか何かを覚悟したかのように俺を押しやって家の中へ入ってきた。玄関扉が遅れて閉まる。
「……女の子なら誰でもいいの、ふーくん」
「お、おい、甘」
そのまま無理な体勢でゆっくりとタックルを喰らったみたいになって、ちょうど玄関先に押し倒されてしまう。
幼馴染で時々女子として意識してきた程度には、甘のルックスは魅力的だった。椎倉さんとは違う、甘いルックス、小柄で痩せ型なのに、少しだけ肉付きを感じる。
天然で甘えん坊、泣き虫の甘が今、冷たい目をして俺を押し倒している。別に邪な気持ちはないが、明かりの付いていない玄関で、俺は動揺していた。
「誰でもいいわけ、ないだろ」
「でも、椎倉時雨に手を出したのは、そういう意味じゃないの?」
「な、何言って」
「……ふーくんのことだもん。ずっと前から分かってたよ? いつもは二次元の女の子が好きだけど、三次元の女の子にだって興味があることも。甘のことだって、ちょっとは気にしてくれてたでしょ?」
「あ、い、いや」
違う、こんな甘知らない。というか、なんで俺は抵抗しない。二次元的な嗜好で言えば、自称Sな俺が、なんでこんな馬乗りにされて言葉責めにあってるんだ。
けれど、豹変した甘はどこか俺をドキドキさせていた。頭にちらつく椎倉さんの笑顔。別に俺は性欲だけで判断したわけじゃない。わけじゃないのに、邪な気持ちがないかと言われれば、頷くまで時間がかかってしまう童貞の性。
するとようやく甘はしおらしくなって、ぺたんと俺の胸に倒れ込んできた。ただ、それはそれで俺の理性が動揺し始める。何かが当たってしまうだろ。
甘は上目遣いに囁いた。
「……ふーくん、甘じゃ嫌?」
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