第5話 青天の霹靂
そうして話も途切れ途切れに、気づけばもうすぐ自宅の方だ。というか、ここまでの道のりは自分と同じだったのか。
「椎倉さん、今更だけど家こっちで合ってた?」
「うん、ここからずっと真っ直ぐ」
「それならよかった」
「陶磁君はもうすぐ?」
「あ、まあそんな感じ」
「そっか。ありがとう、付き合ってくれて」
「い、いや、別にこれくらい。むしろこちらこそ」
「……実はね。私、ここに転校してきた理由があるの」
「え?」
彼女はそう言って立ち止まった。少し考えてから、クイズを出すみたいに問い掛けてきた。
「陶磁君はさ、友達が人を殺しちゃったら、友達をやめる?」
「……え?」
「なんて、いきなり聞いても困っちゃうよね。その理由にもよるだろうし」
「ま、まあそうだね」
「……大量殺人鬼とか、独裁者とか、許せないって言われてる人にもさ。味方はいたと思うの」
彼女が何を言いたいのか、分からなかった。けれど、どこか遠くを見つめるようにして何かを考えていて。
「私は、私にとっての味方を見つけたいって思ってここに来たんだ」
「味方……」
「その候補が、陶磁君。……なんて、勝手に立候補させたら困るよね」
ふふ、と笑ってまた歩き出す彼女。彼女は、何を言っているのか。殺人鬼? いや、まさか。俺が知らないだけで、彼女は誰からも憎まれるような存在だってことなのだろうか。
だとしたら、自分の考えは変わるか。歴史で学んだ独裁者は、ひどい奴だとも思うけれど。
「俺は、味方でいたいと思う」
「え?」
「だって、椎倉さんは殺人鬼でも独裁者でもないだろ? 多分、だけど」
「……何それ。当たり前だよ。私がそんな人に見える?」
「い、いや。見えないけど」
我ながら失礼なことを言った。そう思ったが、彼女は笑って茶化してくれた。かと思えば彼女はゆっくり近づいてきて、ぼうっとしていたせいで気付くのが遅れてしまった。その近さに退けぞってしまった時にはもう遅かった。
そっと彼女の方から腕を回されて、そのままハグをされていたのだ。
「……ありがと、陶磁君。やっぱり優しいね」
「あ、いや、その……」
ドクン、ドクン。
柔らかい肌の感触。所々から感じる温かさ、彼女の体温。その一瞬だけで、自分の鼓動が聞こえていないか不安で、変な汗が滲み出てきてしまった。体は固まったまま、彼女が離れるまで金縛りにあったみたいだった。
そして何より、彼女のさらさらの髪から香る匂いは、とびきりいい匂いだった。現実に嗅いだことのない、女の子の匂い。我ながら気持ち悪いと思ったが、間違いなく彼女に嫌われる要素はないと実感していた。
何秒、何分経ったのか。彼女はパッと離れてから、
「流石に、馴れ馴れしかった?」
「い、いや。その、いきなりでびっくりしただけで」
「そっか。嫌じゃなかったなら、いいけど」
そう言って彼女は何も変わらない様子だった。まるで自分が女子慣れしていないことを知って、からかっているのかと思ってしまう。
「陶磁君。明日も一緒に帰ってくれる? 次は学校のことでも聞くかもしれないし」
「……もちろん」
「良かった。よろしくお願いします」
わざとらしく丁寧語を使って、お辞儀をして見せる彼女。手のひらで転がされているようだったが、誰もいない通学路で二人きり、とびきりの美少女との会話は心地よかった。エロゲの主人公もこんな気持ちなのか。いや、女子慣れしていたら、もう少し余裕があると思う。
「それじゃあ俺はこっちだから」
「うん、また明日ね」
「あぁ、また明日」
家の手前、分かれ道で彼女と別れる。スッと手を振って歩いて行こうとすると、
「陶磁君」
言われて思わず振り返る。
「ありがとう」
笑顔で手を振る彼女がいて、流石に照れ臭くなってしまった。軽く手を上げて、そのままその場を去った。
「……我ながら気持ち悪すぎるだろ、俺」
このニヤケ顔が見られたら、今すぐにでも死んでしまうと思う。
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