第4話 帰り道
俺は今、美少女転校生の隣を歩いている。実際は、少しだけ後ろを付いていくような、変態ストーカー的なポジションにいる。
彼女と一緒に帰るとなった時も、自分は舞い上がっていたせいか、
「椎倉さん、すぐ帰る?」
「あ、うん。そのつもり」
「分かった、それじゃあ」
「待って。一応、昇降口で待ち合わせにしない?」
「え?」
「ほら、流石に並んで歩いてたら、陶磁君まで変な目で見られるから」
彼女からの提案に、言葉が詰まる。確かに、と言いかけたが未だに納得できていなかった。けれど、彼女はそれが当たり前のように言う。
「そんなの、気にしない。一緒に行こう」
と、言えないのが俺だ。
「わ、分かった」
「それで、帰る時も少し後ろをついてきてくれる? 人気が無くなったら並んで話が出来ると思うの」
「うん」
情けない、と思いながら、これは緊張しているからだと言い聞かせる。
そうして彼女が教室を出ていくと、教室から妙な圧迫感が消える。皆がホッとしたような顔を見せるので、一人ひとりに理由を聞いて回りたい。
とにかく今は彼女に従おうと、少ししてから教室を後にする。そして玄関先でゆっくり歩いている彼女を見つけて、隣に並ぼうと思ってからハッと思い出す。
「お待たせ」
背後から恐る恐る声を掛けると、前を向きながら彼女は頷いた。そのまま二人が微妙な距離を保ったまま、奇妙な下校時間が始まった。
*
「そういえば陶磁君、歩きだったんだね。自転車だったらどうしようかって思ってた」
「あぁ、まあ比較的近いから。結構この学校、距離があっても歩いてくる奴の方が多いよ」
「そうなんだ」
「椎倉さんは、家近いの?」
家のことを聞いてから、少しドキッとする。あ、これはプライベート過ぎただろうか。陰キャラはこういうところばっかり気にしてしまう。ようやく彼女と横並びで歩けるようになって、それでもチラチラ横目で見える彼女の美貌が眩しくて、直視できない。
並んでみると彼女は自分より少し低いくらいの身長で、すらっとしている。女子としては平均か、それより高い方だろうか。俺が165cmだから、160cmくらい。モデルというよりスタイルの良いアイドルといった風貌だった。
「ううん、ちょっと遠いかな。1時間くらい」
「え、1時間!? それなら自転車の方がいいんじゃ」
「ちょっと間に合わなくて。それに、自転車だと危ないから」
「危ない?」
「あぁ、ううん。こっちの話。それに、歩きの方が好きなんだ」
「へぇ」
ヤバイ、話が膨らまない。沈黙が続いたまま、二人歩いていく。こういう時、世のモテ男たちはどんな話をするんだろう。まとめサイトとかYoutubeを見ておけばよかったとひどく後悔する。
「あ、えっと、椎倉さんが転校してきた理由は?」
「理由?」
「ほら、親の都合とか。って、だいたいそれくらいか……」
「あぁ、うん。だいたいそんな感じ。都心に仕事が変わるから、って」
「そうだよね、あ、あはは……」
無駄な質問、ダサすぎる。今からでも一人で帰った方がいいんじゃないかと思ったが、彼女は嫌な顔一つせず。
「陶磁君は?」
「え、俺?」
「そう。元々地元の人?」
「あぁ、まあそう、かな」
「すごいね。だってこの辺、結構都会だし。高校から引っ越ししてきた人とかいそうだけど」
「まあ、住み始めたのは中学入ってからかな。うち、両親いないからさ」
「え!? ご、ごめん……そんなつもりじゃ」
「あぁいや、違う違う。その、両親が離婚して、父親に引き取られたけど、肝心の父親は家だけ借りて、仕事してるって感じ。今は妹と二人暮らし」
「あ、そうなんだ……それでも大変だよね、軽々しく聞いちゃってごめん」
「全然、本当気にしないで。俺なんかに気を使わなくたって」
彼女は申し訳なさそうにしながら、頷いてくれた。そう、境遇なんてどうでもいい。
美少女と歩いている自分は、それだけで主人公みたいな気分だった。けれど蓋を開けてみたら、それは単なる偶然なんだろう。本来なら彼女は、俺みたいなのと並んで歩くべきじゃないこと、分かってるんだ。
じゃあ、なんでこんなことになってるか……って、それをふと思い出した。
「……そういえばさ」
「うん。もしかして、嫌われてる、って話?」
「あ、うん」
そんなに軽く言われると、少し拍子抜けだ。けれど彼女の中では何か割り切れているのか、本当に気にしていないように見えた。
「実はね。私にも分からないの。けど、もう慣れたから」
「……慣れる? それって、ずっと前から? 小学校とか」
「うーん……」
彼女は少し言い淀んでしまう。もし仮に、あんな風に見られてしまうほどの妖怪みたいな醜い容姿だとか、身体中に虫が集っているような不潔さなら、納得もできる。けれど彼女はそれとは真逆で、容姿も整っているし、清潔極まりない。
あと嫌われる要素があるとしたら……匂い、とか? 確かに彼女の匂いまでは嗅いでないけれど、それはちょっと、ここでは確かめようがない。どう見ても悪い匂いはしない気がするけど。
「でも、いいんだ。陶磁君に会えたから」
「……え? 俺?」
「そう。私を嫌わないでくれた人は、陶磁君が初めて」
「ま、まあ……何かの偶然だと思うけど」
「……そうだね。偶然かもしれないけど、それでも、嬉しいよ?」
彼女の優しい声に導かれてふっとそちらの方を向けば、ふわりといい香りを漂わせて、微笑んでくれていた。その表情に思わずどきりとして、動揺を隠しながら前を向き直す。この表情はやめてほしい。勘違いしてしまう。
「ん、俺は別に、椎倉さんを嫌う理由が見当たらないし」
「そっか」
「逆に椎倉さんは、俺なんかでいいの」
「何が?」
「あ、いや、っていうのは別に、俺を選んだわけじゃないんだろうけど」
舞い上がって、つい余計なことを聞いてしまう。勘違いも甚だしい。けれど彼女は。
「私だって、陶磁君を嫌いになる理由はないよ。初めて会った時から、優しいし」
「それは……」
偶然周りの皆の反応がおかしかったからで。
きっと、本当ならクラス中騒ぎ立って、すぐに女子たちが彼女の周りを囲んで質問責めにしてって、していたはずなんだ。そうなっていたら当たり前に俺は、彼女に声をかけるなんて出来なかった。
ただの偶然。この偶然が何か分からないけれど、俺はこの立場を利用しているだけで。ついネガティヴになってしまい、言葉が詰まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます