第4話 帰り道

 俺は今、美少女転校生の隣を歩いている。実際は、少しだけ後ろを付いていくような、変態ストーカー的なポジションにいる。


 彼女と一緒に帰るとなった時も、自分は舞い上がっていたせいか、


「椎倉さん、すぐ帰る?」


「あ、うん。そのつもり」


「分かった、それじゃあ」


「待って。一応、昇降口で待ち合わせにしない?」


「え?」


「ほら、流石に並んで歩いてたら、陶磁君まで変な目で見られるから」


 彼女からの提案に、言葉が詰まる。確かに、と言いかけたが未だに納得できていなかった。けれど、彼女はそれが当たり前のように言う。


「そんなの、気にしない。一緒に行こう」


と、言えないのが俺だ。


「わ、分かった」


「それで、帰る時も少し後ろをついてきてくれる? 人気が無くなったら並んで話が出来ると思うの」


「うん」


 情けない、と思いながら、これは緊張しているからだと言い聞かせる。

 そうして彼女が教室を出ていくと、教室から妙な圧迫感が消える。皆がホッとしたような顔を見せるので、一人ひとりに理由を聞いて回りたい。


 とにかく今は彼女に従おうと、少ししてから教室を後にする。そして玄関先でゆっくり歩いている彼女を見つけて、隣に並ぼうと思ってからハッと思い出す。


「お待たせ」


 背後から恐る恐る声を掛けると、前を向きながら彼女は頷いた。そのまま二人が微妙な距離を保ったまま、奇妙な下校時間が始まった。



「そういえば陶磁君、歩きだったんだね。自転車だったらどうしようかって思ってた」


「あぁ、まあ比較的近いから。結構この学校、距離があっても歩いてくる奴の方が多いよ」


「そうなんだ」


「椎倉さんは、家近いの?」


 家のことを聞いてから、少しドキッとする。あ、これはプライベート過ぎただろうか。陰キャラはこういうところばっかり気にしてしまう。ようやく彼女と横並びで歩けるようになって、それでもチラチラ横目で見える彼女の美貌が眩しくて、直視できない。


 並んでみると彼女は自分より少し低いくらいの身長で、すらっとしている。女子としては平均か、それより高い方だろうか。俺が165cmだから、160cmくらい。モデルというよりスタイルの良いアイドルといった風貌だった。


「ううん、ちょっと遠いかな。1時間くらい」


「え、1時間!? それなら自転車の方がいいんじゃ」


「ちょっと間に合わなくて。それに、自転車だと危ないから」


「危ない?」


「あぁ、ううん。こっちの話。それに、歩きの方が好きなんだ」


「へぇ」


 ヤバイ、話が膨らまない。沈黙が続いたまま、二人歩いていく。こういう時、世のモテ男たちはどんな話をするんだろう。まとめサイトとかYoutubeを見ておけばよかったとひどく後悔する。


「あ、えっと、椎倉さんが転校してきた理由は?」


「理由?」


「ほら、親の都合とか。って、だいたいそれくらいか……」


「あぁ、うん。だいたいそんな感じ。都心に仕事が変わるから、って」


「そうだよね、あ、あはは……」


 無駄な質問、ダサすぎる。今からでも一人で帰った方がいいんじゃないかと思ったが、彼女は嫌な顔一つせず。


「陶磁君は?」


「え、俺?」


「そう。元々地元の人?」


「あぁ、まあそう、かな」


「すごいね。だってこの辺、結構都会だし。高校から引っ越ししてきた人とかいそうだけど」


「まあ、住み始めたのは中学入ってからかな。うち、両親いないからさ」


「え!? ご、ごめん……そんなつもりじゃ」


「あぁいや、違う違う。その、両親が離婚して、父親に引き取られたけど、肝心の父親は家だけ借りて、仕事してるって感じ。今は妹と二人暮らし」


「あ、そうなんだ……それでも大変だよね、軽々しく聞いちゃってごめん」


「全然、本当気にしないで。俺なんかに気を使わなくたって」


 彼女は申し訳なさそうにしながら、頷いてくれた。そう、境遇なんてどうでもいい。


 美少女と歩いている自分は、それだけで主人公みたいな気分だった。けれど蓋を開けてみたら、それは単なる偶然なんだろう。本来なら彼女は、俺みたいなのと並んで歩くべきじゃないこと、分かってるんだ。


 じゃあ、なんでこんなことになってるか……って、それをふと思い出した。


「……そういえばさ」


「うん。もしかして、嫌われてる、って話?」


「あ、うん」


 そんなに軽く言われると、少し拍子抜けだ。けれど彼女の中では何か割り切れているのか、本当に気にしていないように見えた。


「実はね。私にも分からないの。けど、もう慣れたから」


「……慣れる? それって、ずっと前から? 小学校とか」


「うーん……」


 彼女は少し言い淀んでしまう。もし仮に、あんな風に見られてしまうほどの妖怪みたいな醜い容姿だとか、身体中に虫が集っているような不潔さなら、納得もできる。けれど彼女はそれとは真逆で、容姿も整っているし、清潔極まりない。


 あと嫌われる要素があるとしたら……匂い、とか? 確かに彼女の匂いまでは嗅いでないけれど、それはちょっと、ここでは確かめようがない。どう見ても悪い匂いはしない気がするけど。


「でも、いいんだ。陶磁君に会えたから」


「……え? 俺?」


「そう。私を嫌わないでくれた人は、陶磁君が初めて」


「ま、まあ……何かの偶然だと思うけど」


「……そうだね。偶然かもしれないけど、それでも、嬉しいよ?」


 彼女の優しい声に導かれてふっとそちらの方を向けば、ふわりといい香りを漂わせて、微笑んでくれていた。その表情に思わずどきりとして、動揺を隠しながら前を向き直す。この表情はやめてほしい。勘違いしてしまう。


「ん、俺は別に、椎倉さんを嫌う理由が見当たらないし」


「そっか」


「逆に椎倉さんは、俺なんかでいいの」


「何が?」


「あ、いや、っていうのは別に、俺を選んだわけじゃないんだろうけど」


 舞い上がって、つい余計なことを聞いてしまう。勘違いも甚だしい。けれど彼女は。


「私だって、陶磁君を嫌いになる理由はないよ。初めて会った時から、優しいし」


「それは……」


 偶然周りの皆の反応がおかしかったからで。


 きっと、本当ならクラス中騒ぎ立って、すぐに女子たちが彼女の周りを囲んで質問責めにしてって、していたはずなんだ。そうなっていたら当たり前に俺は、彼女に声をかけるなんて出来なかった。


 ただの偶然。この偶然が何か分からないけれど、俺はこの立場を利用しているだけで。ついネガティヴになってしまい、言葉が詰まる。

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