第13話 想定外の告白
彼女はまだピンときてない。そりゃそうだろ。彼女から見れば俺を含めて全員が同じ、出会って数日のクラスメイトでしかない。特別だなんて、裏で何度も再販してるグッズに貼られた、限定盤ってシールと同じ価値しかない。
「俺は椎倉さんを、助けたい。それは俺がしたいことで、俺のエゴだ」
俺は彼女に向かって必死に訴えた。それは俺自身に説教をしてるみたいだった。こうやって取り繕うんじゃなくて、本音を言って懺悔すれば、楽かもしれない。
『椎倉さん。俺はどうしようもない人間で、君の言う通り、君との距離が縮まったのは単なる偶然。
君が嫌われてるのは、何故かわからないけれど、俺には君がとびきり可愛くて、ずっと聞いていたい声で、仕草も全て愛おしい、俺のドストライクの美少女だ。そう見えてる。それなら俺だけが君を助けてあげられると思った。俺だけが君の特別になれると本気で思ってた。
……けど、確かにこの間あったような怪我とか、暴言みたいな煽りを受けたくない。この俺は平和に生きたいんだ。
だから、悪いけどこの辺で降りるよ。君との関係を白紙に戻そう。どうせ君も俺のこと、ただのクラスメイトとしか見てないんだから。どうせこんな俺のこと、特別な存在として見てくれないんだろう?』
——なんて、そうやっていじけて有耶無耶にすれば、彼女も納得するんだろう。きっと失望すらしない。だって彼女は、独りに慣れてるんだから。
俺だって元々、さっき思ったのが本音。どうしようもない、ちっぽけな人間なんだから。優柔不断で意思薄弱、平凡な陰キャラオタク。それでもまた、先週までの気楽な俺に戻って、平々凡々に過ごすのもいいだろ。
でも。
……主人公になりたいよ。出来ることなら、君をヒロインにした物語の。ベタだって分かってるけど。そんなの叶いっこないって思ってるけど。
「じゃあなんで椎倉さんを特別扱いしてるかって」
彼女は俺の目を見据えたまま、心配そうにしていた。俺が求めてるのは、その目じゃない。その哀れむような目が、嫌で嫌で仕方なかった。被害妄想だって言われたって、コンプレックスなんだから仕方ない。
俺は平凡に生きたかった。失うのが怖いから。だけど、ここで逃げたらもう今後、女子とはコミニュケーションが取れない。誰かがそんなことを言っていた。
画面の中の主人公に憧れて、可愛いヒロインとハッピーエンドを迎えるアニメに憧れたり、嫉妬してパソコンを叩いたりもした。どうせ自分にはこんな現実、起こりっこないって。
でも、初めて掴んだチャンスなんだ。初めて自分で勇気を出せたんだ。
自分を押し殺して、自分も推しも守れないのは、もう嫌だから。
「……好きだから。椎倉さんが、好きなんだよ!!」
思わず出たセリフの声量は、想像の五倍小さかった。ビブラートが掛かったみたいな、震えながらの告白。
——え? 俺、今なんて?
頭がショートしたようで、一瞬何を言ったのか分からなかった。少しずつ視界が戻ってくるみたいに、記憶が蘇ってくる。そうして目の前に広がる景色と合わせて、やってしまったと理解した。声は情けなかったが、ちゃんとセリフとしては言えている。
この気持ちを、投げてしまった。届いてしまった。いや、いやいや。なんでこのタイミングで告白なんてしちゃったんだよ。どうせ無理なのに。無駄なのに。
後悔が無限回繰り返される。逃げ出したい。けれど、心の奥底で怯え泣き出しながらも、彼女の答えが知りたい。
恐る恐る、彼女の表情を確認した。どれくらい経った分からなかったが、彼女は先の表情のまま。
「……私のことが。陶磁君、が?」
彼女もまた呟くように発した。少しずつ思い込むような表情に変わって、俯き気味でお互い目を合わせないような状態だった。
屋上は澄んだ青空に照らされ、静かに風が流れていた。その間の沈黙は、想像より重苦しいものじゃない。けれど、永遠のように長く感じた。
「えっと……」
彼女がようやくこちらを見て、俺は思わずびくっとして向き直る。緊張と興奮がピークを超えて、また少しトリップしていたらしい。そうだ、結局俺は言っただけで満足してしまったんだ。その先は、えぇと。
「あ、いや、だからその。すぐに付き合ってくれ、とかじゃなくて」
「う、うん」
「……そういうのが理由だから、知って欲しかった。……ってのと!」
頭の中はぐしゃぐしゃ。陰キャが告白するとこうなるのか、ということを掲示板かどこかに書き込んで共有したい。けれどもう、背に腹は変えられない。
「だから俺は、苦じゃない。椎倉さんに……味方したい理由があるってことだから、出来たら頼って欲しい」
「……うん。そういう、ことだね」
彼女の反応は、想像以上によそよそしいというか、都合よく解釈すれば照れているように見えた。正直、初対面から抱きついてくるようなタイプだったから、告白なんて慣れてて、へー?私のこと好きでいてくれたんだ?くらい言われることも覚悟してたのに。
今はほんのり顔を赤くして、何か考えている様子だった。それは先までの暗い表情と違って、うーんと眉を顰めてちらちらとこちらを覗き込んでいた。
と、そんなタイミングで予鈴が鳴った。お互いそれで我に返ったのか、俺は手元のお弁当の残りを掻き込んで、手を合わせる。彼女もまた弁当を片付けてから、ふっとこっちを見て。
「……ごめん、ちょっとびっくりしちゃって。でも、嬉しい。嬉しい方が大きいから、ありがとう」
「あぁ、いや。その、返事とかそういうのは気にしなくていいから」
「ううん、それはその……タイミングを見て、ちゃんと言うから。だから、少しだけ待って欲しいな」
「あ、い、いや。それは、もちろん」
正直、断られたらどうしようは常にあった。けれど、保留されるのもまたこそばゆい。けれど仕方ない。本当ならもう少し温めてから告白すればよかったんだ。そもそも告白なんて時代遅れだとか聞いたこともあったし、俺にしては時期尚早だと思っていたので、これはこれで結果オーライだ。
少し気まずくなったからか、彼女から先に屋上を出ていった。そのまま教室に行けば、あとは放課後だ。ふっと思い出したように、階段を降りようとする彼女の背中に声をかけて。
「あ、し、椎倉さん」
「え?」
「お弁当、美味しかった」
洗って返すから。そう言ってお弁当を掲げると、彼女は階段の踊り場ではにかんだ。その後で少しだけ上目遣いで、
「……今日も一緒に帰ってくれるんだよね?」
「も、もちろん!」
つい大きい声を出すと、今度は彼女が吹き出したみたいに軽く笑って見せた。その笑顔に俺の心は釘付けにされていて、午後の授業なんてまともに頭に入ってこなかった。
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