第7話 椎倉時雨という人

「おはよう……」


「おはおは、フミヤン。って、どしたんその顔。寝不足? あ、もしかして徹夜で見てくれたん?」


「あぁいや、まだ見てないよ、悪いけど」


「なーんだ。でも、それなら何故に徹夜? 興奮することでも有ったの?」


「……まあ」


「えっ!? ちょ、マジ! ってことはもしかしてあれですか。お勧めの新しいエロゲとか……」


「……ある意味、それに近いかもしれないけど」


 十郎と盛り上がっていると、ちょうどそこに彼女が登校してきた。もしかしたら昨日のは何かの見間違いだったのかと期待したが、すぐに教室は凍り付いた。なんだろう、彼女は魔法使いとかなのか。それとも魔女なのか。


「……そういやあのアニメって、魔法少女系だったよな」


「え? あ、ご、ごめん聞いてなかったよ。あぁ、アニメ! そうだよ、魔法少女レイサたん」


 十郎は俺を隔てて自分の席に座る彼女の姿を見て、やはり怯えているみたいだった。いつだったか、教室の中に大きなスズメバチが入ってきたことがある。その時も十郎は居ても立っても居られない表情で、ハチが近づく度に声を上げていた。授業なんかには集中出来なくなるのは俺も同じだったが、今の十郎の反応はその時に近い。出来るだけ彼女が視界に入らないようにしているようだった。


「なんか、周りに影響与える能力を持った魔法使いとか、魔女とか、そんな設定なかったかなーって」


「影響……? パッシブスキル的な? それだけならいくらでも過去作品漁ればあるだろうけど、レイサたんに出てくるキャラにはないかなぁ。あ、でも呪いとかはあるかも」


「呪い?」


「そそ。関わった人が不幸になる呪いとか、ベタじゃんね。でもこれが切ないんだ〜」


「呪いねぇ……」


 彼女が周りから嫌われる呪い? そんな中途半端な嫌がらせをしたって、何になるんだ。辻褄は合わせられても、核心に迫るような話じゃない。流石にアニメの世界をごっちゃにするのは違うよな。

 

 そんな話をしていると、ホームルームが始まった。依然、彼女が嫌われている以外は変わらない日常だった。



 最後の授業が終わって、散り散りに下校していく。


「椎倉さん、今日もこのまま」


「ごめんね、陶磁君。今日はやっぱり、私一人で帰るから」


「え? あ、わ、分かった」


 彼女は淡々と業務的にそう言って、カバンを持って足早に教室を出て行った。俺は一人ポツンと教室に置き去りにされる。

 

 今日は一言も喋れていない。お昼に話しかけようと思ったが、中庭にも姿を見せなかった。


 何か怒らせてしまっただろうか。それとも、彼女が気を遣っているのだろうか。もしくは、昨日の匂いが原因? いずれにせよ、一緒に帰ることを断られたことが想像以上にショックで、暫く学校の中をウロウロ彷徨っていた。


 彼女の原因、急な心境の変化。やっぱりこれは俺の妄想なのか。


「……なんだ?」


 教室に戻ってくると、もう皆下校していた。ふと彼女の机を見ると、何か本のようなものが見えた。申し訳ないと思いながら、気づけば手にとっていた。


「日本の、剣豪……」


 正直、彼女らしくないと思った。けれどそれと同時に、自分はまだ彼女のことを、何も知らない。他のクラスメイトだって、彼女のことを何も知らないんだ。それなのにこんな風に無視をして、蔑ろに扱うのは、間違っている。

 彼女は剣が好きなのだろうか。剣豪が好きなのか、それとも歴史好きなのか。もっといろんなことが知りたいと思ったが、自宅も連絡先も知らない。


 次の日に聞いてみよう。心に強く決めた。


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