心の声が聞こえる令嬢は一人で部屋に篭りたい

茜カナコ

第1話

 アリー・ブレイスは、今日も一人で部屋にこもって本を読んでいた。

 メイド長がドアをノックし、アリーに声をかけた。

「アリー様、ご主人様がお呼びです。応接室にお越し下さいませ」

「え? 何事でしょうか? 珍しい……」

 メイド長は答えることなく、去って行った。


 アリーは、人に会うのが嫌いだった。

 なぜなら、アリーには人の心の声が聞こえるという特殊な能力があったからだ。

 でも、その秘密を知っているのはアリーと、友達のくまのぬいぐるみのナッツだけだった。

「お父様が私をお呼びだと言うことは、何か重要なお話があるに違いないわ」

 アリーはそっと部屋を出て、静かに廊下を歩き応接室に向かった。


 アリーは応接室につくと、ドアをノックした後少しだけ開けて言った。

「ただいま参りました。アリーです、お父様」

「おお、アリ-。入っておいで。今日は紹介したい人が居るんだ」

「はい?」

 アリーは緊張しながら部屋の中に入った。


 そこには、褐色の肌で黒い目、黒い髪の自分より少し年上に見える男性が立っていた。

「はじめまして、アリー様。私はライズ・ミラーと申します」

「ライズ様……? 初めまして、アリー・ブレイスと申します」

 ライズはアリーにひざまずくと、アリーの手をとって優しく微笑んだ。

 ライズに触れている手から、アリーの中に心の声が流れ込んでくる。

(私の容姿を見て、驚かれているのではないだろうか? 忌み嫌われることも多いこの肌の色と髪、目の色を見て戸惑っていらっしゃる……)


「そんなことありませんわ! 素敵な肌の色と美しい目と髪をしていらっしゃいますわ!」

 ライズは思わずそう言った後、しまったと思った。

「アリー様、突然どうされたのですか?」

 ライズはアリーから手を離し、立ち上がって困ったような顔で笑った。

「お褒め下さってありがとうございます。そう言って頂けるのは喜ばしいことです」

 ライズがそう言った後、アリーの父親が二人に声をかけた。

「アリー、ライズ様が気に入ったのかい? 実は彼には婚約者候補として家に来て頂いたんだよ」


「え!?」

 アリーは驚いて、ライズを見つめた。ライズの心の声が聞こえた。

(アリー様は人目につかないように過ごされているとお聞きしていたが、なんだか可愛らしい方だな。私にはもったいない方だ……)

 ライズは自分を見つめるアリーの目から、照れたように視線を外し、ブレイス男爵に話しかけた。

「出来れば、アリー様と二人でお話をしたいのですが……」


「ああ、気が利かなくて申し訳ない。是非そうして下さい」

 ブレイス男爵はアリーに言った。

「アリー、中庭にご案内しなさい」

「はい、お父様」

 アリーはライズを中庭に案内した。


 歩いている途中で、ライズの心の中に満ちている、不安と期待をアリーは感じていた。

「アリー様は本が好きだとお伺いしました」

「はい、本は好きです。むやみに人を傷つけることも少ないですから」

「……そうですね」

 ライズの心の声がアリーには聞こえた。

(アリー様も、私のように心を傷つけられたことがおありなのだろうか……)

 ライズの心の中、いくつかの悲しい思い出が現れては消えていった。


 アリーの頬に涙が伝った。

「アリー様!? どうされたのですか!? 私のことが嫌でしたら、そう言って下さって構わないのですよ!!」

「違います、ライズ様。……ずいぶんお辛い事がおありでしたのね」

「アリー様……なぜそんなことをおっしゃるのですか?」

 アリーは深呼吸をし、背筋を伸ばしてから言った。

「私には……人の心が聞こえるのです」


 ライズはアリーの言葉を聞いて、首をかしげた。

「そんなことがあるのですか?」

「私にも分かりません。ですが、他人の気持ちが聞こえてしまうのです」

 アリーは涙を拭いて微笑んだ。

「私のことが怖くなったでしょう?」


 ライズはアリーの手をとって、悲しそうな表情を浮かべた。

「アリー様も、悲しい思いをなされたんですね」

 ライズから流れてくる暖かい気持ちが心地よくて、アリーは首を振った。

「ライズ様のように、嫌がらせをされたことはありませんし、誰にもこの秘密を言ったことはありませんから」

 ライズはアリーの手にくちづけをして、優しく握った。


「何故、そんな大事な秘密を会ったばかりの私に打ち明けて下さったのですか?」

「ライズ様の心は、言葉と同じでしたから……」

 アリーは笑って言った。

「私の友達のナッツに会ってみますか?」

「お友達?」

「くまのぬいぐるみですけれど……生まれたときから一緒ですの」

 ライズの頬がゆるんだ。


「それは是非、ご紹介して頂きたい」

「ええ。喜んで」

 アリーはライズの優しい言葉が真実であることが、とても嬉しかった。

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