第6話 妹と幼馴染と異臭

「……ただいま」


「おかえりー……って、どしたのお兄ちゃん」


「え? いや、どうもしないけど?」


「なんか疲れてそうだったから。てか、ちょっと待って」


「お、おいなんだよ理於」


 妹の理於は3つ下の中学二年。年齢より小柄で、たまに小学生扱いされるのを気にしているが、案外家のこととかは出来る。頭もいいし、俺よりずっと優秀……父親に似てしまったんだろう。


 帰るなりソファーに座っていた妹が急に俺の服を匂い出した。


「……なんか、めっちゃ嫌な臭いするけど、何かした?」


「え?」


「何の臭いだろうこれ……魚、果物? え、ゴミ掃除でもしてきたのお兄ちゃん?」


「いや、してきてないけど。てか、そんな匂いするか?」


 自分で嗅いでみても、そんな臭いはしない。何かしたかといえば、そりゃ、何かはしたんだけど。


 と、そこでまた教室での出来事が思い返される。まさか、彼女の匂いや存在は、学校の外でも嫌われるのか?


「とにかく、さっさとお風呂入っちゃって。なんか気持ち悪いから」


「あぁ、わかったわかった。てか、今日の夕飯は?」


「なんか適当に〜。あ、そういえばさっき甘ちゃん来てたよ。夕食のお裾分け、いつも通り冷蔵庫」


「あ、マジか。したらちょっとお礼言ってくる」


「んー、よろしく。って、そのまま行く気? 臭い言われるんじゃ……」


「平気だろ、お礼だけだからさ」


 そう言って家を出る。徒歩1分の所に幼なじみの甘の家があった。


 取り柄のない自分に自慢できる所があれば、それはこの幼なじみの存在だ。


 いや、別に特別な関係とかではないけど……妹がいて、幼なじみがいて、男としては羨望の眼差しポジションだと、中学の時くらいに自慢していた気がする。


 その昔家で勉強を教えている時に二人きりになって、あわよくば……なんて、安直なラッキースケベを想像していたこともあった。それが実際に起こったとして、便乗して手を出せるかといえば、そんな勇気があるわけもない。


 そして現実ここまで何もないが、一個だけ年下の甘は昔からふわふわしていて、二人目の妹みたいな存在だった。むしろ、理於の方がお姉さんみたいに振る舞っていることもあって、あの二人はほとんど友達みたいなものだ。


 高校に上がってからはあまり絡むことも無くなったが、こうして時折お裾分けを貰うことがある。両親のいない俺たちを気遣って、甘も甘の両親も優しくしてくれている。


「あ、俺です。文也です。お裾分けのお礼に」


 インターフォン越しに、甘の母親の声が聞こえた。わざわざいいのに、なんて言いながら甘を呼んでくれている。


 しばらくして玄関が開くと、甘が軽い足取りで玄関先まで。


「ふーくん、今帰ってきたの? お礼なんていいのに」


「そういうわけにもいかないだろ。おばさんにもいつもお世話になってるし」


「ふーくんはお家のことで大変なのはもちろんだけど、理於ちゃんも勉強とか大変だろうし、ご飯のことくらいいつでも言ってね?」


「あぁ、助かってるよ。ありがとな」


 それじゃあ、と帰ろうとした時、ふっと彼女が近づいてきた。彼女までそっと服を嗅ぐようにしてきたので、思わずドキッとしてしまう。


「……何か、変な匂いするね」


「え? あぁ、いや。まあなんだ、ちょっと変な匂いが付いちゃったんだよ」


「ふーん……」


 理於の言う通りだった。不潔な男だと思われるのは避けたかったので、これはしまったと思いながら。


 それ以上彼女は何も言うことなく、手を離した。


「……女の子?」


「え?」


「あ、ううん。何でもない。じゃあね、ふーくん」


「あ、おう。おやすみ」


 そう言ってから軽く手を振って、その場を後にする。何か彼女の様子がおかしいような気がしたが、多分気のせいだろう。いや、思った以上に服の匂いが気になったのか。やっぱり女子の方がそういうの敏感だったりするのか……


 別れ際に甘が見せた表情がいつもとは違う気がしたものの、昔から甘えたがりの世話焼きだから、そんなこともあるだろうと思って帰宅する。


「はぁ、やっぱり甘ちゃん家の肉じゃが最高」


「美味いよな。下手な定食屋より」


「全然ッ! むしろ甘ちゃん家の方がプロより美味しいと思うよ」


「それはなんか、おふくろの味みたいな補正じゃないのか」


「じゃあお兄ちゃんはこのレベルの肉じゃがが作れるんですか」


「やれば出来るかもしれない」


「そういうこと言う人って大体出来ないから」


「お前に言われたくない」


 二人でいつも通りの会話をしながらお裾分けを平らげて、平和にその日が終了する。


 風呂にも入って、今日はいつもより入念に身体を洗った。特別な意図はない。ないが、仮にも美少女から抱きつかれた後だ。明日も一緒に帰るってことは、そりゃまあ、可能性は考えておいた方がいいし。


 というか待て。むしろ妙な興奮状態が続いたせいで、俺の汗臭さが災いしたんじゃないのか? だとしたら理於はともかく、甘には不味いことをしたな……

 そんな反省をしながらも、やはり思い出すのは彼女のことだった。


「……やばいな。ポーカーフェイス保てるか、俺」


 ヲタクだった時の熱が、好きなものへ懸ける想いが再燃する。陰キャラで元ヲタクで……まあ一応その、童貞としては、仕方ないことなんだよ。あの程度でも、惚れてしまう。そうだ。今思い出しても、もう彼女のことは推しになっていた。


「付き合えるなんて都合のいい展開は想像してないけど……」


 万が一そうであるなら、俺はどうなるんだろう。彼女と釣り合うんだろうか。ちょっとしたことでヲタクだった時の一面が垣間見えたり、頼りない男だってことがバレたりして、結局長続きしない気がする。


 柔らかかったな、手の感触。それに、少しだけ当たったような気もする。スタイルもいいし、顔はもちろん完璧だ。唇だって……


「……寝よ」


 だめだ。これ以上妄想すると、あらぬ方向に行ってしまう。そう思って寝入ろうと思った時点で、毛布を抱きしめていた。違う、普通に寝るんだ。平常心。余計なことを考えるな。


 結局そんなことをしていて、翌日は睡眠不足のまま学校に着いた。

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