バレンタインチョコを探しに

 いよいよ三日後はバレンタイン。この国ではバレンタインに好きな人へチョコを渡す伝統がある。いつからの「伝統」なのかはよく分かってないけど、調べたら企業がなんちゃら的なことが出てくるだろうから調べないでおこう。土用の丑の日と同じだ。


 それはそうと私にも恋人がいて、今年はその人にチョコを渡したいと思っている。この時期になるとSNSでオススメチョコを紹介している人がたくさんいて、それを見漁って参考にする。パッケージがおしゃれなもの、チョコ自体が美しいもの、和風か洋風か。普段は特別気にしないが、改めて見るとチョコにもたくさん種類がある。手作りチョコも良いけれど、流石にもうそんな時間はない。手作りすると最低でも一ヶ月前には用意しておかなければいけないのだから。



 チョコは普段大型スーパーマーケットの三階にある日用品売り場や百円ショップなどで見かける。バレンタインが近づくとスーパーマーケットでは二階の乾麺売り場近くに移動する。一階分の移動が省略出来て良い。もっと力を入れているところでは、乾麺ごと一階の入り口はいってすぐの場所にセッティングされていたりする。


 チョコと一緒に蕎麦やめんつゆを渡すのも近年の流行りだ。チョコ単体でも「あなたのそばにいたい」というメッセージが込められているのだが、蕎麦を一緒につけることで「これまでよりもっとそばにいたい」の意味になるらしい。三年くらい前にそのようなCMが放映され始めた。いまやバレンタインは年越しの次に蕎麦が売れる時期となりつつある。


 蕎麦を渡しながら「これ今度一緒に食べよう」と一言添えれば、自然に家デートに誘えるモテテクもInstagramで話題になったので、若年層では知っている人も多いだろう。「かけ蕎麦」ではなく「盛り蕎麦」で用意すると「今後の展開が盛り上がる」とかいう謎のおまじないはあまり有名じゃない。よく考えたらこれただのダジャレだし。応用のテクニックで、蕎麦粉や出汁や醤油といった「蕎麦に必要な材料」のみを揃え、誘い文句を「これ今度一緒に作ろう」に変更することで、より長い時間をともにする手法もある。


 次は蕎麦を踏む時用の靴下を追加でプレゼントするテクニックが流行るんじゃないかと睨んでいる。クリスマスの次に靴下が売れるのが未来のバレンタインだ。



 人によってはチョコよりも蕎麦や出汁にお金をかけるみたいだ。個人的には、チョコはずっと持っていられるからチョコにお金をかけるべきだと思っているのだが、価値観は人それぞれでそれぞれに納得のいく理由がある。そこでチョコを渡された人は、予算をどこにかけているかを見て相手との価値観の相違を確かめるのだそうだ。


 また、結婚する気はないがしばらく付き合っていたい恋人に対してや、バレンタインをきっかけに告白する片思いの相手に対してなどの場合には、あえてその辺の安めのチョコを渡すこともあるらしい。確かに、別れた後や恋が叶わなかったときにはチョコを割ってしまう人も多いから、あんまりお金をかけすぎても良くないのだろう。いや、それなら割らずにフリマサイトで売ればいいのでは?



 今年のバレンタインは先日婚約した恋人に渡す予定で、これまで以上に気合を入れなきゃならない。今まではスーパーマーケットで”ちょっと良いもの”を買っていたけど、さすがに今回ばかりはちゃんとした器屋で良いものを調達したい。いっそウィローパターンの夫婦チョコなんてのもアリかも〜!とか思いついたけど、あれは人気すぎて三ヶ月前から予約しないと手に入らないのだった。婚約したのがクリスマスイブだからその時点で間に合うはずがない。


 さて器屋へ。花屋が母の日と卒業シーズンに繁忙期を迎えるように、器屋はバレンタインが一番忙しいと聞いた。器屋の友人いわく、一月末に開催したセールでも飛ぶようにチョコが売れたそうだ。バレンタインはそれくらい人気のイベントらしい。今日はバレンタイン三日前だし混むだろうと開店後すぐに飛び込んだら、かなり空いていてラッキーだった。


 目当ては、笠間焼や益子焼などの作家ものの陶器。この手のものは温かみがあって見た目がやさしいので人気が高く、一番目立つ位置にディスプレイされていた。お店に入ってすぐそのコーナーを見つけ、脇目も振らず集中して選びはじめる。こげ茶色かクリーム色かで迷い、一旦冷静になるため店内を一周することにした。どれも素敵なのは嬉しいが、選びきれないのは考えものだ。



 有田焼や九谷焼、波佐見焼に美濃焼。この辺は大量生産のものも多く、いつも買っていたスーパーでも見かける。去年買った九谷焼の唐子図を見つけ、念の為価格を確認すると、去年よりも二十円高くなっていた。バレンタイン直前になると、バレンタイン価格でそれ以外の時より百円程度高いのだけど、それにプラスして前年よりも全体的に数十円ずつ上がっている。それでもバレンタイン時期のチョコの売り上げは年々伸びているようだ。店内には小皿など他の形も並んでいるが、それらは特に値上げしている様子がみられない。


 逆にバレンタインを過ぎても売れ残っているものは、三割引のシールが貼られ通常価格より安くなる。腐るものでもないんだし通常価格で売ればいいのに……とは思うが、在庫を抱えておくのもコストがかかるんだろう。バレンタイン以外じゃチョコを買うことなんて少ないし。



 フラフラ店内を回っていると、定番コーナーを抜けた店の隅っこが一角だけ異様に光っていた。ライトが照らされていたわけじゃない。内側から光るような白磁がそこにあった。目を奪われ足が吸い寄せられてしまう。西洋の城の装飾を抜き取ったみたいなデザインの器が並び、チョコはたった一種類だけ。縁が花弁のようになり、ツンとしているのが凛としたかっこよさだ。


 元から手に取ることが決まっていたかのように、気がついたら私の手にはチョコが収まっていた。これに決めた。真っ白なんて何も面白くないと思っていたのに心を掴まれてしまった。初めて真っ白の良さに目覚めたんだから、もうこれしかない。ポップを見ると「臼杵焼」と書いてあった。覚えておこう。



 今年は特別だから個数は二つ。このチョコとともに、ずっと一緒にいたい人へ。まだ真っ白な私たちのこれからを祝おう。

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