第12話 手作り弁当の味
彼女が転校してきて五日目の金曜日。午前中の授業が終わって休み時間。心なしか彼女への干渉が減ったように思えた。
「今日は昨日より何もされなかったね」
「よかった。毎日これじゃ、まともに授業も受けれないよね」
「ううん、私はいいんだけど」
「よくないよ。折角転校してきたのにさ」
そんな話をしながら昨日と同じようにお昼を食べようと、屋上でカバンからパンを取り出す。と、そこで思い出した。俺としたことが。
「あ、お昼ご飯買ってきちゃった?」
「あぁいや、ごめん! すっかり忘れてた。大丈夫、これ明日の朝飯にするから」
「そう? 無理しなくても……」
「いや、食べるよ! 食べさせてください!」
念願の手作り弁当。昔理於に頼んでみたことがあったが、あいつ料理だけは苦手なんだよなぁ。そういうわけで実質初めて。その相手が恋人ではない、のが妙にこそばゆかったけれど。ここで食べなかったら一生後悔する。というか、これを逃したらこれから先、美少女の手作り弁当なんて食べられるか分からない。
弁当を受け取って、その彩りに感動する。シンプルな卵焼きにミニトマト、ほうれん草のお浸しにきんぴらごぼうと、定番の唐揚げ。ごましおの掛かったご飯と梅干し。言って仕舞えば何の変哲もないお弁当。けれど、王道こそが至高だ。料理にあまり詳しくない俺が見ても、それなりに料理が出来る人が作った弁当なのが分かる。
「や、やばい……めっちゃ美味そうだ」
「そ、そう? 口に合うといいけど」
「絶対大丈夫だと思う。それじゃ、頂きます」
彼女が緊張して見守る中、俺はそれ以上に緊張しながら箸を取った。そして手始めに目についたおかずとご飯を口に放り込む。
もぐもぐ頬張って飲み込むまで、彼女の視線が眩しかった。
「ど、どう……大丈夫?」
「うん、めっちゃ美味しいよ。これ、本当にもらっていいんだよね?」
「あ、良かったぁ。うん、もちろん」
「すごいよ。俺の好きなおかずばっかりだし。すごく手も込んでて」
「そんな。ごめんね、何が好きか分からなかったから。大体いつも決まったメニューだから、手抜きだよ」
昨日の不安は一転して、幸せだった。屋上で二人、彼女の弁当を食べる。それだけ見れば、理想の学校生活だ。これまでを振り返ってみても、こんな穏やかで満たされた時間はなかったから。
「ううん、俺は結構なんでも食べるから。椎倉さんが作ってくれたってだけで、価値があるし」
「何それ、大袈裟だよ」
本当だって、なんて笑いながらおかずとご飯を交互に口に運ぶ。あぁ、誰かに自慢したい。けれど、元々そんな友達もいなければ、十郎でさえあの様子だ。彼女からお弁当をもらったんだ、なんて言ったらよく食べられるね、なんて言いかねない。お互いに不愉快だから、もういっそのこと彼女とのことは二人だけの秘密にしよう。
そうしてお弁当と至福の時間を味わっていたが、彼女はどうも暗い顔をしていた。それは思い当たる節ばかりだったけれど、一体何が気になっているのか。それを聞こうとすると、彼女の方から。
「私、陶磁君にしてもらうばっかりで、何もできてないよね」
「え? いや、全然」
「どうして? だって、わざわざ私に構ってもらって、こうして毎日付き合わせてる」
昨日の帰りの再現だった。折角心に広がった青空に分厚い雲が掛かってきてしまう。彼女に取って自分は、一生徒なんだと思う。感謝はされていても、心から寄りかかる存在ではない。このお弁当も、単なるお礼の一つであって、愛情表現じゃない。それは昨日、嫌と言うほど思い知った。
そう思うと、少しだけお弁当の表面が乾いてきたような気がしてしまう。
「……俺はそうは思わない」
「それは、陶磁君は人が良いんだよ。ううん、優しくて真面目」
「それは俺自身分からないけどさ。いじめられてる人がいて、見て見ぬ振りとかできないし」
それは嘘かもしれないと、口に出してから思った。今までの自分は、そんなことしてこなかったし、出来なかった。ただ今は、彼女に弁明したくて必死だった。ちょっとでも自分は特別だって思って欲しいから。自分は、特別な思いで彼女と向き合っているのだと、本当は言いたかったから。
「そうだよね。でも、それだけなら、私が陶磁君の優しさに甘えちゃってる」
「そんなこと」
「私は私が勝手に嫌われてるんだよ。陶磁君は偶然、私を嫌わないでくれてるけど」
彼女に言われて、心に重りを付けられたみたいに苦しくなる。まるで彼女から突き放されていくような心地。なんで、どうして、今更距離を取るみたいなことを言うんだ。
そんな偶然、俺が一番よくわかってるのに。
「こんなこと言いたくないんだけどね。これ以上迷惑を掛けるのは、私も嫌なんだ……。折角助けてくれた陶磁君だからこそ、酷い目にあって欲しくないの」
「違う」
「え?」
彼女の言葉に被せるように、否定する。彼女の言葉が、気遣いが、堪らなく心を黒く染めていくのが分かった。悪口や陰口を言われていたのを知ったときの感覚。ゾワゾワと虫が体に這いずり回ってくるみたいな、得体の知れない焦燥感。
「……違うんだよ、椎倉さん」
やめてくれ。これ以上、俺の劣等感を掘り起こさないでくれよ。君が嫌われてるってことに便乗して手を差し伸べた俺を、救世主みたいに言わないでくれ。いいや、自分でそうあろうとしたんだ。俺だけが君のことを救える、って。だから、それを否定するのはやめてくれ。やっと見つけた俺の居場所を、奪わないで。
垂らされた蜘蛛の糸を切られてしまいそうになって、俺は堪らず命乞いをした。彼女に見捨てられたくなくて、言うつもりのない本音が溢れてしまった。
「特別扱いをしてるのは、俺の方だから」
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